第十話


  レムナントの町は新人戦を見に来た人々の噂話で大いに盛り上がっていた。

 普通なら二回戦からが本番のような試合が、たった一回試合をしただけで後は全て棄権のため不戦敗になり勝手に勝者が決まったのだ。

 これを聞いただけなら、情けない結果だと笑うだろう。

 

 しかし、その日レムナントにいた全ての人々がアレは仕方無いと口々に話していた。

 

 「いやー、スゲーもん見たなぁ」

 「あぁ、アレを見た後だと棄権したやつらはむしろ英断だろ。 あんな化けもんを使い魔にしてるやつもヤバいんだろうなぁ」

 「それなんだけどよ。 ヴィスコール家の次女らしいぜ?」

 「あぁん? あの落ちぶれた家の? たしか長女が色々あったんだったか」

 「そうそう。 んで家を再興するためにあの次女が悪魔と契約したんじゃないかって専らの噂だぜ」

 「あんな魔法みたあとだと、嘘だろって笑えないな」

 「悪魔と契約した魔女って所か」

 「怖いねぇ」

 

 似たような話が現在レムナントの至るところで広められていた。

 リリアに関してはある程度人物像が割れているために様々な尾ひれも付き始め、とある場所では魔王の再臨ではとも言われ始めていた。

 

 活気のベクトルが違うだけでむしろ例年よりも活気が溢れているようにさえ見える状態だ。

 観覧に来ていた諸国の貴族達はこの事を伝えるために急いでレムナントから離れていた。

 

 それは正しい判断であったとも、急ぎすぎたとも言える。

 これから起きる事を目にする事が出来なかったのだから。

 それに一番最初に気付いたのは外壁で見張りをしていた兵士だった。

 

 「なんだあれは? ……鳥? いや、まさか!?」

 

 兵士は猛スピードで近付いてくるそれに気付き、町に避難警告を出すために走った。

 襲撃の合図を知らせる拡音石のもとへと。

 

 兵士がそこに辿り着いたのと、火竜の襲撃はほぼ同時だった。

 

 『竜が現れた! 逃げろー!』

 

 『オォォォォォォ!』

 

 新人戦の名残を楽しんでいたレムナントの町は突然現れた恐怖の象徴を見て、一気に恐慌状態に陥った。

 家はそのままにとにかく全力で逃げる人々。

 

 その人々に向かって火竜はその口腔から灼熱のブレスは吐き出し、近くにいた人々を燃やしていく。

 

 手近な家にその爪牙を振るい、尾を叩きつけ次々と破壊していく様はまさに圧倒的な暴君だった。

 

 一人の少年が必死にその足を動かし、逃げようとしていた。

 

 死にたくない。

 

 その一心で走るが所詮は子供の足でしかない。

 火竜の視界に入ったその子供に尾を振るう。尾の先端が直撃し、胴体の半分が千切れかけたその少年は衝撃で大通りまで吹き飛ばされた。

 

 「……たく……い」

 

 まだ大勢の人が大通りから逃げていた。

 しかし、誰も少年を助けはしない。構っていれば自分達も死ぬ。しかも少年の傷はどう見ても致命傷だ。

 

 「……死にたく……ない」

 

 少年の目から光が消えそうになったその時。

 眼前に火竜の顎が迫っていた。

 

 (あぁ……僕は食べられるんだ)

 

 希望を手放したその時、視界の端に一瞬何かが移った気がした。

 意識が落ちるその時。

 少年には確かに聴こえた。

 

 「まだあきらめのは、はやーい」

 

 その声を聴くと同時に少年は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 「ばかな!? なぜこんなところに火竜が現れる!?」

 

 突然の火竜の襲撃に会議室内は軽いパニックになっていた。

 誰もが取り乱すなか、ゼクトだけが何かを考え込んでいた。

 

 「そうだ! あなた! あなたならアレを倒せるのではなくて!? 速く行きなさい!」

 

 フィオナは視界に入ったゼクトを見てそう叫ぶ。あれほどの大魔法を使えるゼクトならばこの窮地もきっと解決出来るのではと希望を持ったのだ。

 

 「余からも頼む。 どうかこの町に助力しては貰えないか」

 

 王である彼が頭を下げる。

 しかしゼクトはそれらを無視してリリアに視線を向ける。

  

 「……リリア様」

 

 「は、はははい!? え、なに!? ゼクトさんどうしたの!?」

 

 「私は貴女の使い魔ですが、正直に言いますとリリア様が悩んでいる事などは把握しておりません。 ですので取り敢えず今はこう御聞きします。 リリア様はヴィスコール家を再興させたいですか?」

 

 「それ……は……」


 「あのクラスメイトが言っていた言葉から察するに色々とあるのでしょうから私はあまり口出しは出来ません」

 

 「今はそんな話をしている場合じゃないでしょう! 火竜が人を、町を襲っているのよ! 早く助けにいきなさい!」

 

 王族である自分を無視して話をするゼクトに激昂するフィオナ。

 宥めようとする王だが、フィオナは納得がいかない。

 更に言い募ろうとしたその時。

 

 「少し黙れ」

 

 ゼクトは凄絶な殺気をフィオナに向け黙らせた。

 心臓を直接鷲掴みされたのではと錯覚するほどの濃密な殺気を、生まれて始めて経験したフィオナは振るえ座り込んだ。その顔は恐怖で涙すら浮かんでいる。

 

 「もし、再興を望まないのであれば私はこのままゼクトとして王の願いを受け火竜から人々を救いましょう。 ですが、もしリリア様がヴィスコール家の再興を必要とするのであれば共に火竜から町を救いましょう」

 

 ゼクトの言葉にリリアは黙り込む。

 王も学園長も本音では早くこの事態を収拾させたいと思っている。

 王としてもその程度は問題ないと思っている。

 

 「ゼクトさんって意外と察しが良いんですね」

 

 「意外と、は余計ですけどね」

 

 「……私は、ヴィスコール家の再興を望みます。 一緒に行きましょうゼクトさん!」

 

 「仰せのままに。 我が主」

 

 結論を出せたことに対する安堵か、少し晴れやかな表情のリリアと、それを見たゼクトもまた同様に安心した様子で微笑んでいた。

 

 (何よ何よ何よ! 王女の私を無視してなんでそんな小娘に跪くのよ!? おかしいでしょ!? 何で私を見ないのよ!? 何で……)

 

 内心でゼクトを罵倒し、涙ながらに二人を睨むフィオナ。リリアは気付いていないが、ゼクトは気付いても完全に無視していた。

 

 ゼクトはリリアをお姫様抱っこの状態で持ち上げ、窓に足をかける。

 

 「では陛下。 再興の為に力をお貸しくださいますよう、宜しくお願いしますね」

 

 「え、待ってゼクトさん!? ここ五階って!? 嫌ァァァーーー! ゼクトさんのバカーーー!」

 

 

 最後にニヤリと悪い笑みを浮かべゼクトは窓から飛び出していった。リリアは悲痛な叫びを挙げながら会議室から遠のいていく。

 

 

 

 「しかしあの使い魔。 もともと爵位を渡すと言っていたのになぜあのような問いをリリア嬢にしたのか……」

 

 「……例え私が爵位を渡そうとも、もしリリア嬢が拒否するならあの使い魔は全力で止めたのだろうな」

 

 「しかし陛下、爵位を渡すことはヴィスコール家が再興するのなら有利な事では?」

 

 学園長の疑問は最もだ。

 普通に再興していいのならゼクトはそんな事は確認しない。

 

 「学園長殿は知らぬだろうが、ヴィスコール家の父には色々と問題があってな。 しかも跡継ぎとして優秀であった長女は事故でアレだ。 そのまま再興する訳にもいかんのだよ。 だからおそらくあの使い魔は問うたのだよ。 本当にヴィスコール家を再興しても良いのかと」

 

 「そうでしたか……」

 

 「それにあの使い魔は言いおった。 リリア嬢が望むなら余にも従うと。 しかし奴は暗にこう言っておった。 リリア嬢が望むなら余とも戦うとな」

 

 「なんと不敬な!?」

 

 「よい。 今はアレを相手にする余裕などない。 味方であってくれるのなら問題はないのだ」


 「……御意」

 

 二人はそう話ながら、今後持ち上がってくるであろう問題に頭を抱えながら、町の復興や支援に必要なもの等の協議を始めた。

 

 (あの男……絶対に跪かせてやるんだから)

 

 フィオナはゼクトの出ていった窓の方をいつまでも睨み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 「ゼクトさんって何でそんな意地悪なんですか!? 本当に漏らすかと思いましたよ!?」

 

 「え? 漏らすの?」

 

 「漏らしませんよ! ギリギリです! あぁもう! それで! どうするんですか!?」

 

 リリアを抱えながら走るゼクト。

 人を抱き抱えながらでもゼクトは一般人が全速力で走るよりも遥かに速く走っている。

 

 「今から俺の仲間を呼ぶから、取り敢えず指揮してる風に装ってくれれば大丈夫だ。 あの蜥蜴は俺が殺っとくから。 話は聞いていたな。 朱音、美空。 出番だ」

 

 ゼクトがそう言うと朱音と美空が宝石からその姿を現す。

 始めて見る二人がまさか宝石から出てくるとは思わず、固まるリリア。

 

 「了解しておりますわご主人様」

 

 「ほいほーい」

 

 走り続けるゼクトに並走するように現れた二人は答えながらもリリアにねっとりとした視線を向けている。

 自分に向けられる視線に訳が分からないリリアはひたすら戸惑う。

 

 「アカネは困っているやつらを救助。 ミソラは怪我人の治療だ。 リリアの指示にしたがって行動するように。 っとリリア下ろすぞ」

 

 少年が火竜に食われそうになっているのが見え、リリアを下ろし更に速度を上げてその巨大な体躯に蹴りを叩き込む。

 全力でやればその体を爆散させる事も出来るが、二次被害の事を考えて宙に打ち上げる。

 

 「一緒にデートしようじゃないか蜥蜴君」

 

 うち上がった火竜の尾を掴みジャイアントスイングの要領で外壁の外へと放り投げる。

 

 「あっちはさっさと始末してくる。 やることは分かるな?」 

 

 「……はい!」

 

 「いい子だ」

 

 ゼクトはリリアの頭を優しく一撫でし、火竜の方へと跳躍していった。

 

 「よし。 アカネさん、倒壊した家屋に挟まれたりしてる人がいたら救助を! ミソラさん、手当てをお願いします! ……って、え? え? な、なんですか?」

 

 リリアの号令に頷きつつも何故かリリアに近付く二人。

 その視線が危ない光を灯している。

 二人はリリアの耳元でボソッと耳打ちした。

 

 ((あの方に気に入られているからって調子に乗るなよ○○○が……))

 

 二人はそのまま何事も無かったようにリリアに跪き、行動を開始した。

 端から見たとき彼女に仕えていようにしか見えなかっただろう。

 

 「………………えぇー」

 

 まさかの脅し発言に凍りつくリリア。

 頑張る気持ちが一瞬にして打ち砕かれた瞬間だった。

 

 

 

 

 アカネとミソラの働きによって救助は驚くほど迅速に進んでいった。

 アカネが生命探知によって周囲の瓦礫に埋まっている人間を探しだし、邪魔な瓦礫を炎で吹き飛ばす。多少大きな材木なんかに潰されていた人であろうと、簡単に材木を持ち上げ助け出す。

 

 ミソラは回復魔法で腹に穴が開いていようが千切れていようが問答無用で回復させていき、周囲からは助かった安堵から啜り泣くような声も聴こえてくる。

 

 二人は町の人々から感謝の言葉を受ける度に「私達はリリア様の使い魔で、命令によるものであるため気にする必要はありません」と返答し次々と作業をこなしていった。

 

 リリアも補助魔法や、美空には遠く及ばないも回復魔法で必死に町の人達の支援を続けた。 

 

 火竜がいなくなった事で兵士達やギルドの面々も急いで対処に動き始めたため被害は火竜が襲撃したにしては驚くほど小さなものとなった。

  

 ちなみにリリアとその使い魔の行動が、後にリリアにとって頭痛と胃痛の種となるのはもう少し後の話。

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