第三十五話
※投稿したてなのに見ていただけてる方が増えててありがたやーでございまする(人*´∀`)
フィリップの家が全焼したという報を青い髪の子供に聞き、グレゴリーは軽く溜息をついたあとどっかりと椅子に座りこむ。
「不安材料は消えた。 ……ふん。 有能ではあるが感情に踊らされすぎだ。 それさえ無ければ共にフォームランドに連れて行ったというのに。 まぁ獣魔薬は完成した。 平行して進めていた関所通過のための仕込みも出来ている。 ……決行は明日だな」
今の自分を取り巻く状況で長々と国に居続けるのはまずい。面倒ごとが起きるよりも前に、国外に出なくてはならない。
研究に加担している兵士五百名にグレゴリーは一斉に指令を出す。
深夜にはこの国に出る事になるという事を。
グレゴリーは荷物運搬等の指示を出しながら、密かに獣魔薬を外に出すための手配もしていた。
自分の仕事の管轄内でならそのような密輸だって簡単にできてしまうのだ。
昼には、亡くなったフィリップの死を悼む式典に出席し、思ってもいない事をベラベラと喋る事となって不機嫌になっていた。
王城の一角を借りて行う儀式だが、魔物を匿っていたとあっては表立って埋葬するわけにもいかず、内々で秘密裡に処理される事となった。実際に遺体はないので本当に形だけの式典だ。
「下らん茶番劇だ。 肉の塊に意識などない。 こんなものは残されたものたちが死者のために何かをしたというアピールがしたいだけだろ」
そんな皮肉を口にし、役目を終えた式場から足を運ぶ。
計画は圧している。
あまり時間のロスは生みたくないグレゴリーはとにかく慌てていた。
彼は気付かない。
式場の一角から彼を見つめる目がある事を。
「うむ。 面白いように動いておるな」
「ええ。 彼にとって逃げ出した実験体というのは相当に悩みの種だったんでしょうね。 フィリップ様の事も。 あ、そうだ。 フォームランド方面の荷物検査はお願いした通りエレイン様とチサト様が担当されているのですか?」
「うむ、その点には抜かりない。 奴らを油断させるために色々と偽装したりしているそうだ。 全て王都から出たのを確認してから取り押さえるつもりらしい」
「確かに途中で気付かれて王都内で逃げ回られるよりは確実ですね。 流石です」
「いやいや。 奴との会話を盗聴したりするのはなかなかに楽しいぞ。 奴が最後にどんな顔をするのか楽しみだ」
グレゴリーは気付かない。 監視していたのが国王陛下と意地悪な使い魔であった事を。
グレゴリーは最後に研究室へと戻り、他人の手には預けられないような書類の整理を行う。
といっても必要な物はフィリップが丁寧に整頓していたため、さほど時間もかからずに回収する事が出来ていた。
「クククククク……これでフォームランドでも一定以上の地位に就く事ができる。 王子殿下は研究でいい実験材料になってくれたし、他にも成功した実験体どもには感謝してもしきれんな。 私が私腹を肥やすには実にいい環境だった。 結社の連中がもういない以上私の計画を止める事など誰にも出来はしない」
研究施設の機材や製品は全て移送し、すでに王都の外に運び始めている。
これなら今すぐにここに検閲が入ったとしても何もない。
厄介なのはいま手元にある書類達程度だ。
「見事な夜逃げの準備ですね。 立つ鳥跡を濁さずと言いますが、貴方は少々汚すぎますね。 自分のお尻も拭けていませんよ?」
「……!? り、リリア嬢! なぜここにいる!?」
グレゴリーは驚きのあまり上ずった声でそう反応する。
流石は軍人というべきか、咄嗟に剣を構えてリリアに向ける。
実際ゼクトの隠形符で近づいてきていたので、グレゴリーからすれば間違いなく急に現れたようにしか感じないだろう。
今グレゴリーの目の前にはリリアが一人で見下すような視線で立っていた。
「昨晩……、いえ、そのもう少し前から貴方の行動を監視していました。 まさか人間や魔物に対して人体実験を行い、獣魔薬なるものを製造していたなんて。 この王都の人々も犠牲にされていたようですね」
「……ふん。 誤魔化しは無駄のようだな。その通りだ。 この国の兵士達を強くするために薬の研究を行っていたのさ。 亡くなった王子殿下や超人結社って連中と一緒にな。 実際この国の兵士は弱いのが多い。 リリア嬢のヴィスコール領にはおかしな連中が多いが、基本的には弱いのが多いんだ。 これ以上フォームランドとの小競り合いを続けていてはいずれ敗北する。 それで王子や俺達は超人結社の連中と取引をおこなったのさ。 おかげで人間を化物に変えて戦わせるという方法が確立した。 魔獣の血を精製して造り出したそれは人間の時とは比べ物にならない程の力を手に入れる事ができる」
「……くだらない。 そんな事のためにお父さんを……」
「くだらない? くだらないだと!? もう少し頭の出来は良いかと思っていたが、どうやら鈍さは父親譲りだな! いいか! この国は徐々に力を弱めており、周囲の国々は国力を高めていっている。 いまではフォームランドがしかけてくる小競り合い一つで財政を悩ませるような状況だ! そんな国を救うために造り出した薬をくだらないだと!? 発言に気をつけろ小娘がぁ!」
激昂し、剣をリリアに向けて薙ぎ払う。
グレゴリーの実力をもってすればリリアの体など今の一薙ぎで両断できる。
リリアをしっかりと殺せると確信したグレゴリーはしかし、予想外の手ごたえが返ってきた事に驚愕した。
リリアは素手で受け止め、刀身を掴みとっていた。
「何度でも言いますよ! こんな研究がお父さんよりも大事だなんてことはない! 歯を食いしばってください!」
同じく怒りを露わにしたリリアは剣を掴んだまま逆の手で拳をつくり、グレゴリーの顔面に叩きこむ。
かろうじて反応出来たグレゴリーはその拳を止めるために顔と拳の間に自分の手を差し込むが勢いを止めきれず、そのまま吹き飛ばされる。
他人の頬を全力で殴ったためか、はたまた怒りからか肩で息をしているリリア。
その視線はそらされる事なく、グレゴリーに向けられている。
「クソあまがぁ。 自分の力以外で有名になっただけの小娘がぁ…………粋がってんじゃねぇぞ!」
「貴方の悪事はすでに露呈しています。 このまま降伏して裁きを受けるか、抗って死ぬか……選んでください。 私は前者をお勧めします」
「クククククク、俺を捕まえていい気になってるみたいだがな。 既に人を化物にする薬はすでに王都の外だ。 あれが他の国に渡ればお前のバカ親父のように気持ち悪い生き物が増えるなぁ! くはははははははは!」
リリアの琴線をかき乱すようなグレゴリーの言葉。 聞くものい不快感を呼び寄せるようなその言葉だが、グレゴリーの意図とは裏腹にリリアは非常に落ち着いていた。
グレゴリーはリリアが感情を乱して襲い掛かってくる隙を狙って動くつもりだったが、一切視線を逸らさないリリアに背筋が凍えるようなおぞましさを感じた。
「言ったはずです。 貴方の悪事は全て露呈していると。 貴方の言う獣魔薬もすべて押収済みです。 あとは貴方だけなんですよグレゴリー様。 いえ大罪人グレゴリー」
「なん……だと! 獣魔薬の運搬を指示してからまだそれほど経ってはいない! いくら何でも動きが早すぎるだろう!」
「確かにフォームランド方面に逃げるにしても、どういう道を通るかは不明でしたが、協力してくださった方のおかげで問題なく割り出せました」
「協力者? …………まさか! フィリップゥゥゥゥゥゥ! ここで俺を裏切るかぁぁぁぁぁぁ!」
「既にあなたに逃げ場はないのです。 大人しく投降してください」
退路を断たれ、逃げ場を失ったグレゴリー。
(まだ……まだ何かあるはずだ! このままでは投獄され、処刑は免れない。 かといって手土産なくフォームランドに逃げ込む事も出来ない……。 …………ちっ、手詰まりか。……かくなる上は……)
不意に黙り込んだグレゴリーに警戒しつつ視線を外さないリリア。
すると、グレゴリーが唐突に懐から青い丸薬と赤い丸薬を取り出し飲み込んだ。
「くっ。 くくくくく、はははははははは! もういい! こんな人生にも、こんな国にも興味などない! こんな世界など壊れてしまえ! アハハハハハハハハハハハハ!」
人としての明瞭さを失った声でグレゴリーは狂ったように笑い始める。
同時に体組織が組み変わりはじめ、人としての形を失っていく。
その変態する様は実に醜悪だ。
以前の王子殿下の時との違いがあるとすればその形と、放たれる魔力の量だろう。
背部から八本の蜘蛛の足が飛び出し、両腕はまるで成人男性の体幹程もあり体はスラリとスマートな様子だ。
両足は無くなり、蛇の胴体が腰から下を支配している。
唯一グレゴリーを思わせるその顔も、虫のような複眼が眼球を覆っており人というカテゴリーから逸脱していた。
「コレガ……コレガ、チカラダ!」
グレゴリーだったものは見る見るうちに巨大化し、全長五メートル近くまでサイズを大きくしていった。
体を慣らすためか周囲のものを薙ぎ払って自分の体の性能を確認している。
「おつかれさまです。 疲れたでしょうリリア様。 それとも一発ぶん殴れたから少しスッキリしました?」
「んー。 思ったほどではなかったです。 ゼクトさんの符のお陰で剣を止めれましたけど、ちょっと怖かったですね。 でも計画通り、自分で暴れだしてくれましたよ」
割といい感じに状況が進んでくれる中。険しい表情をしていたリリアの隣に立つと微笑んでくれた。
父親をバカにされた時はどうなるかと思ったがしっかりと堪えてくれたようで何よりだ。
「ええ。 近隣の人達には一応避難を促しておいてよかった。 ついでに先ほどの発言内容も仕掛けておいた拡音石で、王や都民の皆さまにいい具合に聞こえていました。 リリア様の敵を追い詰める様子……なかなか格好良かったですよ。 子供たちなんか興奮してました」
「あぅぅぅぅ……ちょっと恥ずかしいです」
「フォームランドの事について語ってくれたのは陛下としてもラッキーだったでしょうね。 これで都民、ひいては国民に団結しなければいけない時期にあるという事を宣伝する事ができる。 そしてリリア様をお披露目する事でこの国は英雄によって守られているという希望を持たせる事も出来る。 実にいいスケープゴートだ」
これから英雄になりきってあの化け物を王都で退治するのだ。
英雄リリアとその使い魔たちの英雄譚の一ページに相応しいシチュエーションである。
燃えないほうがおかしい。
前方で活動を始めたグレゴリーだったもの。
王子の時とするとずいぶんと様変わりしたものだ。
獣魔薬とやらは個人差があるみたいだな。
俺が飲んだらどうなるのかちょっと気にはなる。
まぁそれは置いといて。
背後に控えていたミソラとアカネに目を向け、笑いかける。
「我が主、リリア・クラッツェ・ヴィスコールの英雄譚の一ページだ。 華々しく演出してやるぞ、アカネ、ミソラ」
「りょーかい、ますたー」
「了解しましたわ」
この事件の後に、後世で語られる数ある英雄リリアの二つ名の一つが贈られる事になる。
『天災を従える者』、と。
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