第四十一話


 レムナント東方の門周辺。

 これから起こるであろう激しい戦闘に対する高揚や畏怖、怒りなど様々な感情が渦巻いている。

 

 俺もリリアを連れて、ちょうど到着した所だ。



 さてさて敵の来襲に控え、各所の人々は規律のとれた兵士達の避難誘導によって学園の方へ向かっている。

 これなら実際に攻めれられた時に要員を護りやすい。

 あそこにダイレクトアタックされるとどうしようもないけど。

 

 「実際敵の目標が一体何なのか……。 もしあの中に標的がいるのなら敵を学園内に侵入を許した時点でゲームオーバーになるでしょうね」


 「ゼクトさん……昨日の夜から考えていたんですけど、ゼクトさんなら一人でコボルトの五千なんて余裕なんじゃないですか?」


 

 リリアは髪を戦闘用に結い上げ、ぴっしりと止めている。 真っ白な項が現れふわりと色気を撒き散らす。健康的な白さと美しさが実に素晴らしい。

 所謂ポニーテールですひゃっほい!


 

 今現在コボルトの軍勢は速度を緩める事なく進み、行軍にて約一日の距離まで来ている。

 冒険者や駐屯している兵士達が囲いの壁の前に大量の塹壕や術式罠を設置している。

 誰も彼もが緊張しているようには見えるが、どこか雰囲気が軽い。

 この軽さを吹き飛ばすために俺達がなるべく関わらないようにしないといけないんだけど。

 最終的に彼らが今の現状を知るのが一番なのだから。

 

 「まぁやろうと思えばそれこそ諸々の処理も考えて一時間もあれば終わるとは思いますよ。 ただ、折角後方が充実している状況なのです。 これを期に他の方々もレムナントを襲われた時の戦い方を学ぶべきだと思います。 私やリリア様に頼りっ切りでは困りますからね。 それに王都よりも早く到着する予定の援軍もいますのでしっかりと頑張りましょうじゃありませんか」


 一応の説明にナルホドナーと目を丸くさせている可愛い我が主。

 一番の理由はまた別にあるのだが、取りあえずは感心してくれているようなのでよしとしておこう。



 「おそらく東方の門で大半の敵を叩く事になりますが、流れた敵がそちらへ向かうのはまず間違いありません。 あぶれたその敵を近づく前にしっかりと排除してください。 一応そちらにはセイン様とエルレイア様も支援に向かわれます。 北方から意図しない敵の集団が現れ、彼我の戦力差がかなり大きいときはこの二つを敵の方向へ投げつけてください」


 「え? それでいいんですか? 見たこともない水晶ですね」


 「それ二つでこの王都が消し飛ぶので注意してくださいね」


 「ほわぁぁぁっ! な、なんてもの持たせるんですがゼクトさん! いまもし落としたら私大量殺人犯じゃないですか!?」


 「スリルがあって楽しいでしょう?」


 「このレベルのスリルだと私はストレスで胃どころか心臓に穴が開きますからね!?」


 常にデッドオアアライブの緊張感は精神的にキツイだろうしな。

 そう簡単に壊れる水晶じゃないから多少乱雑に扱ってもいいんだけどな。


 そんな軽い緊張感を吹き飛ばすように、高見台からの号令が飛び始めた。


 「敵コボルト視認! 数は……嘘だろ……目算でおおよそ二万! ここから見える範囲で北方ゲート方面にジャイアントオーガが五匹! 南と西は……! すまねぇ……ここからだと判別できない!」



 監視の声に集まっていた兵士達の士気がそがれ始めている。

 予想していたよりもはるかに多い数だ。

 別にやる事は変わらないのだから、そうおじける程でもないとは思うのだが。

 いや、数の暴力は心を折るには十分か。

 ならば……。



 『皆さん、こちらをむいてくださーい! ……えっ、これ通信石反応してますよね?』


 鈴の鳴るような涼やかで聞いたものの心を落ち着かせる女の声が聞こえた。

 ここに来て今まで何度も聞いていた声だ。

 焦ってはいなかったが、こんなにも心を穏やかにする声は彼女以外はいない。


 『じ、自分で言うのは恥ずかしいですね。 ごほん。 もう知っていらっしゃる方も多いと思いますが、私はリリア・クラッツェヴィスコール。 一時期は落ちぶれたとまで言われた私達ですが、今はとっても大切な使い魔さんたちのおかげで何とか復活してきました! 使い魔さんたちは言ってました。 本気になればこの都を護るのは容易いと。 でも自分達に頼りすぎて力を失ってはいけないと。 ですから皆さんはまず今与えられている指令をしっかり守ってください! 傷ついた人はどんな傷も治すミソラさんがいます! 北の門の方には私を含めた学園生徒の優秀な人物も集まっています! 西と南に関しては敵を殺す事にかけては絶対の信頼のある朱音さんが護ってくれます。 ここまでおぜん立てして訓練の場を提供されているのです! 気合をいれてが、頑張りましょう!』


 レムナントの都全体に響いたリリアの声は聞いたものを安心させ、それと同時に圧倒的強者たちが自分達の背後にいるのだという安心感を与えた。

 その感情は奮起し、レムナント全体に歓呼の声が至る所で挙がっている。


 「いやぁ……何も言わなくても良い仕事しましたね、リリア様。 でも最後に噛んだのでマイナス二十点」


 「ああぅ!? 最後のは勘弁してくれても良いじゃないですかぁ。 でも自分で出来る事はきっとここだって思って、気付いたら通信石握ってました」


 「いえいえ、大切な事です。 数の差を聞いてしまっては経験の少ない兵士達は心を折られますからね。 今の声援でだいぶ平常心は戻せたでしょうが、あと一押しが必要ですね……。 リリア様。 ここから見える分のコボルト達を私が一気に減らしますので」


 「分かりました!」


 リリアを抱えてそのまま城門の上に立つと、まだ到着はしないが確かに土煙を立てて近づいてくる集団がある。

 北方から南下してきているのはジャイアントオーガ。

 西はハッキリとは見えないがフォームランドの騎兵隊?のような奴らが身を潜ませている。

 レムナントが滅びそうなら傍観、恩を売れそうなら戦後支援か。勝てそうなら兵士を使って助けたと言い張るつもりなのかな? ハイエナみたいなやつらだな。


 西と南はアカネの担当だろうが西は今は放っておいていいが、南もちょっと大変そうだ。

 緑色した子供に最低限の服を着せたような魔物。

 いわゆるゴブリンだ。

 目算でどうやって数を出しているのかは知らん。

 のでフィールドサーチを使ってみるとこちらは三万のゴブリンだ。奥にゴブリンキングがいる。

 ここらへんで言えばかなりの大物だ。


 「アカネ、そちらに大物がいるが……何分で終わらせられる?」


 既に南門に待機しているアカネに通信を飛ばす。

 アカネは真紅に染まる眼をスッと細め、眼前に広がる敵を見る。

 どれもはっきり言って取るに足らない雑魚ばかり。

 面倒なのは数だけで、それ以外はない。たとえ大物がいようとも評価は変わらない。


 『敵自体はそうでもないので……技による周囲への環境変化も考えますと五分もあれば問題ありませんわ』


 「さすがだな。 戦いにおいては本当に頼りにしているよ、アカネ。 いつもありがとう」


 『んふぅぅ……まさか戦いの前に私の情欲に火をつけていかれるなんて……。 終わったら激しく燃えてしまいそうですわね! 主にベッドで! くふ、くふくふふふふふ!』

 

 最後の一言が無ければ完璧だったな。

 しかし五分か。 もう少しかかるかと思ったけど速いな。

 かといってゴブリンやコボルトのキングなどであろうと、ここまで用意周到な四面攻撃を考えるとは思えん。

 どこかに首魁が隠れているだろうな。

 見つけ出して八つ裂きにしてやらないといけないな。


 取りあえずフォームランドではなさそうな気がしなくもないが。

 漁夫の利は得られるかもしれんが、タイミングが悪すぎる。

 戦争の口実にしたいにしても、どうしてこんな所まで領内侵犯をして来ているのか等を考えると、捕まった時にまともな証言すら出来ない可能性がある。

 または他に何かしらの目的があったのか……。 もしそうなら一匹は捕まえて吐かせたほうがいいな。

 

 「アカネ。 向こうのフォームランドの動きには注意しておけ。 何かあれば俺に知らせてくれ」

 

 『わかりましたわご主人様。 歯向かってきたときは……』


 「一人残して後は好きにしろ」


 『ふふ……御意』


 答えたアカネは妖艶な笑みを象り、自分の獲物にならないだろうかと期待する猛禽類のような眼をしていた。






 「さて、みんなの景気つけの為にやりましょうかね」


 「お願いします、ゼクトさん!」


 みんなが向かってくる敵に対して果敢に攻められるように敵の気勢を削ぎつつ、敵の戦力を削ぐ必要があるがあんまりやりすぎるとグロイのとかヤバイのとかで各方面から文句言われるだろうし気を付けないとな。


 「よし、やるか」 


 今回は配置する符による陣が勝手に仕事をしてくれるので、魔力と符をどれだけぶちこめるかだな。

 掌に黒い球体を出現させ、その周囲に淡い幾つもの光輪が姿を現す。

 球体が少しずつ肥大化し、それに併せて光輪も拡大する。

 その光輪に持っている全ての符を投げ込む。


 『ぜ、ゼクトさん!? それ……複雑な術式が大量に見えるんですけど!?』


 おや、リリアさんやマイク入りっぱなしですよ?


 「揺蕩う光  貫くは雨」


 手に持っていた球体はすさまじい勢いでコボルトの軍勢の頭上に向かい、移動するたびにその体積を大きくしていく。

 

 「断罪の力 汝らに降り注ぐ光は罪を浄化する」


 球体は扁平上に広がり、淡い光を放つ光輪にのって動く符から水や火、光といった属性の閃光が次々とコボルトの軍勢に降り注ぎその体を消滅させていく。


 「召魔・罪断神威つみたちのかむい


 ワンショット、五キルくらいの勢いで敵が減っていく。

 そこまで殺しまくる気はないが、あらかた倒してしまいそう……。

 というか撤退したりしたら、それはそれで面倒くさいな。


 『す、凄いです! なんですかアレ!? もはや意味不明ですけど光の雨がコボルトを見る見る消し飛ばしてますよ!』


 実況ありがとうリリアさんや。

 リリアの声が聞こえたのか、各所から歓声が上がり始める。

 どうやら開戦の狼煙としては十分なようだ。


 『じゃあ、皆さん健闘を! 私もジャイアントオーガになんて負けませんよー!』


 リリアは勇んで北門へ向かっていった。

 正直今のレベルでも『キンゾ・クバット』様がいる限り負ける事はないだろう。

 ……通信石付きっ放しだけど大丈夫かなぁ?





 ……久しぶりに裏方を頑張るとしますかね。

 この騒動を起こした張本人も見つけないとな。


 兵士や冒険者が怒号を撒き散らすなか、影に消えるように移動を開始した。


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