第五十五話


 

 ゼクトが蜘蛛を見つけるために森の生態系が変わるのではと思われる程に魔物を乱獲していたころ。


 ヤクトはエレインを連れて店主の経営する店に訪れていた。

 ここには店主とゼクトが紳士として力を入れた服が多く、きわどい服からロリータファッションの服、カジュアルなもの等々多くの服が並んでいる。

 その奇抜なデザインや可愛らしいデザインは他の店では見られないようなもので、ゼクトと関わり出してからこの店は右肩上がりに利益を伸ばしている。


 最近は貴族から夜の営みで喜ばれる服などが好んで買われるようになっており需要が増えている。

 世に紳士が増えている証拠だとゼクトや店主は笑っていたが、間違いなくただのスケベ心である。


 そんなある意味時代の最先端を行くような服を取り扱う店に来た事でエレインは見たこともない服の数々に圧倒されていた。


 「こ、これは……服に関しては家の事もあるから多少のドレス程度は分かるが……凄いな」


 「ああ。 この店はゼクトの旦那と陛下の肝いりだからな。 特殊なのも多い」


 「そ、そうなの?」


 「おうらっしゃい。 ちょうど元になる基礎デザインの型を作っていた所だ。 ゼクトの旦那とゴードの旦那の意見を取りれながらのものだから、どれもセンスはいいぜ」


 いくつかのデザイン案が並べられた型をエレインとヤクトの前に並べ、二人は驚く。

 まだ初期段階であるはずだというのに完成度は高く、それ以上に三人がかなりの時間を割いて試行錯誤してくれているのがよく分かるような書いては消してを繰り返した痕がある。


 「店主……お前ら無理してないよな?」


 「無理? いや全く? むしろ始めてやる事ばっかりで楽しいくらいだ。 それに友人の奥さんの為にドレスを作らせてもらえるんだから気合も入るってもんだ。 ゼクトの旦那なんかもっと大変な事やってるからな」


 がははははと豪快に笑う店主の人の好さにエレインもヤクトも嬉しさがこみ上げていた。

 こんなにも自分達を祝福してくれる友人のなんと嬉しい事か。


 「それにこれはいいビジネスになるぜ、ぐふふふふふふ。 エレイン殿は素材がいいから余計に目立つだろうしなぁ。 それを見た奴らがこの店の事をかぎつければ……ふうはははははは笑いが止まらねぇなぁ!」


 「あ、感動して損した」


 「……本当ね。 ……ふふふふふ。 でもすごい良いデザインの物ばっかりね」


 「おうよ。 ちなみにエレイン殿の好きな色は? あと好きな花なんかも教えてくれ。 それに可愛い服や綺麗な服だったらどっちが好みかもな」


 職人魂に火のついている店主はあれやこれやと質問を矢継ぎ早に続け、それは夕刻まで続いたのだった。


 翌日、ゼクトが今まで発見された事のないようなリーファススパイダーを連れ帰ったりとドタバタと式の準備は進み、気付けばパーティの当日まで誰もが忙しなく動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして火月の三十日。


 その日はやってきた。


 天気にも恵まれ、鮮やかとも思える真っ青な空が広がっている。

 パーティはエレインの屋敷で行う事になり、その広い敷地内にある庭に祝宴会場を設置している。

 

 王の護衛でもある程に高名な騎士でもあるエレインの来賓もそれなりに多く、またヤクト側にはリリアやゼクト、普段の仕事仲間などが参列していた。


 現在は犯罪組織ではないとはいえ、以前は暗殺業などを行っていた彼等を快く思わない騎士達もいたが、この場では誰もが仲良くしようと努めていた。


 事前にゼクトから全員に通達があったからだ。


 『今回のめでたい席で無用な争いなどを引き起こした場合は誰だろうと……私が、直接、お仕置きしますのでご注意くださいね』


 にっこりとした笑顔でそう言い含めたゼクト。

 笑いながら言っているが、暗に無用な事はするなという事だ。

 軍隊を一人で潰せるような男のお仕置きなど誰もが恐れるものだ。


 故にここでは誰もが心に誓っている。

 絶対に騒ぎは起こさないと。



 そのためここにいる全てのものが歓談を心掛けている。



 話題に困りそうな状況ではあるが、実際の所そういう事も無かった。

 今回のパーティーでは他では見られないような物がいくつもあるからだ。


 例えば到着し、パーティーを始めるまでの間のウェルカムドリンク。

 この近辺では取れない果実を使用した果実水で、さっぱりとした甘みと香りが非常に上品で女性陣の心を掴んでいた。

 

 更にはセッティングでも、普通は立食形式が多い中でいくつものテーブルとイスが用意されている。

 気の合うもの同士がゆっくりと歓談できるように計らっているのだろう。


 そして一つのお立ち台があり、屋敷の庭に面した入り口からそのお立ち台まで赤いカーペットが敷かれている。


 普段見ないような形式のパーティーに貴族や騎士、そして一般の参加者達もわくわくとしているような状態だ。



 やがて執事とメイドの一人が屋敷側の入り口に並び立ち頭を下げる。

 集まっている者達はみなそちらに注目し、今から何をするのかと期待していた。

 

 するとゼクトが執事の横に並び、同様に頭を下げた後集まっている者達に言葉を伝える。


 「本日はお忙しいなかお集まりいただき感謝いたします。 今日は我らが友人であるヤクト様とエレイン様のめでたき日でございます。 今日の為にお二人も準備をしてこられました。 そのお美しい御姿をしっかりとご覧ください」


 仰々しい所作で頭を下げ、ゼクトが下がり執事とメイドによって扉が開けられる。


 

 そこには銀色のタキシードを着たヤクトと、所々に翡翠色の装飾が施された純白のウェディングドレスに身を包むエレインが並び立つ姿があった。


 タキシードを着てヘアスタイルもしっかりと整えたヤクトはまさに眉目秀麗という言葉が当てはまるほどに整った顔立ちで体もかなり鍛えられているため、貴婦人からは熱い視線が集まっている。


 エレインは両肩と背中がむき出しのドレスだ。金髪に陶器のように白く滑らかな肌が、所々にあしらわれた装飾の翡翠の色によって素晴らしいコントラストを生み出している。

 ドレス自体も胸を覆う部分には金の細やかな細工があり、スカートは段差をつけた生地を重ねるようにしてありフリルがあしらわれているため非常に可愛らしい。

 美しさと愛らしさの両方を感じさせる、まさに奇跡のようなドレスだ。


 パーティーなどで着用するようなドレスとは違い、まさにこの日この時の為に作られたその珠玉の美しさに会場の誰もがその美に圧倒されていた。

 


 赤いカーペットを歩く二人に誰もが惜しみない拍手と歓声と、少しばかりの嫉妬を交えながら祝福を送る。

 最高の笑顔を浮かべるエレインと恥ずかしそうにしつつも幸せそうなヤクト。


 カーペットを渡りヤクトが恥ずかしそうな表情のまま口を開く。


 「……あー。 そのなんだ。 今日は集まってくれて感謝している。 ……最初は、こういうのは簡単にしていいと思っていたんだが……。 なんだ。 ……嬉しいもんだな」


 「私もその……こんなに素敵なドレスを着る事になるなんて思ってなくて……恥ずかしいけど、その……嬉しい。 皆さん今日は本当にありがとうございます」


 幸せそうな二人に、最初に会場内に漂っていた気まずさや緊張感はなく、ただただ二人を祝う幸福な空気が満たし、一人ひたすら反対し続けていたエレインの父親も気持ち悪い程に涙を流しながらエレインの幸せを喜んでいた。



 惜しみない拍手と賛辞はいつまでも続き、二人の新しい門出を皆が祝い続けていた。





 



 結婚式が終わり、深夜。

 今は王都にある宿屋の一室で寛いでいる。夜の飛び込みの宿泊という事で足元を見られたのが多少腹が立つが仕方ない。


 楽しい楽しい結婚式でテンションが上がりすぎたリリアは酒を飲みすぎて完全にグロッキーになっていた。

 おバカな主にも見えるが、そんな所も可愛く見えてしまうのだから自分も大概だなと思う。


 部屋に来る時についでに宿の人からもらったビルロフトを片手に今日の事を思い出す。

 柄にもなく友人の為にと称して頑張っていたが、実際悪くなかった……と思う。


 人並の生活をしていなかったせいか、リベラルファンタジアの中で友人はいても生身の友人というのは本当に数える程だった。

 ましてや結婚式など参加する事もなく、ただ漫然とした日々を過ごしていた自分にとって今日という日を迎えるまでの時間は本当に楽しかったと思う。


 「……眠れないんですかゼクトしゃん」


 自分でも色々と考えすぎていたせいか、リリアが起き上がっている事に気付かなかった。

 っていうかゼクトしゃんって。


 「そうでもないけど、ゼクトしゃんも色々と考え事が多いんだ」


 「むぅぅぅ。 私だって考え事が多いんれすよ~」


 「だろうなぁ。 多分明日の朝にはまず頭痛で頭を悩ませてそうだ」


 眠そうに目をこすりながらベッドの上を這って近づいて来ようとしている。

 あのままベッドから落ちてもそのまま寝そうだな。

 流石に放っておくわけにもいかないのでリリアのベッドに腰かけると猫のように擦り寄りながら膝の上に頭を乗せてきた。


 「んふふふふふふ。 私のとくとうせきれすね~んふふふふ」


 「今回は随分と酔ってるな。 ……楽しかった?」


 下顎を撫でたら今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうなリリアの頭を撫でてそんな事を聞いてみる。

 

 「たのしかったですよ~。 でもやっぱりゼクトしゃんがたのしそうだったからうれしくて」


 「楽しそうにしてた?」


 「あー、やっぱりきぢゅいてなかったんれすね~。 さいきんはずっとたのしそうれしたよ~」


 うーむ。リリアでも分かる程に楽しそうだったのか。

 いや楽しんでいたのが悪いわけじゃないけど。


 「わたしは……あんな風にわりゃうゼクトしゃん……すっごく……しゅきですよ~」


 「……嬉しいけど色々台無しだよほんと」


 嬉しい告白だけど、そのまま寝入る上に邪魔な事この上ないな。

 俺が紳士じゃなかったらほんと襲ってるからな?


 体を抱き上げてベッドに寝かせなおして布団を掛けなおす。

 いやはや始めて会ったときは正直もっと子供だった気がするんだけど、成長は早いもんだな。

 可愛らしい寝息をたてて眠るリリアにそっとキスをして部屋の灯りを消しておく。


 「……おやすみリリア。 いい夢を」


 俺も今日はきっといい夢を見れる気がするよ。

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