第四十三話
アカネが静かにゴブリン共を殲滅しているころ。
多面攻撃で北側から向かってきているのはジャイアントオーガが五体だ。
ジャイアントオーガと言えば全長五メートル近くあり、その巨腕による一撃は容易に城塞の壁をも破壊する事から別名クラッシャーと呼ばれている。
全体的な動作は遅いが、その分巨体であるため攻撃のモーションに一度入ると、止めるには上級魔法を連発して防御を固めさせるか、足元を崩させて姿勢が整わないようにする事が必要になる。
そんなジャイアントオーガが向かってくる場所にはリリアを除き、全部で二十名程の学生と兵士達だ。
ついでにセインとエルレイアも同行している。
ここに宛がわれたことに不満を漏らすものも多い。
なんせ伝えられている作戦はこうだ。
『我らが英雄であるリリア様の単騎駆けにてまずは先陣を潰す。 隙の出来たジャイアントゴーレムを後陣の連中で刈り取る』
「は、はいぃ! やってみせます!」
作戦司令本部からの通信に表情を引き締めるリリア。
リリアは大切そうに金属バッ……キンゾ・クバットを抱きしめている。
普通に考えれば死んでもおかしくない作戦。
ジャイアントオーガという危険な魔物を相手に回されている上に人数も少ないという一見すればただの無謀な作戦である。
しかしこの作戦の立案にはゼクトも絡んでいる。
危険性についてはすでに知っているが、ここでリリアに必要なのは立ち上がり戦う意思だ。
「必ずやレムナントに押し迫る脅威を排除し、民が安全に暮らせるように尽力します!」
通信石による返礼ではあるが、それに対してしっかりと礼をとるリリア。
その熱意が通じたのか通信石からも同様な衣擦れの音が聞こえてきた。
『貴殿のような女性には美しいままで戻ってきて欲しいな。 次合う時にその美貌を堪能させてくれ」
「ご、ご冗談を!」
『はっはっはっは』
通信の相手はそういうと通信石を途絶した。
最後の最後にやり込められた感があり、リリアはモヤモヤとしていたがしかたない。
これはいつも逃げていた事を自然にゼクトが引き受けてくれていたのだから。
「やはりゼクト殿がいないと不安か?」
「うふふふ。 リリアちゃんったらゼクトさんに付きっ切りですものね。 妬いちゃいそうですわ」
「うぅぅぅ。 不安は不安だけど、専用の武器も貰ったし強くなったところをしっかりと見せないと。 二人も手伝ってくれるんですよね?」
「「勿論」」
異口同音に声を返す二人。
心許せる親友と、少し危ない感じはするがゼクトに心酔している先輩。どちらも実力は十分にあるのだから好機はある。
「よし。 行こう!」
リリアは白銀のマントを羽織り、中には防御力の高いシャツとその上に簡素なレザーアーマーを装着している。
エルレイアは対象的に黒い甲冑に身を包み、その身のこなしで軽々と馬に乗るとランスを片手に敵に対して突撃をかけた。
セインは少し薄目の黒い外套で全身を覆っており、ふわふわと後をついていっている。
三人を見送り、既に戦闘態勢に入り始めた少女たちを見て兵士達は愚痴をこぼす。
「たった三人で……大丈夫なんだろうか。 ……いくら英雄様とそのお仲間とはいえジャイアントオーガが
五体って言ったら少なくとも逃げてもバカにはされないような相手だ」
「それでも戦わねばならんのだろうなぁ」
自らの国の趨勢を決める戦いを覗き込んだ老兵士の耳に突如甲高くも澄んだ、美しく心地よい音が聞こえてきた。 リリアがジャイアントオーガの膝を打った音だと理解するのに数秒を要した。
見るとリリアが魔杖「キンゾ・クバット」を振りぬいた姿が見えた。
その後に来たのは衝撃波。
リリアが振るった魔杖による余波で周囲一帯は局所的な暴風が発生していた。
キンゾ・クバットの一撃は巨大なジャイアントオーガの左膝をぶち抜いたようで、味を占めたと言っても良いのかわからないが、リリアはそのまま倒れこんだジャイアントオーガの真下に入り込み、垂直になるような形でキンゾ・クバットを再度振りぬく。
衝撃が逃げ切れず、威力は体の中で弾けジャイアントオーガを絶命させる。振りぬいた衝撃で俯せになっていたジャイアントオーガの腹部から衝撃が突き上げ、それは内臓をも巻き込んで脊柱を砕き、靭性にも富む広背筋すら貫いてリリアの一撃が天を突いた。
本人は訳も分からず、降り注ぐジャイアントオーガの血の雨に困惑し、同様に瞬殺された同胞をみて固まっている四体のジャイアントオーガ。
茫然としたくなるのは仕方の無い事かもしれないが、今は戦争中である。
エルレイアとセインは容赦なく次の標的に襲いかかる。
隙だらけの背中に向け、雷の力を宿した雷槍を投擲し硬直させる。
その間にエルレイアの使い魔であるリビングアーマーのギャレットが加速術式で一気に足元へもぐりこみ、両膝と踵の腱を切り裂く。
人間と同様の物理構造である場合これで立ち上がるのはほとんど不可能だ。
せめてもの反撃に全身を使って押しつぶそうとしてくるが、難なく回避しセインがジャイアントオーガの耳元にふわりと降り立つ。
「一応聞いてあげますわ。 死にますか? それとも降参しますか?」
『グッ……殺せ。 我らに未来などない!』
「あらそう? では、さようなら」
セインは優しく指を首筋にあて、頸静脈付近に爪をあて引き裂くと露出した血を嚥下し、魔力を補充する。
誰にも見られていないからこそできる事である。
満足いくまで吸い上げたセインは、せめてもの礼に血で作り上げた大剣でそのジャイアントオーガの首を切断する。
「やっぱりゼクトさんの血には叶いませんわねぇ。 はやく頂きたいですわぁ」
魔力を補給出来た事で多少上機嫌になったセインは再び、エルレイアの元へと向かう。
血まみれになっている事に驚かれ、怒られるのはある意味仕方のない事である。
一体目のジャイアントオーガで要領が分かったリリアはふんすと鼻息を荒く鳴らしながら、次のジャイアントオーガに目標を定める。
規定の姿勢でキンゾ・クバットを振れば劇的な威力と綺麗な音が出る。
それは聞いていたが、実際にやるのと聞くのではやはり違う。
先ほど手に残った感触が忘れられないリリアは、次のジャイアントオーガに向けて全速力で接近する。
「彼の者に勇敢なる力を! ブレイブソウル!」
巨大な敵が目の前にいても委縮しないように心を震わせ、全速力で突貫する。
外套にはゼクトがこれでもかと安全に安全を期した符が込められており、そのうちの神速符の発動で常軌を逸した速度でジャイアントオーガの足元にたどり着くと、しっかりと構え、キンゾ・クバットの力を開放した。
カキィィィィィィィィィン…………
ジャイアントオーガの脛付近で発動したその一撃はジャイアントオーガの両足を衝撃だけで吹き飛ばし、さらには下半身すらも吹き飛ばしていた。 正確には下半身が修復不可能な程に爆散させられ原型を残していない。
普段のリリアなら気持ち悪さにそこで止めていただろうが、ブレイブハートによる影響なのか、それが本質だったのか血塗れになりながら笑みを浮かべて、エルレイアとセインに向けてこう言った。
「ふわぁぁぁぁ! 気持ちよく殴れましたねぇ! 的はあと二つありますし、残りは私が倒しますね!」
とてもいい笑顔で走り出すリリアを誰も止める事が出来なかったという。
後に聞いた話では、アレを止めるのは命を懸ける必要があると体験者は語った。
断続的に金属の軽やかな澄んだ音と、血の滴る肉を叩き潰すような音がしばらく響いていたという。
北門方面では一体何があったのか。
生還者であろうと深く語る事はなかったという。
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