第三十四話


 フィリップが逃亡を決意したその深夜。

 リアーナと共に床についていたフィリップの自宅に三人の兵士が近づいていた。

 

 「グレゴリー様もなんでフィリップ様が実験体を匿ってるなんて疑うかね。 あの人がある意味この研究で一番尽力した人だってのに」


 「まったくだな。 あの人のおかげで完成した研究だろうに何を疑ってるんだか。 こんな物まで使わせるなんてな」


 「ぐちぐち言うな。 俺達はフィリップ様の家に行って確認するだけだ。 何もなければそれでいい」


 兵士達は普段のフィリップの働きを知っている為か、グレゴリーのフィリップに対する疑念に対して嫌悪感を示していた。実験体にとって地獄の苦しみを及ぼし、人間にとっては死にも至る薬まで持たされ、フィリップを害するような事をさせられようとしているため尚更である。


 むしろ横柄な態度をとるグレゴリーにこそ反感を抱いてはいたが、研究に加担してしまっている以上逆らう事なども出来ないため表立って文句を言うことなどは出来ない。

 そんな思いを口々に話しながら三人はフィリップの自宅へと到着する。


 「俺は周囲を見ておく。 万が一もないと思うが、一応聞いてきてくれ」


 三人の中でリーダーにあたる男が面倒そうに周囲を確認しつつ二人の兵士に指示を出す。

 兵士達はフィリップの家へ近づき様子を伺う。深夜という事もあり辺りは静まりかえっており、フィリップの家も静かだ。既に王都自体も明かりが落ちておりそれはフィリップの自宅においても同じだった。

 

 

 いつもと同じような静かな夜は、この訪問をきっかけに王都全体をゆるがす騒動の引鉄となる。







 

 静かな夜に二人で身を寄せ合って眠りについていたフィリップとリアーナだが、突如として跳ね起きたリアーナの動きによって目を覚ます事になる。


 「急にどうした? 何かあったのか?」

 

 「……ダレカ、チカヅイテクル」


 「なんだと。 いったい誰が……」


 警戒態勢をとっているリアーナを宥め、剣を手に取ったフィリップはそっと覗き窓から外を見る。

 まだ少し離れているが、灯りを持った兵士三人がこちらへと近づいてきていた。


 (……こんな時間にいったいなんのようだ? 獣魔石に関しては最終製造もほとんど終わっている。 リアーナがここにいる事もバレるような行動はとっていないぞ……)


 こんな深夜に自分の知る兵士達が訪問するなど普通はあり得ない事を理解しているからこそフィリップは困惑する。

 依然警戒しているリアーナを見てフィリップは考える。

 もしここにリアーナがいる事を勘付かれているのであれば今の状況はまずい。

 かといって既にフィリップの中で彼女を見捨てるという選択肢は無くなっている。


 「……リアーナ。 しばらく隠れていろ」


 「ワカッタ」


 部屋の奥に身を潜めた事を確認し、兵士がどう動くかを覗き込む。

 近付いてくるのは兵士のうち二人で一人は周囲の確認を行っている。

 ただ部屋を見聞するだけならば、いくらでもやり過ごせそうだとフィリップは安堵する。

 

 家の扉を控えめに叩く音が響き、兵士の声が聞こえてくる。


 「夜分遅くに申し訳ありませんフィリップ様。 グレゴリー様の命令で伺いました。 少しだけお話をお聞かせ願いませんか」


 

 フィリップは深呼吸し、考える。

 バレる要素はないはずだと。

 今来ている兵士達も部下である以上手荒な行動には出ないはずだと。


 一呼吸おいてフィリップは扉を開けた。


 「こんな夜中にどうした?」


 「申し訳ありません。 有り得ないとは分かっているのですが、グレゴリー様からフィリップ様が実験体を匿っていないか確認をしてくるようにと」


 「……まったく。 そんな訳がないだろう。 殿下の事もあったからナーバスになっておられるのだろうな」


 「いや、まったくです。 一応形だけでも確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 「……あぁ」


 ここで拒否しては怪しまれると考えたフィリップは中へ通す。

 深夜である事や上官である自分の家で無遠慮にな行動を取る事もないだろうと考えたからだ。


 実際部屋を軽く見まわした程度で兵士達は踵を返そうとした。


 その時。


 「あっ!」


 兵士の一人が持っていた実験体にとって有害な薬を入れた小さな水瓶を落としてしまった。

 揮発性の高いそれは床に落ちて砕け散り零れた後、一気に気化し家の中に広がる。


 「も、申し訳ありませんフィリップ様! いったんこちらえ!」


 「あ、あぁ……」


 (まずい! これはリアーナには耐えれない!)


 人体にとっては致死レベルの危険性があるため急いで家から出ようと兵士二人に促され、扉を開けると同時に奇怪な声が家の奥から聞こえてきた。

 息を吸おうとしてそれがうまく出来ず、呼吸困難に陥っているような苦し気な声だ。

 喘鳴混じりの吐息の中に、足掻くような声が聞こえ始める。

 おそらく揮発し始めていた気体が扉を開けた事で部屋の奥に薬が流れ込んだのだろう。


 兵士二人は顔を見合わせ、事態を悟る。

 今まで研究所で何度か聞いたことのある声だ。

 気化した薬を吸った実験体の苦しむ声。

 聞き間違えるはずのないその声がフィリップの家から聞こえてきた。

 それが示す事は一つだ。


 グレゴリーの疑いは真実だと。


 兵士の一人が抜剣しフィリップに突きつける。

 もう一人が見張りの兵士に異常事態を伝える。



 「フィリップ様! これはどういう事ですか! 実験体を匿うなど正気ですか!?」


 「応援を呼んでくれ! 最後の実験体なら暴れられると面倒だ!」


 「分かった! お前達はなんとか食い止めておけ!」


 リーダー格の男が周辺にいる兵達を呼びに戻る。

 実験体である事を知る兵士達ではないだろうが、魔物が出たとでも言えば兵は集まる。

 


 突きつけられた剣を見てフィリップは思う。

 これが自分がしてきた事への報いなのかと。

 非人道的な事を繰り返し、その過程で愛してしまった相手が実験体だった。

 

 今まで繰り返してきた事の報いがこれだというのであれば……。


 「リアーナは……だろ」


 ぼそりと暗くも、どこか怒りの籠った声でフィリップは呟く。

 顔を伏せ表情の読み取れないフィリップに対し兵士は怪訝な顔をする。


 「何を言っている!」


 突きつけた剣を動かさず、フィリップの動きに警戒している兵士の動きは見事だった。

 武よりも知識を主に鍛えていたフィリップでもわかる程度には目の前の兵士は相応の実力を持っている。


 突きつけられる剣を見て、腰に下げた剣に自分も指を伸ばす。 文官ではあるが武術に心得がないわけでは無い。

 目の前の男を無力化して一気に抜け出そう。


 そう考えていた時だった。

 

 部屋の奥から苦しむ声が聞こえてくる。

 それはフィリップの心を揺さぶり、そして体を動かした。


 「リアーナはもう散々苦しんだ! 彼女をこれ以上苦しめる必要などないだろ!」


 「あ!? ま、待て! まだ部屋の中には薬の毒が!」


 フィリップはまだ薬の効果の残る家の中へと戻り、リアーナが隠れていた部屋へと向かう。

 例え自分が死に至ると分かってもこれ以上リアーナを一人で苦しめる事はフィリップには許容できない事態だった。


 部屋の片隅で苦し気にもがくリアーナを見つけたフィリップは急いでその体を抱き起こす。

 一呼吸で実験体にとっては地獄の苦しみを生み出す薬でリアーナはガクガクと体を震わせていた。


 抱きかかえ、立ち上がろうとしたところでフィリップは自分の体の異変に気付く。

 膝に力が入らずリアーナを抱きかかえたまま壁に体を寄せ座り込んでしまった。

 

 「こんなにも薬が回るのが……速いのか。 ゴホッ……」


 込み上げてきた咳の中に血が混じり、視界が霞み始めていることに気付く。

 抱きかかえるリアーナの体がまるで鉄の塊のように重く感じ動く事が出来なかった。

 

 「フィリ……ップ……」


 「リアーナ……すまない……」


 フィリップに向けて震える手を伸ばし精一杯の声で名前を呼ぶリアーナ。

 最後だと悟ったのかリアーナは苦しみのなかで笑顔を向けていた。

 その笑顔がフィリップにとって罪悪感を生み、そしてそれ以上に愛しさを感じさせた。


 家の外から怒号が聞こえ始め、家の外に赤々と輝く光が見えはじめていた。

 焦げるような臭いが漂いはじめている事からフィリップは火が放たれたのだと察した。

 

 フィリップはあらん限りの力をもってリアーナを強く抱き寄せる。

 最後まで絶対に離れない為に。


 「……俺が……もっと強ければ……。 しっかりしていれば……君と幸せに……なれたのかな」


 「ワ、ワタシハ……シア、ワセダッタヨ」


 首を振ってフィリップの言葉を否定し、涙を浮かべたリアーナが震える手で優しく頬を撫でる。

 フィリップは霞む視界の中、応えるようにリアーナの頬を撫でる。

 

 「そうか。 ……今までクソみたいな仕事で……さんざん人の命を弄んできた俺が……こんな上等な最期を迎えれるなんてな……。 ありがとう……リアーナ」


 「……ワタシモ……アリガトウ」


 意識も途切れ途切れになるなかで二人は指を絡め、お互いの気持ちを伝えあう。

 それは恋人達の睦事のように甘く、せつない行為だった。



 二人はゆっくりと目を閉じそっと息を引き取る。

 

 

 「……お前の心意気……感動したよ。 絶対に助けてやるから、今は二人でゆっくり寝てろ」

 

 

 

 兵士達が放った炎は勢いよく燃え上がりフィリップの家を焼き尽くした。

 その業火でまるで罪を燃やすように赤々と燃え上がり、王都の夜空を染め上げた。




 事後において、この火事では二つのおかしな噂が流れていた。


 三人の男女が火の中に入っていっただの、神が降臨しただのという噂。

 そしてもう一つは遺体がどこにも残っておらず、フィリップを神が連れ去ったのではという噂だ。




 



 ※遊び心しかない小話


 ミソラ「きょうはとくせい料理をつくってきた」

 アカネ「特製? 上物な食材でも入っているのか?」

 ミソラ「ふふふ。 それはたべてからのおたのしみ~」

 アカネ「ふむぅ。 見た目は綺麗な緑色のスープね。 豆類かしら? ……うん、美味しいですわ」

 ミソラ「あか姉のごうかくをもらたのならかんぺき! つぎはますたーでおためしだ!」


 二時間後!



 アカネ「おや? ご主人様に持っていたにしては元気がないですわね。 どうしたの?」

 ミソラ「あか姉。 ふつうのにんげんがわたしの触手たべたらどうなるとおもう?」

 アカネ「……え? あ、うん。 も、もし食べた場合はそうね。 ……上位の魔物の肉を取り込んだ訳だし、拒絶反応で死ぬのが普通だとおもう。 それを克服する事が出来たら半人半魔の存在が生まれそうだけど。 ……誰に食わせたの?」

 ミソラ「……エイワス」

 アカネ「な、なななななんであいつに!?」

 ミソラ「ますたーといっしょにいて、えいわすにますたーがあーんってしてた。 殺意でせつめいするというかていがあたまからなくなってた。 まぁじごうじとくともいえる。 ますたーとのかんせつキスはじゅーざい」

 アカネ「……それなら仕方ありませんわね」


 この後三日間エイワスは生死の狭間を美空の力によって彷徨い続ける事となる。


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