第三十二話



 というわけで王都内にあるセインの屋敷を目指してリリアと移動中である。

 以前シルバーファミリーを潰しに行っている間に、セインの屋敷にお邪魔したらしくリリアが道を覚えていてくれたようで特に迷う事もなく、無駄に道案内をつける必要もなかったので助かった。


 セインの屋敷はかなり大きく、王都でも有数の貴族らしい。

 あまり表に立って政争はしたくないという先々代の意思を引き継ぎ、陰で国を支える手伝いをしているのだとか。

 それならある意味ヴィスコール家と似たような雰囲気を感じなくもないな。

 ただセインは吸魔族という事がネックになりそうな気もするが、うまく取り入ってきたのだろう。



 「あ、見てくださいゼクトさん! あれ甲殻魚の塩焼きですよ!」


 「甲殻魚? ……カニなのに魚なのか。 ……いや、突っ込んじゃダメだな。 ここは異世界、そう異世界」


 リリアが嬉しそうに指をさしている方向には網焼きにされている蟹。

 俺が知っている蟹よりも鋏が鋭利すぎるのと、足が極太なの以外は普通に蟹だ。焼かれてる匂いもそのままに蟹だ。

 実に美味しそうである。

 


 「ゼクトさん! 折角だし食べましょう!」


 「そうですね。 私も興味ありますし、いただきましょう」


 一匹銅貨五枚とそこそこの金額ではあるが、せっかく蟹が食べれるのなら安いものだ。

 個人的には蟹みそももらって焼酎も欲しい。

 言い出すとキリがないので足で我慢するしかないのだが。



 「ふわー! 見てくださいゼクトさん! 足がこんなにおっきいです! ……美味しぃ……幸せですぅ」


 蟹の足の甲羅を器用に剥がして食べ始めるリリア。その味に顔を綻ばせて喜んでいる。

 自分でも一口食べてみると、しっかりとした弾力のある肉厚な身と、噛む度に甘味と旨味が口の中に広がっていく。従来の焼いた蟹よりも香りが強く口から鼻にぬける香りが蟹を食べているという幸福感を味合わせてくれる。


 「これは……うまい。 ……酒も欲しいなぁ」


 「がっはっはっは! にいちゃん若い顔してそれと酒の良さがわかるとは! でもデート中に酒は禁物だぜ! 夜ならお互いありかもしれんがな! がはははは!」


 「で、デデ、デート!? は、そういえば確かに状況はそんな感じです! しまったいつもの服装じゃなくてもっと可愛い服で来るべきでした!」


 「……大丈夫ですよリリア様。 あなたはどんな服もよくお似合いです。 いつもどおり非常に可愛らしいですよ」


 「ぅぅぅぅぅ……。 違うんですよぉ。 どうせなら可愛い姿で一緒に歩きたいじゃないですか」


 うむ。そこらへんの感性は男にはよくわからんな。

 だが主がそこまで望むのなら仕方ない。


 「よし! ではセイン様のお屋敷へ向かう前に少しデートをしましょう。 リリア様によく似合う服を探すのです!」



 「うぇ!? でもお仕事……」


 「そんなものは急いでも仕方ありません。 解決するために動いているのが私達だけであれば多少は急ぐ必要もありますが、昨日今日起こった事件でもないのです。 まずはゆっくり調査していくのですから、いまから気を張っても仕方ありません。 というわけでまずは衣服屋です!」



 半ば強引に手を取ってリリアを引っ張っていく。

 恥ずかしそうに顔を赤くしているが、嬉しそうなにやけ顔になっている。

 

 そうだ……別に急ぎすぎなくてもいいと思う。

 一番に大事なのはリリアの幸せなのだから。






 蟹を食べて手をしっかり洗ったあと。

 リリアと早速買い物に繰り出す事にした。

 王都といっても衣料店はそう多いわけではなさそうだ。

 向かったのは小洒落た一見の店。

 セイン曰く俺がきっと気に入る服もあるはずだと太鼓判を押していたそうだ。

 女目線の可愛いと男目線の可愛いは全然違うからなぁ。

 紳士の目は厳しいと思え。

 


 「おう、らっしゃい! うちはいい服揃えてるぜ!」


 店員は強面のおっさんだった。

 結構可愛らしい服が多いのに店番がこんなおっさんでいいのだろうか。


 リリアは普段見たことのない種類の服に目を輝かせている。ここらへんはやっぱり女の子なんだなと思ってしまう。

 楽しそうに見て回っているので、入り口付近で適当に見ていると店主がすすいと近寄ってきた。

 

 「おうにいちゃん。 彼女さんの服を買いに来たんだろう?」


 「ええ、そうですが……」


 「実はな、こういう服を開発したんだが……どうよ? 間違いなく夜に盛り上がるぜ?」


 内緒話風に渡されたのはセーターだ。

 両脇と背中の部分に生地がないが、セーターに見える。

 ただかなり扇情的である。背中なんてもう少し下に下がれば間違いなく尻が見える。


 「これはまた刺激的すぎる衣服ですね。 需要はありそうですけど、男性にこっそり売るほうがいいでしょうね」


 「おうよ。 これで夜の方が盛り上がったって評判よ。 兄ちゃんもどうだい? 今なら銀貨一枚だ」


 「買いましょう。 こっそり梱包しておいてください」


 「毎度あり! へへっ、さすがだぜ兄ちゃん。 あんたからはSっぽい臭いがしたから絶対買うと思ったぜ」


 誰がSっぽいだ。

 そんなくだらない事を話していると、リリアが二着の衣服を持って来た。

 

 「ゼクトさん! どっちが似合うと思いますか?」


 左手に持っているのは黒いワンピースに白いカーディガンのようなものをセットで使うタイプのようだ。装飾がほとんどなくシンプルだがその分アクセサリーで自由に印象を変える事が出来そうだ。

 また髪の色にもよく似合っている。スタイルも良いので決して下品にならないのも良い。


 右手に持っているのは少し丈の短いスカートで上はシャツタイプに可愛らしいフリルのようなものもついている。

 所謂ゴスロリに近い。色は濃い青と黒を基調にしているため、雰囲気としてはリリアにも似合うかもしれない。

 ただかなり攻めすぎているような気もするな。ミニスカというところが足の露出が多くなっているため個人的には大好きだ。ニーハイもあれば完璧だ。 ……ないが。



 「その黒いワンピースの方ですね。 右手の方も悪くありませんが……ロマンが足りない!」


 「ろ、ロマンですか? えっと、じゃあこっちを買いますね!」


 服を戻しにいったリリアを見て満足する俺。やはりあのセーターはリリアによく似合いそうだ。うむ。


 「今の服と例の服を合わせておいくらですか?」

 

 「併せて銀貨二枚と銅貨三枚だ。 ……たださっきのロマンとやらについて話してくれたら値引いてやらなくもないぞ?」


 ほほう。そこに食いつくとはこのおっさん。 ……なかなかの紳士かもしれないな。

 というわけでニーハイについて簡単に説明してみた。

 おっさんは結構話に食い気味で、聞き終わったころにはかなり目が血走っている。

 正直怖いです。


 「……なるほど。 スカートと靴下の間にできる美しい白い肌によるコントラストか……。 貴様、紳士だな」


 「あなたこそ、先ほどのような衣服を作り出すとは……侮りがたい紳士ですね」


 この瞬間、確かにこの店主と心が通じあった気がした。

 今度から服を買う時はここに来るとしよう。

 きっとこっそり作った紳士ご用達の服を作って待ってくれている気がする。


 「お待たせしました! ……ってなんで握手してるんですか?」


 「いえ、この服屋の店主様があまりにも素敵な紳士でしたので握手を求めたところでした」


 「おう、こっちもだ。 こんなナリしてても素晴らしい男だったぜ! 嬢ちゃんも彼氏さんの事は大事にしろよ!」


 「うぇあ!? え、えっと……は、はいぃぃ……」



 うむ、やはり照れているリリアも可愛いな。ぜひとも早くあの紳士御用達の服を着せたいものだ。

 店主に支払いを済ませ、さっそくセインの実家という屋敷へと向かう事にする。


 セインの屋敷は王都の中でも西側のどちらかと言えば城壁に近い位置にあった。

 かなり有力な貴族のはずだが、屋敷は思っていたより普通だった。

 シルバーファミリーの屋敷を少し大きくして綺麗にしたような印象だ。

 違いは庭が非常によく手入れされている点だろうか。



 「ここがセインさんのおうちです! お父様もお母様も面白い人でしたよ」


 「…………面白い……ねぇ」


 リリアはまだ気付いていないが、二階の窓からこちらをこっそりのぞき込んでいる愉快そうな人物が二人。

 気配は不穏でもないし、観察という表現がよく似合いそうである。

 

 「まぁお邪魔してみましょうか」


 「……ゼクトさんなんだか嫌そうな顔してません?」


 「……気のせいです」


 気を取り直して扉の前に立ち、ノックする。

 中でパタパタと走るような音がして、扉から顔を出したのは小柄な女性だった。

 セインの姉かな?

 美しい艶のある黒髪がそっくりだ。

 紫のドレス姿も実に美しい。

 

 「なんの連絡も無しに唐突に訪問してしまい、大変申し訳ありません。 私はリリア様に仕える使い魔のゼクトと申します。 本日はお尋ねしたい事があり訪問させていただいたのですが、セイン様のご両親のどちらかでもよろしいのでお話を伺えませんか?」


 「あらあら。 貴方がゼクトさんね? セインから色々と聞いているわ。 私はイングリット。 セインのお母さんよ。 お義母さんって呼んでもいいのよ?」


 「そうですか。 ではイングリット様。 一応、王都の治安にも。 そして御一家にも関わってくるかもしれない案件ですので、どうかご協力を願えないでしょうか?」


「うふふふ。 良いわよ。 じゃあ、どうぞ中へ」


 イングリットさんは俺があえて無視したお義母さん発言も気にせず、家の中に招き入れた。

 その瞬間から妙な殺気のようなものを感じ始める。さっき覗いてた奴等かな?

 

 丁寧に手入れの行き届いた応接室のような場所へと案内され、リリアをソファに座らせる。

 何かあったときは立っているほうが素早く反応できるし、何より使い魔が主と同じ席に座るのは色々と言われる可能性もあるからな。


 イングリットに案内されたあと、いったん席を外した彼女は再び偉丈夫を連れて戻ってきた。

 かなり威圧感のある男性だ。黒い髪をオールバックにしてながした渋い男性だ。

 まさに貴族が着るような服に身を包んだ男性だが、その下に鍛えられた肉体があるのは容易にわかる。

 

 「待たせたな。 私はベリアールだ。 セインの父で一応貴族だ。 ……そしてセインから聞いていると思うが」


 ベリアールさんは一呼吸おいて目を伏せたかと思うと、手で目を覆い再び顔を上げる。

 そこには目の光彩が真紅に輝いていた。


 「我々は吸魔族だ」


 「そんな唐突に正体をばらしてもよろしいのですか? 我々が偽物の可能性もあるというのに」


 「ふふふふ。 普通ならそうだが、我々吸魔族には一つ面白い習性があってな。 自分の獲物には他の吸魔族にとられてしまわないようにマーキングをするのだよ。 気にいっている獲物なら特にべったりとな。 君からはセインのマーキングの香りが色濃く漂っているよ」


 「……消臭剤買ってきたほうがよろしいでしょうかね」


 「はっはっはっは! 魔力の香りとでもいうものだから消せんよ。 ……さて、もう少し話したいが王都の治安という事だったね。 やはりあの吸血鬼事件に我々が関与しているかどうか、という話だろう?」


 「ご存知でしたか」


 「我々はこの手の事件に敏感だからな。 吸魔族と吸血鬼はたとえ違うといっても人にその判別はつかない。 迫害され極少数になってしまった我々は滅びてしまわないように必死なのだよ」


 苦笑するベリアールさんだが、その笑みの中にどれだけの苦労があったのかこちらには考えようもないな。

 相当に過酷な人生を歩んでいそうだ。


 「成程。 では事件には無関係と思っておきます。 ちなみに心辺りはほかにございますか?」


 「……うむ。 まず一つ目としてこの事件自体は吸血鬼の仕業ではないだろう。 奴らは獲物にしたものは血を残らず吸い尽くし、吸われたものはグールと化す。 そんな事件にはなっていない以上奴等ではない。 あと一つはその吸血痕とやらを一度だけみたが、あれは噛んで吸血したにしては穴が少し太いのと、穴が二つしかないのが気になったな。 まるで素人が再現したように見えなくもない。 実際に牙を突き立てたとしても他の歯も必ずあたるから噛み傷というのはもう少し歯形がつく」


 ほほぅ。すでに咬傷は確認していたのか。これはいちいち確認の手間が省けるな。


 「あと、少し気になる点もある。 私が発見した襲われた者は二人なのだが……二人とも奴隷だった。 見つけた場所もとある場所に近くだったのだが……。 兵士達が発表した内容が私が見たものと違ったのだよ。 見た目も場所もな」


 「……? 兵士が偽装したのですか?」


 「うむ。 そこに吸血鬼による不安に配慮して隠したのかどうかはわからぬ……。 だが違和感を覚える内容ではあった」


 「ちなみにベリアールさんが奴隷の人達を見つけたのってどこだったんですか?」


 リリアの質問にベリアールはにやりと笑い、答えた。



 「……王都で一番でかい兵舎の近くさ」




 ※小話

 ミソラ「じゅうようあんけんだよあか姉」

 アカネ「あら、どうしたの?」

 ミソラ「ますたーはぜったいりょういき派だった!」

 アカネ「絶対領域? なにかしら? 結界?」

 ミソラ「ちがうよー。 かくかくしかじか」

 アカネ「な、なんですって! つまりミニスカでニーソックスとやらを履けばご主人さまが食いつくのね!」

 ミソラ「そのとおりだよ! こうふんしたますたーにおそわれるかもしれない」

 アカネ「くふふ、うふふふふ! それは素晴らしいですわ! 早速用意しましょう!」

 ミソラ「おぉー!」

 アカネ「ふふふふふふふ、これでパンツなんかもしっかり見せていけば完璧ですわね!」



 数時間後

 


 ミソラ「……まさかパンツがみえるといけないってことであんなにおこられるなんて」

 アカネ「絶対領域というものは深いのですのね。 ……まさか露骨にパンツを見せて怒られるなんて……」

 ミソラ「ますたー、いがいとすけべ」

 アカネ「あそこまで拘りを持っているとは普通は思いませんわよ」

 ミソラ「でもそんなへんなところもすき」

 アカネ「……否定できませんわ」

 ミソラ「わざとおこられるのもあれはあれで……あり」

 アカネ「それは付き合いませんわよ!?」

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