第五十六話
少し涼しさから生温さを感じるようになってきたレムナント。
時間の経過を感じさせる気候の変化だが、変化というものは常に起きるものである。
それはもちろんリリアにも。そしてリリアの立場にしても。
「……という訳で学園で少し講演をしてみらんかリリア嬢」
「全力でお断りします!」
「そうは言わずに……やはり大英雄に話を聞きたいと思う者はごまんとおる。 例えばリリア嬢がどうやって強くなったのかや、あの火竜との闘いに始まりレーゲンスファルを陥落させた方法などのう」
王立学園の学園長であるヘイゼルの頼みは学園に通う者達に一度でいいので講演をしてもらえないかというもの。
もはやこの国無くてならない存在となった大英雄とまで呼ばれるリリア。
火竜襲来の時は使い魔が倒したのだから、強いのは使い魔だろうという噂も一時期は流れていたが、レムナントを襲う魔物を魔杖キンゾ・クバットで吹き飛ばす姿を目撃された後は、彼女を弱いと疑う者など一人もいない。
そしてついにはフォームランドの軍を壊滅させ首都を落とすというもはや夢物語ともいえる事を成し遂げているのだ。
彼女のような存在から話を聞いてみたいという者が出るのは仕方の無い事だろう。
ましてや学園に通うのは多感な年ごろの子供たち。
彼女の言葉に一喜一憂されるものだってもちろんいるだろう。
そんな学園長の懇願とも言える頼みに全力で拒否を示すリリア。
「だってアレをやったのは全部ゼクトさんですよぅ……。 私は気付いたら勝手にレベルが上がってるだけで……そうだ! ゼクトさんに講演してもらえばいいんじゃないですか?」
「ゼクト殿にか? ……やってくれるのかのう?」
「……多分やらないと思います」
「むぅぅぅぅ困ったのぅ」
「そんな困った風にチラチラ見られても困りますよぅ……。 とにかく私は無理です!」
「あ、リリア嬢!」
これはいつまでも続きそうだと判断したリリアはさっさと立ち上がると素早く部屋を後にする。
普段ののんびりしたリリアからは想像できない程の素早さにヘイゼルが止める暇も無かった。
「……ゼクト殿にじじいの泣き落としは効くかのぅ……」
ヘイゼルは一人残された学園長室でしょんぼりとしながらそんな情けない事を呟いた。
リリアは大変に悩んでいた。
元々ヴィスコールを復興させるために、色々と頑張ってはいたが自分でも恐ろしくなる程に話が膨らんできている。
大英雄リリア。少しずつ衰退に傾きはじめていたリクシアを救った……いや現在も救い続けている最強の英雄。
その魔杖を一振りすればあらゆる魔物を粉砕し、どれだけ強大な魔物も使い魔と共に撃滅し、死すらも乗り越える使い魔をも従える最強の存在。
それが一般の認識であり、それは今通う学園内でも同様の認識が広まり始めている。
ずいぶん前に使い魔同士での新人戦があった時にリリアを見下していたオーグ君に至っては完全にへりくだっている。そこには容赦のない攻撃をしたゼクトが要因として多分にあるのだが。
「……今まで期待なんてされた事なかったけど……過度な期待って怖い……」
それがリリアの率直な意見である。
ゼクト達抜きでリリアが出来る事と言えば支援魔法とキンゾ・クバットで殴る程度である。
それを全力で伝えたいと思うリリアだが、一つとある厄介な要因がありそれを伝えたとしてもきっと誰も信じないだろう。
リリアはギルドカードを取り出して眺め、そして溜息をつく。
そこには自分のレベルやストレージされた金額が表示されている。
ゼクトがちょくちょく大金をリリアのカードに入れるため相当な金額になっているのだが、ため息の原因はそこではない。
レベルである。
いつもの如くゼクトが倒す経験値は基本的にリリアに入る。
普通の使い魔が多少の敵を倒した所で経験値というのはそれなりのものだ。
だがゼクトは大規模な戦闘や強い個体などを相手にする前に課金アイテムを使用している事が多い。
前回のフォームランドの軍を壊滅させた時もゼクトはもちろん使用していた。
八万人以上の軍属の人間を殺害し、得た経験値を四倍にした事で上昇したレベル。
現在のリリアは人類の最高到達点であったレベルを上回り、八十二という数値を叩き出していた。
こんなレベルで自分はそれほど強くないなどと言っても謙遜としかとられないのだ。
カードを仕舞い、再び溜息をつくリリア。
「レベルって……下げられないかなぁ……」
冒険者や学生達からすれば信じられないような発言をこぼしつつリリアは講義に戻るのだった。
現在のレムナントは人口が非常に多い。
外壁をいったん壊して町をどんどん拡張しなければ、新たな移住希望者を受け入れられない程に爆発的に増加している。
その原因はやはりリリアとその使い魔達に起因する。
特に大きい要因はミソラである。
ミソラが死者の復活や大抵の怪我を治癒できるため、その効果に縋って来るものが多いのだ。
だが勿論ミソラの蘇生も万能ではなく、病や寿命で死んだ者には効果がなく、死んでから時間が経ちすぎているものにも同様である。
それを知らない一般の人々がギルドに、あるいは学園を訪ねてくることが多発していた。
その為最近はこの町ではその事に関して、町に入る前に一度説明を必ず行うようになり、さらにはギルドや学園の前に張り紙すら必要になる程だった。
蘇生だけでなくともやはり怪我の治癒を目的にミソラを訪ねる者も多い。
とはいえいくらミソラが優秀であろうとミソラの体は一つだ。
ギルドに所属するわけでもない彼女が治癒を行うのは言ってみればボランティアに近い。
勿論金は取るが、自分の時間を拘束されるつもりなどサラサラないミソラが現在は妥協して一日一回を目安にギルドの隣に併設された治療を行う場所で回復を行う事にしている。
といってもミソラとしては面倒なので、その時間に広範囲の回復魔法をパパっとかけて、死んでいるものがいたら蘇生させて帰る。
ただそれだけである。金額の設定や支払いは冒険者ギルドに全て任せきっているためミソラは来ては回復して帰るだけなのだ。
そんな無愛想極まりない対応でも、やはりミソラの起こす奇跡のような魔法に多くの人々が感謝し、ミソラを女神の使いと称え崇める。
一時期はミソラを頂点にした宗教すら生まれようとしていた程だった。
そんなミソラはどれだけ感謝の言葉を口にされても、ただ一言「リリア様のめいれいだから。 かんしゃするならそっち」と言って対応するのだ。
自然とリリアに求心力が集まるのも仕方のない事である。
そしてアカネはというと、こちらも冒険者ギルドの討伐という面で非常に重要な働きを見せていた。
ゼクトやミソラが働いているのに何もせずにホームでのんびりしているのも気が引けるという事で、自分の得意分野で働こうと思ったとき、アカネにとって唯一と言ってもいい程に得意なのはやはり戦闘だった。
その足で向かうのは自然と戦闘力が必要となる冒険者ギルドになってしまうのは仕方のない事である。
長らく解決されていなかった魔物の問題や、近隣に出現する盗賊の類などを片手間に片付けてくれるアカネの存在はギルドにとっても、そして商人や職人達にとっても非常に大きな存在となっていた。
普段は危険で手に入れるのも難しい素材なども金さえ払えば、アカネは確実に解決してくれるのだ。
それが竜種だろうがなんだろうが一週間もあれば確実に片付けてくれるのである。
素材の流通が格段によくなれば、自然と品質のいい武器や防具などが集まり、それを目当てに商人や冒険者が集まる。
盗賊なども大英雄がいるレムナントで働こうなどとは思わないため治安も良くなる。
結果町は発展の一途を辿っているのだ。
アカネが安全を確保し、素材の流通を良くしていることが町の発展の基盤にあると言っても過言では無い。
そんな中ゼクトはというと。
「しっかり相手の動きを見てください。 どこを攻撃すれば効果的に潰せるかを考えて」
「はいっ! でぇりゃぁぁぁぁ!」
「無駄に叫ばない。 今から攻撃しますと伝えているようなものですよ」
絶賛戦闘の指導中のゼクトさんです。
誰を指導していると思う?
「ふっ!」
こちらの胴体を横薙ぎにしようと深く踏み込む動き。
なかなか素晴らしいものがある。
更に横合いから黒い触手のようなモノがその先端を突き刺すように動く。
横薙ぎを躱せばそちらが刺さるという考えられた手だ。
「いいですよ。 その調子です」
退がるのではなく、逆に踏み込んで相手の腕を掴み背負い投げの要領で地面に叩きつける。
触手はこちらを見失い、空を切る。
相手は衝撃を逃がしきれず、地面に叩きつけられてそのまま動けなくなる。
「ぐっ……はぁ……はぁ……もう無理です神兄貴……」
「ええ、休憩にしましょうか。 しかし……随分触手の使い方がうまくなりましたね。 見事ですよエイワス」
「ありがとう……ございますっ……!」
そうエイワス君である。
以前ミソラの触手を食べるという中々にハードなプレイをしたのだが、それ以来こういう風に一本だけ触手を腰の辺りから出せるようになっていた。
身体能力も飛躍的に向上しており、人間の中ではかなり強いほうだと思う。
レベルを上げれば近いうちにエレインさんやチサトさんにも並ぶだろう。
「でもっ…………流石……神兄貴ですね……。 掠りもしないし、息一つみだしてない……」
「はっはっはっはっは。 ……王女様の護衛を任されてるみたいですが、調子はどうですか?」
「そうですね。 ……楽しい事は楽しいです。 ただその……純粋に好意をぶつけてこられるので困っています」
「ほほぅ……。 その話詳しく」
何やら面白そうな匂いがぷんぷんするぜ。
もしかしてエイワスに助けられた時に惚れでもしたか?
「僕もまぁ……嫌いではないのですけど、その」
「ふんふん。 どうしました?」
「言っても怒りませんか?」
「内容次第」
「……その……ルリアちゃんも気になるなぁ……と以前は思っていまして。 ただ最近は似たような感情を王女殿下にも抱いているので、困っていまして」
ほほぅ……。
ん? ルリアに? ……これはお義兄さんとして……じゃなくてリリアの使い魔として怒るべきなのだろうか。
流石に人の色恋沙汰に口を出しすぎるのはどうかと思うけど……。
「好きな方と付き合えばいいのでは?」
「両方好きだったらどうすればいいんでしょうか!?」
んー……分からん。
王女殿下はエイワスに好意を抱いているなら両想い。
ルリアの気持ちは……分からんな。
「ルリア様がエイワスに好意を抱いてくれたとして……王女殿下はどうするのですか?」
「……ですよね」
「まぁ相手の二人が了承して、エイワスの良心が痛まないなら二人と付き合うとか」
「え!? ……それは不誠実……じゃないですか?」
まぁ一般世間の目は冷たいだろうなぁ。
でも人を好きになる感情なんてどうしようもないだろうし、二人を好きになる事だってあるとは思う。
もしそうなったとして、三人でしっかりと話し合って納得がいくならばそういう形もありだと思うぞ。
「世間の目より自分がどうしたいか。 そしてしっかりと話し合って全員が納得できるか……次第ですけどね。 私が昔依頼で殺した男は正式な妻と内縁の妻が八人もいる絶倫野郎でした。 あれも全員納得した形だったらしいので、人それぞれですよ。 勿論……ルリア様を傷つけるような何かをするなら私がエイワスを殺しますので注意してくださいね?」
「……はい……」
まぁ、そもそもエイワスがルリアに好かれるかどうかすら分からないんだけどな。
脈はないと思うぞ。
「……あれ? もしエイワスが王女殿下と結婚したらエイワスが一応は王って事になるのか?」
それは……まぁフィオナがしっかりしてるから大丈夫か。
たしか女王の座につく代わりに好きな男と結婚していいとか約束を捥ぎ取ってたんだったか。
王女の護衛だけじゃなくて王配の座を狙う奴等からもエイワス自身が狙われるのか。
大変だな。
「……ナイルにも渡したのですし、そろそろエイワスにも渡しましょうか」
「え?」
エイワスは近距離の戦い方は非常にうまい。
さらには触手で中距離戦闘もこなせるようになっている。
遠距離も出来ればオールラウンダーになれるだろう。
戦闘において特化型の奴は非常に厄介だが、バランス型も実は地味にうざい。
戦ってみれば分かるが、攻める時にどう攻めるかの道筋が見えにくいのだ。
特化型の連中はだいたいその特化した部分で勝ち筋をこじ開けるが、どうにもいかない事もある。
脳筋タイプなんて罠にはめればいちころだからな。
というわけで以前から考えていたエイワスに渡す武器を取り出す。
最初はリベラルファンタジア内でも最高にエグイ遠距離攻撃が出来る狙撃銃を考えたが、流石にやりすぎかと思い止めた。
選んだのは美しい刀身を持つ白銀のダガー。その名もアストラフィステ。
十本で一セットのこのダガーは、使用者の意のままに動くフローティングダガーである。
刀身の軽さからは考えられない程の威力を持ち、貫通性能も高い。
この世界で使った事はないが有効射程もそこそこに広かったはずだ。
「これは強くなったエイワスに私からのプレゼントです。 銘はアストラフィステ。 何処かの国の言葉の煌めきという意味の名前を少し変えてあるらしくて、製作者はこのダガーに輝く者という意味を込めたらしいですよ。 ……私もきっとあなたが光り輝けると信じています。 しっかりと頑張ってくださいね」
「神……兄貴……こんなすごいものを僕なんかに……」
感動して泣きそうなエイワス。
感動している所悪いが、今からそれを使って地獄の特訓ですよ?
「さて、じゃあ早速それを使って訓練です」
「え?」
「次は死ぬレベルの攻撃も加えていきますので、しっかりと体でそれの使い方を学んでください」
「え……!? ちょっ、待っ!?」
「ルリア様を狙うなら確実に守れる男でないと私は許しませんからね」
その日。
レムナントの郊外で一人の若者の苦痛と絶望とやけくその叫びが夕刻まで続いたという。
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