第二十九話


 突如現れた化物によって王子が死体すら残さず惨殺され、壮麗な造りの城の一部も破壊されてしまい城勤めの者達も、幾人もその化物によって殺害されるという大事件が起きた。

 

 本来なら王子の死を悼み、国の行く末を憂いて王都全体が暗い雰囲気に支配されるかと思われた。

 実際王であるゴードはその事を視野に入れていたが、とある二人の働きによってむしろ王都は空恐ろしい程に熱気に満ちていた。

 

 まずは一人目。

 リリア・クラッツェ・ヴィスコール。

 使い魔を三人も召喚したとされる現在最も注目を集めている人物。

 その優し気な人柄と可愛らしさ。さらにはレベル五十を超える逸材であり将来は確実に最強の一角に立つであろうと目されている人物。

 


 そしてその使い魔のうちの一人。

 ミソラと呼ばれる魔族のような見た目ながら詳しい種族は不明の人物だ。

 やや幼いような印象を受けるが、まさに美少女という見た目の彼女は王城内でとある大奇跡を起こして見せた。

 それは神の領域にすら至るのではとされる魔法の一つ。

 死者蘇生である。

 不幸な事に王子は蘇生するべき肉体の一つすら残らず化物によって殺されてしまったため不可能だったが、肉体が残っており死後間もない城勤めの者達はその奇跡の恩寵を受けた。

 本来なら丁重に葬られていた筈の彼等彼女等はミソラの魔法によって生き返ったのである。傷跡一つ残さずに。


 そんな力を持つ使い魔をあと二人も従えたリリアの登場に、王都は御伽噺にでも出てくるような英雄が現れたと興奮しきっていた。

 リリアが王や王女殿下を救ったという話から、さらには実はレムナントで火竜を屠ったのがリリアだという事も広まり王都はある意味お祭り騒ぎに近い状態となる。




 さらには王子が殺害されて二週間後。

 王城からのお触れで、重要な発表があるため王都に住む者達は王城前の広場に集まるように伝えられた。


 この時期でのお触れであれば何かある。野次馬根性にも似た感覚で住民達は我先に王城前の広場へと集まっていた。

 

 ここで何か……自分達を驚かすような何かがあるのではという期待を胸に……。




 





 「うぅぅぅぅ……どうして私が……。 どうしてミソラさんもアカネさんも出てこないんですかぁ?」


 「まぁ一言でいえば面倒くさいそうです。 ほらシャキッとしてくださいリリア様。 せっかくお綺麗なお召し物だというのにそんな俯いていては勿体ないですよ? その美しい姿を皆さんにお披露目しましょう」


 王城前の広場を見下ろす位置にあるバルコニー。そのバルコニーに隣接する演者の控室でリリアとゼクトがいつものごとく楽しそうに会話をしている。

 リリアは今回のお披露目用のドレスに身を包んでおり、髪もいつものように伸ばしっぱなしのような状態ではなく綺麗に結い上げポニーテールに近い形に仕上げられている。もともと白い肌だがうなじを露出する事で色気が増しており、胸元も大きく開けられている。

 うっすらと化粧も施されており、普段とは違うその姿を見れたゼクトは非常に満足そうである。


 「……ゼクトさんがそんなに褒めるとかちょっと変です」


 「馬子にも衣裳ですね」


 「まご? どういう意味ですか?」


 「普段から綺麗な方が衣装でさらに美しくなられたという意味です」


 息をするように嘘をつくゼクト。意味が分からなければ適当に誤魔化しても問題ないと思っている彼は表情一つ変えずにリリアを称える。

 実際ゼクトは最初にこの姿を見たときにリリアの美しさに息を呑み、一瞬言葉を失った程だった。


 「そう……ですか。 えへへ、そう言ってもらえるなら嬉しいです」


 「ええ。 今回は色々な意味でのお披露目ですからね。 緊張するかもしれませんが、頑張ってください」


 「……はいっ! ちゃんと見ててくださいね?」


 「勿論です。 誰よりも近くで、リリア様を見守らせて頂きます」


 「ゼクトさん……」


 若干甘い雰囲気になりつつある二人。

 それを野次馬根性で扉の隙間からメイド達がのぞき込み、楽しそうにしている。

 ゼクトさん……と呟いたあたりで覗かれている事に気付いたリリアはバッと扉を見る。

 途端に顔を真っ赤にしてメイドを追いかけ始めた。気安い英雄とメイド達である。

 苦笑したゼクトは同席しているゴードとフィオナに視線を向ける。

 ゴードもフィオナも慣れたものなのか、緊張した様子はない。


 目が合ったゴードは肩をすくめて、こちらもリリアとメイド達のやり取りに苦笑している。


 「そういえば陛下。 反対勢力の方は如何でしたか?」


 「うむ。 ……当然と言えば当然だが、やはり受け入れぬ者も多い。 だが、英雄がフィオナにつくとなればやはり口をつぐむものは多いな。 なにせ死者すら蘇生する使い魔を使役しているのだ。 自分達が死んだときの保険にもなるからな。 表立って反対出来ぬだろうさ」


 「でしょうね。 ……今更ですがフィオナ様も本当によろしかったでしょうか? 勝手に決めていってしまいましたが」


 「本当に今更ですわ。 ……まぁのんびりと生きていたかった気もしますが、これはこれで刺激的だとは思いますわ。 それに……夫となる人を好きに選んでいいと父上から言われたら頑張る気にもなりますわ」


 フィオナは少し嬉しそうにそう語る。

 その表情にゴードもゼクトもにやりと笑う。まるで玩具を見つけた子供のように。


 「ほう。 もしや気になる異性でもおるのか?」

 

 「ほほぅ……いったいどこの男性が王女殿下の心を射止めたのか気になりますね」


 「……父上にも貴方にも絶対に言いませんわ。 言うとしても誰よりも最後です」


 悪い笑みに嫌な予感しかしないフィオナは強引に話の流れを断ち切り、自らもリリア達の元へと向かう。

 どうやらゼクトに絡まれるのを全力で嫌がっている節もある。


 「やれやれ。 どうにも嫌われたものですね。 ……そうだ、陛下。 ついでに聞いておきたい事があるのですがよろしいですか?」


 「ん? 構わぬが……どうした?」


 「以前から気にはなっていたのですが。 ……領主、というかグラーフ様が税も払わずにいた時期もあったとお聞きしたのですが、なぜ貴族位の剥奪や強制徴収などなされなかったのですか? 土地は小さいですが、それでも税金自体は非常に重要でしょう?」


 「それか……。 グラーフ殿の父上には大変な恩があってな。 隣国との戦争の際に父上や余の命を助けてもらった借りがある。 ヴィスコール領の妙に強い兵達によって齎された勝利も多い。 たかだか数年税を滞納した程度なら余の懐から出しても気にはならん」


 当時の事を懐古しているのか、どこか懐かしくも嬉しそうな表情でそう語るゴード。

 それでもやはりゼクトにとっては腑に落ちない点があった。


 「……ではもう一つ。 昔からヴィスコール家が重用されており、かつそういった経緯があるにも関わらずヴィスコール家……ヴィスコール領は小さいと感じてしまうのですが……」



 「あぁ……。 そこは何とも言いづらいのだが……。 ヴィスコール家は元は平民だったが、武勲によって貴族位についた家系でな。 そういった者達は……貴族受けがあまり良くないのだ。 もとは平民なのだから大人しくしていろ。 そういったものにあまり多くの土地を分けるべきではない!……といった具合でな。 ヴィスコール領が拡大してさらに勢力を強めるのを嫌ったというのもあるだろうな」


 「成程……。 でしたら今回のリリア様の台頭は貴族にとっては痛し痒しといった所ですね。 出た杭を打ちたいが、打つと万が一死んでしまった時の保険が無くなると。 いやはや本当に嫌らしい手ですね」


 「ふふふふ。 お主のほうが性格は悪そうだぞ?」


 「いえいえ。 陛下程では」


 悪い笑みを浮かべる二人。

 傍から見れば完全に悪人である。


 「皆さま。 準備が整いました。 どうぞバルコニーへお集まりください」


 メイドの一人が準備ができた事を告げ、陛下達が先に部屋を出る。

 いよいよ本番という事で、先ほどまでメイド達と戯れていたリリアも再び緊張した表情になっている。

 

 「大丈夫ですかリリア様?」


 「大丈夫じゃないです。 ……おまじないをするのでゼクトさんは座ってください!」


 「私が座るんですか? まぁ良いですけど」


 リリアに促され椅子に座るゼクト。

 大丈夫じゃないというリリアだがその割には意外と落ち着いているようにも見えた。

 と、その時。


 ふわりと顔を寄せるリリア。

 普段とは装いが違うリリアの近づいてくる顔から眼が離せないゼクトはゆっくりとキスを交わした。

 優しく触れるように重なり最後に少し強く、お互いの気持ちを交わすように思いやりを込めて。


 「……えへへ。 これできっと頑張れます! 行きましょうゼクトさん!」


 「……まったく。 ……ええ、行きましょうリリア様」


 顔を真っ赤にしながらも幸せそうな笑みを浮かべるリリア。

 それに付き添うゼクトもまた普段よりも柔らかい笑みを浮かべていた。






 


 



 この日。王都でゴードより宣言がなされた。

 王女であるフィオナが王位を継ぎ、女王として今後即位する事。

 そして今後フィオナを護る騎士として、リリア・クラッツェ・ヴィスコールが就く事。


 最初はゴードの言葉に少なからず困惑していた様子を見せていた王都の人々も、二人が美しい装いでバルコニーに姿を現し今後この国を護っていくと宣言した時。


 王都の人々は建国以来ともいえる程の歓声で二人を祝福していた。


 これがリリア・クラッツェ・ヴィスコールが初めて公式に表舞台に立った瞬間である。

 

 誰にも語られる事はなかったが。

 この時一人の執事服の男性がリリアを優しく見守り続けていた。

 

 

 


 

 

 

 


 歴史的な宣言から一週間。

 とある屋敷では、今後の仕事の方向転換についての話し合いが始まっていた。


 「お頭……俺達の新しい仕事って……これ本気ですかぃ?」


 「……旦那が言うんだ。 まぁ誰かをぶっ殺して金を手に入れるよりはまっとうだろ。 それに喧嘩売ってくる奴はぶっ飛ばしていいらしいぜ? 元々の商売敵の奴らが因縁つけてきてもやり返していいのは助かるぜ」


 「そんなもんっすか……。 まぁゾロスとディンギルの奴は確かに腕も良いですし旦那が用意してくれたブツも超がつく一級品でやすからね」


 「おぅ。 狩猟班も順調そうだし、運送班も問題はなさそうだと報告をもらってる。 改装も済んだしもうすぐだな。 てめぇらは準備万端なんだろうな? ある意味お前達が要でもあるんだ」


 「そこは任せてくだせぇお頭。 ばっちりですぜ」


 「……そうか。 旦那もしばらくは手伝ってくれるらしい。 本腰を入れとけよ」


 二人は報告書などを整理しながらこれから始まる仕事を思い、笑いが止まらずにいた。

 失敗する要素など少ないこの計画で自分達もこれで胸を張って生きていけると。

 







 ※小話


 ミソラ「……あか姉」

 アカネ「どうしましたの?」

 ミソラ「わたしはきづいた。 まだわたしたちはますたーときすしてない」

 アカネ「そ、それは!? ……メタい発言ですが確かに!」

 ミソラ「とはいえいきなりやってもにげられるか、よけられるのはまちがいない」

 アカネ「確かに……。 どうしますの?」

 ミソラ「あか姉のすきるにすたんさせるすきるがあったはず」

 アカネ「……スタンは確かに状態異常無効でも防げませんけど……。 ご主人様に一撃いれるのはちょっと……」

 ミソラ「だいじょうぶ。 くんれんとしょうしていちげきいれる」

 アカネ「それならまぁ……」

 ミソラ「あか姉とわたしのふたりがかりならきっといける! きぜつしたますたー。 むぼうびなくちびる! そうなったら!」

 アカネ「奪うしかありませんわ! よし、行きましょう!」



 数時間……。



 アカネ「まさか攻撃全部防ぎきられるなんて……」

 ミソラ「……ぎゃくにきぜつさせられるとはおもわなかった」

 アカネ「……しかも結構痛いですわ……」

 ミソラ「ようしゃないこうげき……。 でもいがいときもちよかった……」

 アカネ「……え!? ……あ、そう」

 ミソラ「……とりあえずきぜつさせるほうこうはむりということで」

 アカネ「……ですわね」

 ミソラ「でもまたたたかれるのはあり。 ……ぬれる」

 アカネ「お断りですわよ!?」


 


 二人が唇を奪う日はいつなのか……。


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