第四十二話


 

 高見台の見張りが諸々の敵を発見し、戦闘態勢を構築して敵の攻撃に備えるのが人間の戦いともいえる。 

 だが相手は魔物という名の獣ばかり。

 本陣は作り上げるが、それ以外の下っ端どもはただただ前に突き進むのみ。

 例えそれがどんな敵であろうと関係ない。


 突き進み、殺し、奪い、犯し、略奪の限りを尽くす。


 それがゴブリンたちの習性だった。


 大きな森を抜け少しずつ見えてきたレムナントを囲う城壁を見て、その中にある御馳走を想像し下卑た笑みを浮かべ、逸物を屹立させるものもいる。

 単純な欲求に従ってゴブリンたちは歩みを止めずに進んでいく。


 その後方。

 このゴブリンたちを統率しているゴブリンたちのリーダーであるゴブリンキングとゴブリンリーダーがそれぞれに把握するため簡素な陣を張り、テントの中で状況確認をしていた。

 流石に万に及ぶゴブリンたちの統制を取るだけあってある程度の知性というものを備えている。

 

 後方に残ったのは凡そ一千。それ以外のゴブリンたちは我先にとレムナントへ向かっていた。


 「ココカラ見エルニンゲン、少ナイ」


 ゴブリンキングは接近してきているゴブリンたちに対し未だ攻撃がなされていない事に疑問を覚える。

 十分に接近しているため、これだけ近づけば先遣隊達はすでに魔法の雨に晒されていてもおかしくはない。

 それなのにいまだ攻撃の予兆すらないというのはどういう事か。

 ゴブリンキングはその点に疑問を持つ。


 「マサカ逃ゲタノデショウカ?」


 「ソレハナイ。 コレダケノ立派ナ防壁ガアレバ、逃ゲルヨリモタタカウ方ガ賢イ」


 「ソウデスカ。 デハ、罠デスカ?」


 「ソレガ可能性トシテハ高イ。 ダガソレデモ静カスギル。 ソロソロ攻勢ニデナイト戦局ヲワルクスルハズダガ……」


 彼らはまだ気付かない。

 既に先遣隊は死んでおり、今も着々とゴブリンたちの首が跳ね飛ばされている事に。


 『ギャアアアア!』


 『敵襲ダァ、ごっ』


 『バカナ! イッタイどk』


 

 いくら森の中とは言え木々は少なくなっており薄暗い場所とはいえ、日がまだある明るい時間において敵の姿が見えないなど普通はあり得ない。

 しかも相手は次々と味方のゴブリンを狩っているのだから、その瞬間くらいはその姿を捉えられる筈だ。

 彼らの狭い範囲の常識と、小さい脳ではこの思考が精いっぱいだった。

 そしてその思考も途切れていく。



 一秒経った。 城壁に向かおうとした数百人が一瞬にして首を跳ねられ死んでいく。


 二秒経った。 そいつらを助けようと思った数十人が近づき、そいつらも胴体から首が離れ吹き飛んでいった。


 三秒経った。 今度は近くにいた集団のおおよそ五百人近くいた部隊が突然燃え出し、断末魔の悲鳴を上げている。


 四秒経った。 本能が警鐘を鳴らし、訴える。 逃げろと。 全速力で逃げろと。 後方を見て逃げようとしたその視線の先には更に夥しい数の斬殺されたゴブリンたちが倒れていた。


 五秒経った。 それでも足を動かし、ゴブリンは走った。 その瞬間周りにいたゴブリンたちの体が今度は縦に切り裂かれた。 一刀両断という奴だった。 そして気付く。 この五秒の間にゴブリンは敵と呼べるものを何一つ目にしていない事に。


 八秒経った。 自分の周りのゴブリンもいなくなっている事に気付いた。 しかし立ち止まる訳にはいかない。



 十秒経った。 気づいたら視界が揺れ地面に向かっている。 反射的に手を付きだそうとするが何故か出きなかった。


 十一秒経った。 よく見ると自分の体が立っていた。 自分が首を斬られたのだと判断する前に一瞬赤い何かが……。



 「雑魚もここまで多いと面倒ですわねぇ。 いっそ森ごと燃やしたい所ですけど、ご主人様にはダメと言われておりますし。 ……でもうまく出来ればご主人様からのご褒美がありますわよねきっと。 うふふふふふ」


 

 そのゴブリンが最後に見たのは真っ赤な鬼が可憐に笑う姿だった。






 『静カスギル……』


 『……確カニ。 到着シテ雄叫ビヲ挙ゲルハズダガ、ソレスラ無イ』


 『一旦様子ヲミテクル』


 ゴブリンキングは張られたテントの中にある簡素な玉座に深々と座り、愛用の人間の頭蓋骨を使った杖に手をかけて思案する。

 まだ戦いは始まったばかりなのだから不安になる必要はない。 

 そう思うが、先ほどから普段とは違う雰囲気にゴブリンキングは苛立っていた。

 テントの中には残り五人の猛者がいる。

 たとえオークやオーガの戦士であろうと相手どれるリーダー格のゴブリンたちだ。

 不安に思うことはない。


 しかし……。


 

 突如としてテントの膜に大量の血潮が叩きつけられた。


 まるで局所的に豪雨でも振ったかのような音に誰もが驚き、天幕を見る。

 そこには明らかに新しい血がべったりと張り付いている。



 『ナニゴ』



 「ごめんなさいね。 臭いからちょっと壊しますわ」



 唐突に入り口から声をかけてきた女性は全てを無視してそう声をかけると、入り口を止めている地面に打ち込まれた木の杭を片手で無造作に引っこ抜くと「それっ」と、短い掛け声でつながっている全てのテントを力任せに引きはがした。


 今の今まで作戦室のようになっていた場所は一瞬にして外の空気に晒される。

 遮るものは何もなくむき出しの青空教室のようになっていた。


 「うーん。 一応偉そうに見えなくもないですが、確認しておきますわね? 一番偉いのは誰かしら?」


 突然の凶行。しかし、あまりにも自然にふるまう女性に誰もが度肝を抜かれ、彼女の言葉に反応出来ないでいた。


 「答えてくださらないと困りますわ。 じゃあ……あなたは違いそうね。 死んで良いですわ」


 女性がそういうと、小さく何かの音がする。 すると遅れてそのゴブリンの首がズルリと体からずれ落ちた。

 

 ゴブリンキングは悟った。これは敵対してはいけないナニカだと。決して歯向かう意思を見せてはいけない。


 『ワタシガ! コノ軍ノ長ダ! ドウカ部下ヲ殺サナイデクレ!』


 ゴブリンキングはすぐに平伏し、同胞の命を懇願する。

 彼は分かってしまった。目の前の怪物はたとえ幾千幾万のゴブリンが命を賭して挑んだところで、まるで息を吸うように自然に殺して見せる。

 そんな狂気を孕んでいると。


 「あら? 貴方が一番? それじゃ他はいらないわね」


 『チョッ、マッ!』


 不穏な言葉を感じ、頭を上げた瞬間その場にいた全員の首が斬り飛ばされていた。

 薄っすらと血が滲む短刀がゴブリンキングの視界を過ぎる。


 「待て、とでも言おうとしたのかしらこの畜生は。 逆にお聞きしますわ。 貴方は私達に向かって戦いの意思を見せてきたというのに自分達が死ぬ覚悟はありませんの?」


 『イヤ、ソレハ……シカシ、オカシイダロウ! ナゼニンゲンガコンナニモ強イ!?』


 「……ふぅ。 今回の作戦で言えば貴方方が攻めたのがこの場所以外であればあるいは善戦出来たかもしれませんし、勝利を拾う事も出来たかもしれませんわ。 貴方達の敗因はたった一つ。 ご主人様のいる場所を攻めてしまった。 これだけですわ」


 『イ、意味ガ分カラナイ……』


 「知りませんわそんな事。 さて、吐きなさい畜生。 貴方達は一体どうしてここを攻めようと思ったのかしら? いくら畜生でも何の考えもなしにここを攻めてきたわけではないでしょう?」


 『ソレハ……アル魔族ニ言ワレタノダ……』


 「何を?」


 『銀髪ノ小サイ娘ガ持ツ、使イ魔ノ宝石を奪エ、ト。 ソウスレバ誰モ飢エルコトノナイ様二図ラウト』


 「ホームを? …………厄介ですわね。 まさかこの騒動全てがリリア様を狙ったものだとすると……。 アレを壊されると私達の快適ライフが根本から崩れてしまいますわね。 よし、ご主人様に報告して抹殺ですわね」


 標的が分かった女は立ち上がり、東門の方を見る。

 

 『……トテモ……静カダガ、ヒトツ聞キタイ。 私ノ部下タチハ……』


 「ああ、畜生ならすべて片付けておきましたわ。 トータル三万二千飛んで五匹。 思ったより時間が掛かってしまったのが悔やまれますわね」


 ゴブリンキングは何でもないように話す赤毛の女に対し、先ほどまで感じていた絶望以上の怒りがこみ上げていた。

 共に暮らし、同じ飯を食い、夜は繁殖のために番い、そして共に戦ってきた同胞たちがこんな女に。



 『同胞ノ恨ミィィィィ!』


 杖を突きつけ、魔法で女を焼き殺そうとした刹那。

 腕を上げた瞬間にズルリと腕が落ちた。

 突きつけたのは切断された腕の先だけだった。

 ならばせめても呪詛を唱えてくれると思った次の瞬間。


 視界が反転した。


 「あなたで三万二千飛んで六匹。 無駄な時間でしたわね」


 蔑むような視線を残し、女は去っていった。



 加速度的に薄れゆく意識の中でゴブリンキングは思う。



 『……クソッ……』


 それが彼の王として最後の矜持。

 最後まで王として抗った言葉だった。







 ※シリアス? なにそれヽ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ノ



 アカネ「ご主人様! 釣りに行きませんか!? 行きますわよね!? はい、行きましょう!」

 ゼクト「いやいや、唐突にどうした」

 アカネ「わたし大トロが食べたいですわ!」

 ゼクト「大トロかぁ。 確かに食いたいな。 でも海に出ないといけないんだろう?」

 アカネ「そんなものは海にいってお話すればきっと快く船を貸してくれますわ!」

 ゼクト「……お話の部分の強調が気になるが、まぁ言って聞いてみるか」

 アカネ「レッツゴーですわ!」


 数時間後



 アカネ「つきましたわ! 黒い海! 赤い砂浜! 港には……船がありません……」

 ゼクト「初めて海に来たけど、まさかここまで予想外の見た目とは」

 アカネ「き、きっと魚は美味しいはずですわ! とりあえず第一港人発見しに行きましょうご主人様!」

 ゼクト「某番組を思い出すな」

 漁師A「釣りの為に船を出す? お前らバカか?」

 アカネ「誰がバカですか? ん? 死にたいのですか? ん? 死にたいなら今すぐ海の生き物の餌にしてやりますわよ?」

 漁師A「ひぃっ!? す、すすすすすすんましぇん!」

 ゼクト「やーめーなーさい。 やっぱり危険なんですか?」

 漁師A「へ、へい。 ここ最近海蛇が近辺にいやがりまして、魚も入ってこないんすよ」

 アカネ「そいつがいなくなれば釣りは出来ますの?」

 漁師A「へ? いやまぁ、そいつをどうにかしてくれるんなら船を出しやすが」

 アカネ「よし、行きますわよ。 一刻も早く! さぁ早く!」

 漁師A「ちょぉ待ってくれ! 俺以外をーーーーー!」


 ゼクト「……うん。 いつも通りだな」



 一時間後



 漁師A「ここここ、この辺が奴の縄張りですが。 ほ、ほほほほ本当に大丈夫なんですよね旦那!?」

 ゼクト「まぁ俺達より強くなければ大丈夫」

 漁師A「なんでそんな微妙な答え!? せめてここは安心させるために大丈夫っていってくだせぇよ!」

 アカネ「うるさいですわよ。 ご主人様に迷惑をかけるならここから落としますわよ」

 漁師A「……あぁなんてこった。 今日が俺の命日たぁな」

 海蛇『シャーーーーー』

 漁師A「でたーーーーーーーー! しかも超巨大種じゃねえかぁーーーーーー!」

 アカネ「死ねぇーーーーーーー!」

 漁師A「え?」

 海蛇『え?』

 


 数時間後



 アカネ「まさかあの駄蛇のせいで近海に魚がほとんどいなくなっていたなんて……。 骨折り損でしたわ」

 ゼクト「はっはっは。 でもあんなでかい海蛇がいるんだな。 あれはちょっと楽しかった」

 アカネ「もぅ……。 次は別の場所で楽しみましょうご主人様」

 ゼクト「次はもっとデカい海の生物も見てみたい気もするな」

 アカネ「でしたら今度はそれを目的にして、あのゴードという男に船を出させましょう! きっと大きいのに会えますわ!」

 ゼクト「あぁそうだな。 お前と二人ならどこでも楽しそうだ」

 アカネ「ご主人様ったら……。 恥ずかしいですわ……」

 



 漁師A「俺は伝説を見たのかもしれねぇな……」



 後に、この港は巨大種の海蛇の頭を護り神として崇め、観光や漁業にて非常に盛り上がり発展していったという。

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