第四十八話

 

 ヤクトとエレインが割と壮絶な喧嘩を終えた翌々日。


 銀のサルヴァトーレを臨時で休みとしてヤクトはアーベンを連れて禁忌の森の近くでとある人物を待っていた。

 王の命令である禁忌の森の調査の為である。

 当初は銀のメンバーのいくらかを導入する予定であったが、連日激務となり始めている食事処で働く彼等に森での調査まで任せるのは如何なものかと考えたヤクトは折角なので休暇を与える事にした。

 スタッフであるメンバーからは別に休まなくても問題ないと訴えはあった。

 今までのように後ろ暗い仕事ではなく、誰かに喜んでもらう仕事だという事が彼等にとって新鮮でやりがいのあるものとして感じているらしく、毎日でも働きたいと言い出すものまで現れる始末だ。

 

 御頭としては非常に喜ばしい事だと感じていたが、それと同時にその反応は少しばかりヤクトの心に小さな棘となって刺さっていた。

 

 「……今までが間違っていた訳じゃないんだろうが……。 何というか少し情けなくなるな」


 「急にどうしたんですかい御頭?」


 「いや、休みを与えて不満がられている現状にちょっと……な。 仕方ないって言えば仕方ないんだが、今まであいつらが仕事をやって喜んでいる姿なんて見てこなかったからな。 今の嬉しそうに仕事をしているあいつらを見ていると、俺が今までやってきた事はあいつらにとって辛い事だったんだろうかと考えてしまってな」


 普段は愚痴など漏らすどころか、他人に弱みなど見せないようにしていたヤクトの言葉にアーベンは少し困惑し、そして少し嬉しくも感じていた。


 「そこは仕方ないっすよ御頭。 俺達は元々はみ出し者ばっかりだったんだ。 普通に暮らす事なんて出来ない半端物達が野盗になる前に御頭に拾ってもらったお陰で暮らしていく事が出来て、今はこうして生活できてるんだ。 少なくとも御頭に不満がある奴なんていないと思いやすぜ」


 「……そうか。 そうだといいな」


 以前のような冷たい刃のような印象は薄まり、優しさすら感じる表情と言葉にアーベンはヤクトもまた変わり始めているのだと感じた。

 それもこれも誰のせいなのかは考えるまでもない事ではある。



 「あら? まさか私より先に来ているなんて。 時間には律儀なのね」


 「職業柄時間はきっちりと守る必要があるもんでね」


 気配もなくいつの間にか現れたエレインの言葉にびくりと反応したアーベンとは対照的にヤクトは少し面倒そうにそう答える。

 

 以前店に来た時とは違い、一目見て高価だと分かる鎧に身を包み腰には魔法の力が付与されたエストックを装着している。

 誰もが彼女の今の姿を見てこう言うだろう。 『騎士』と。


 「そうなのね。 遅れて申し訳ないわね。 ……えっと。 貴方は?」


 「あ、申し遅れやした。 俺はアーベン。 御頭の部下で一応そこそこ戦えるんでついてきやした」


 「そう。 私はエレイン。 今回は一応原因調査だけど、場合によっては縄張り争いをしている魔物を鎮圧する事にもなるかもしれないから、そこには気をつけておいて」


 「了解っす」


 「そんな任務だったのか」


 「え? 御頭そこ知らなかったんすか!?」


 「あぁいや。 ここに集合しか聞いていなかったからな」


 ヤクトの言葉にアーベンは驚き、エレインを見る。

 エレインは罰が悪そうにそっぽを向き知らぬ存ぜぬを貫こうとしている。

 そんな危険な任務に特になんの前情報も与えずに連れ出そうとするとは中々に無計画も良いところである。


 「……さ、さぁ! 行くわよ! さっさと終わらせて帰らないといけませんからね!」


 「めっちゃ気まずそうに話題逸らしましたよ御頭」


 「あぁ、無理矢理だな。 しかも表情に出すぎてやがるから誤魔化せてもいない」


 「わ、分かってるならそこは気を使いなさいよバカ! 行くわよ!」


 誤魔化せていない事を指摘されたエレインは恥ずかしそうに足早に森へと向かう。

 そんな姿が可笑しくてヤクトとアーベンは声をあげて笑う。

 二人の笑い声を聞き、更に恥ずかしそうにするエレインは顔を真っ赤にして進んでいくのだった。







 


 森に入っておおよそ四時間程が経過していた。

 

 森に入って早々にエイプマンと呼ばれる猿の魔物と遭遇した三人。

 猿というよりはどうみてもゴリラのような姿のエイプマンは知能がそこそこに高く、集団で獲物を狩る魔物で最低でも十体以上のエイプマンに遭遇したら逃げるのが鉄則と言われている魔物である。


 その全身は筋肉の鎧に覆われており打撃攻撃等にはめっぽう強く、体毛もあるため斬撃も効きにくいという厄介な魔物だ。

 

 三人が遭遇したエイプマンは全部で二十体。

 普通なら数の暴力という意味でも、実力という意味でも危険な状態である。


 普通の冒険者であれば。


 エレインはエストックを巧みに操り、疾風のような速度で次々にエイプマンの額を貫き殺害していく。

 頭蓋骨のある頭部をエストックのような刺突武器で狙うのは普通は悪手ともいえるが、エレインのエストックは特別製で重ねた鉄板であろうと容赦なく貫く魔法武器である。


 彼女一人でもエイプマンの群れなど造作もなく片付ける事が出来る。


 更にはヤクトとアーベンがいる。


 ヤクトは静かな動きでするりとエイプマンの懐に入り込むと、鮮やかな剣技で次々と首を斬り落としていく。

 斬れにくいはずの体毛を難なく切り裂く魔剣を使い、一瞬で首を落としていく様は芸術的とすら言える。


 そしてアーベン。

 この三人で一番レベルが低い彼だが、今現在装備という面で一番充実しているのは彼だ。


 アーベンはゼクトから渡された魔槍グレイシャルで次々とエイプマンを突き殺す。

 グレイシャルには身体能力向上に速力増加、体力増加、さらには攻撃に氷属性を付与するというこの世界では超級ともいえる破格の性能で、それらを存分に使用しアーベンは向かってくる魔物を次々と排除する。

 

 

 結果としてエイプマン二十体はものの数分で全滅する事になる。



 戦闘音を聞きつけ更に半人半蛇のナーガや岩の魔物であるゴーレムなどが現れるもエイプマン同様に瞬殺されていった。






 「……私の予想していたより随分楽ね」


 「正直旦那がアーベンに渡した武器が強すぎるな。 アレは反則だろ」


 「いや、正直俺には荷が重いんすけど渡された以上使わないわけにもいかないもんでして」


 「責めてるわけじゃねぇよ、気にすんな」


 「私は責めてるわよ! 何よその武器、頭おかしいでしょ!」


 エレインは怒り、というよりは呆れも混じったような声でそう叫ぶ。こんな森で叫ぶというのは褒められたものではないが、そうしたくなるのも仕方がないのかもしれない。

 エレインとアーベンではレベルに二十近く差があるが、グレイシャルを使用したアーベンとエレインにそれほど差はない。それほどまでに装備者を超強化する槍など聞いたこともないエレインは自分のプライドがこの所立て続けに壊されている事に若干の焦りも感じていた。


 「これは旦那からの一品なんでおかしい性能って言われても納得出来やすね」


 「……はぁ。 まぁいいわ」


 「あの旦那の事は気にしすぎないほうがいいと思うぞ。 非常識が服を着ているような人だからな。 それより結構な魔物を片付けてるが、これでもだいぶ平和になるんじゃないか?」


 エイプマンやゴーレムにナーガなどはこの王都近辺ではかなり強い部類の魔物だ。

 それらをかなりの数倒しているのだから、多少は静かになるのではとヤクトは考えていた。


 「そうね。 まさかこんな短時間でここまで戦果をあげ……れる……な」


 エレインはそう言いながらヤクトの方を向き、そして言葉が途切れ途切れになる。

 その様子を不審に思ったヤクトとアーベンはその視線を追って、自分達の背後を見る。

 

 そこには蜘蛛がいた。


 正確には蜘蛛ではないのかもしれないが、初見の人は誰もがこの魔物を蜘蛛だと思うだろう。

 八本の節足にそれに支えられる身体。

 背中には砲身のようなものがあり、口からは毒々しい液体を涎のように垂らしている。



 「アーベン!」


 「うっす!」


 恐怖で硬直する、などという愚行を働く事もなく二人は瞬時に判断し動きだす。


 前脚を持ち上げ二人に向けて振り下ろすのは、動き出すのとほぼ同時だった。

 

 ヤクトは飛び込み前転の要領で前に飛び、そのままの勢いでまずは脚を落としにかかる。

 アーベンも同様に魔槍で脚の付け根を狙って突きを放つ。


 鋭い二人の攻撃は間違いなく蜘蛛のような生き物の脚を潰すと思われた。

 しかし予想に反して硬質なその外殻はその攻撃を弾き、逆に二人の体勢を崩す。


 「うっそだろ! 旦那の槍を弾くのかよ!」


 「後ろに飛べアーベン!」


 驚きつつもヤクトの指示に従い後方に跳躍したアーベン。 先ほどまで立っていたその場所に二本の節足が突き刺さる。少しでも判断が遅ければ間違いなく串刺しにされていただろう。


 「ちぃっ! 王都の周りにまだこんな化物がいたなんて……! 禁忌の森の主は双角の四足獣と聞いていましたけど、こいつにやられたのかしら?」


 エレインはそう言いながらエストックを構え、風のように鋭くも滑らかな動きで蜘蛛の体の至る所に突きを放ち、効果的な部分を探り当てようとする。

 美しく無駄のない動きにヤクトは軽く口笛を吹き、ヤクト自身もまた蜘蛛の節足による攻撃を鮮やかに捌いていく。


 そんな中、エレインの先ほどの言葉のなかに不穏なものを感じたアーベンはついつい口を出してしまった。

 いや出さずにはいられなかった。


 「え、エレインさん! ちょっと聞きたいんですが、その禁忌の森の主って双角に四足獣で色は炎のような赤でかなりでかいっすか!?」


 「え!? 今聞きたいのそれ!? っていうかその通りよ!」


 「なんだ、知ってるのかアーベン!? うおっと!」


 蜘蛛の攻撃を捌きながらもしっかりと答えてくれる辺り余裕があることが伺える二人。

 そんな二人とは対照的に内心別の意味でやばいと思うアーベン。


 (やべぇ……、あの時アカネの姉御が狩ってきた生き物ってもしかしなくても……! 嘘だろ姉御どんだけ強いんだよ!?)

 

 これほどに強力な魔物が姿を今まで見られていなかった事を考えると、禁忌の森の主によってこの蜘蛛の魔物も管理されていたのかもしれない。

 つまりこの蜘蛛よりも森の主の方が強い事も考えられる。

 そんな主を無邪気な笑顔で狩ってきたアカネの強さに戦慄するアーベン。


 「いや、と、取りあえずこいつをやりましょう!」


 アーベンはグレイシャルを再び構え、ふと考える。


 (今の俺がグレイシャルを使ってこの強さなら、エレインさんが使ったらどんな感じなのか……背に腹はかえらんねぇし槍を使えるなら貸してみるか?)


 「エレインさん! 槍は使えやすか!?」


 「槍!? 使えるっ……けどぉ!」


 答えながら節足を弾き、力を込めて蜘蛛の側面に飛び込む。

 全身の筋肉をバネとして弾丸の如く一直線に突きを放つ。


 同時にヤクトが飛びあがり、背中に向けて斬撃を放つ。


 しかしエレインの突きはやはり弾かれ、ヤクトの斬撃はかるく表面を削り取るだけに終わる。


 「ちっ! 鬱陶しい硬さだな!」


 「厄介ね……決め手に欠けるわ」


 同時にそう呟き、距離を取った二人はどう攻めるかを考える。

 アーベンは二人に近づきエレインにグレイシャルを差し出す。

 


 「エレインさん! 今の俺が使ってあれだけ力が増幅されるんだから、あんたがこれを使ってみたらどうでやすかね?」


 「…………仕方ないわね。 嫌とか言ってる場合じゃないし。 借りるわよ!」


 迷うのも一瞬。

 エレインは今必要な事を瞬時に判断し、ゼクトの力を借りたくないという思いに一瞬で蓋をする。

 今そんな思いは邪魔なだけだからだ。


 グレイシャルを受け取ったエレインは槍を構え、そしてその付与された効果の大きさに息を呑む。


 「なにこれ……体が軽い。 力が湧き上がってくる……これなら!」


 先程までも十分に凄まじい速度を見せていたエレインは更に加速し、蜘蛛の反応速度を上回って背後に回り込む。

 そのまま節足を穂先で切り払うように薙ぐ。

 穂先を吹き飛ばす事は出来なかったが、節足の半ばまでを切り裂き大きく体勢を崩す。

 

 先程までは攻撃が通じなかったがグレイシャルならば攻撃が届くと確信したエレインは更に速度を上げ次々と節足や体幹に傷を刻み込んでいく。


 ただでさえ攻撃が通るようになった上に、氷属性による冷気ダメージが蜘蛛を襲う。

 蜘蛛はたまらず糸を作り出し全身を覆うように展開し始める。


 「これは……!?」


 糸すらもまとめて吹き飛ばそうとするエレインだが、その糸の予想以上の靭性に払うような攻撃は効かない事を悟る。

 軽く突いてみるも攻撃は届かない。


 「なら……全力で突き破る!」


 一旦距離を取り、魔槍を構え呼吸を整えるエレイン。凄まじい集中力で狙うべき場所を定め闘気を練り上げる。

 

 次の瞬間。


 空気が爆ぜるような音と共に踏み込むエレイン。

 

 地を砕き残像すら残らない程の速度で突貫する彼女は、一条の閃光となって蜘蛛の展開した糸の結界に衝突する。

 

 蜘蛛は糸の結界でエレインの突撃を緩和し、節足を交差させてエレインの突きを受け止めていた。

 とはいえ超性能のグレイシャルを使ったその突撃は蜘蛛の耐久力を超え、徐々に押され始める。


 「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼️」


 握る腕から血が噴き出る程に力を込めるエレイン。

 それに合わせるかのようにヤクトの防御も回避も考えていない全力の斬撃が節足に叩きこまれ、蜘蛛は体勢を崩す。

 それが致命的な隙となり、拮抗が崩れグレイシャルが外殻を砕き、蜘蛛の顔面に深々と突き刺さる。


 蜘蛛は顔面を貫かれ脳を潰され、断末魔の悲鳴を上げた後にゆっくりと倒れこんだ。



 「勝った……か……。 ふぅ……」


 「おっと……。 なんつぅか……あんた格好いいな」


 「……ふん」


 全力を使い切ったエレインは操り人形の糸が切れたようにがくりと力が抜ける。

 その場に倒れこみそうになったエレインの体をヤクトがしっかりと支え、抱え込む。

 

 良い笑顔でそんな事をいうヤクトの言葉に頬を染めてそっぽを向くエレイン。

 

 「お、お前もナイスアシストだ。 あの時体勢を崩してくれたから……その……助かった」


 「ああ、俺達の勝利だな。 ……あんた近くで見ると美人なんだな」


 「んなっ!? ……くぅぅぅぅ……は、離れろ! 恥ずかしい!」


 「御頭……旦那と似てきてるんじゃないですか?」


 耳まで真っ赤にしたエレインがヤクトを突き離そうともがくが、先ほどの影響で立つ事すらままならない状況になっていた。

 腕も上がらない為、抵抗らしい抵抗も出来ず逆にヤクトの胸に飛び込む形になり更にあわあわとしているエレイン。


 そんなヤクトを見てアーベンはそう呟かずにはいられなかった。


 そして思い出す。


 禁忌の森の主はゼクト達と一緒に食卓に並んでしまっていた事を。



 傍から見ればイチャついているようにしか見えない二人を眺めながら、アーベンは気付いてしまった事をどう報告しようかと悩み始めるのだった。 

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