第九話




 無事に一回戦がすべて終わり翌日。

 今日からトーナメント形式に変わる二回戦。

 この二回戦からはこの国の王公貴族も見に来るらしい。専用の場所には王と思われる人物と王子に王女っぽいのもいた。

 自信がないのは王子っぽいものがちょっと頭おかしそうな奴だからだ。

 なんというか堪え性の無さそうな子供で椅子にグデッと座っており、威厳はない。

 年は二十前半くらいかな?

 

 対象的に王女っぽいほうはまともそうだ。椅子に腰掛け背筋も伸ばして座る様子は中々に可憐だ。

 

 「まさか一回戦でオーグ君と当たるなんて……」

 

 心配性な我が主たるリリアは、目の前のクラスメイトに物怖じしている。

 クラス内で一位の成績を修め、使い魔はサラマンダーとかなりハイスペックな子らしい。

 サラマンダーが強いとか思ったことはないから気にもしていなかったけど。

 

 「リリア君が相手なら僕も助かるよ。 君には負けないと思うし、僕のサラマンダーで君の使い魔を焼きつくしてあげるよ」

 

 ……なんというか鬱陶しい性格してるな。あれだ。自分の自慢が大好きそうな奴だ。

 

 「君の姉は役立たずな上に、君もそんな使い魔を喚んでしまったのではヴィスコール家もおしまいかな? あぁいや、優秀な妹さんもいたのだったか? まぁどちらにしろ良い結末は無さそうだ」

 

 やれやれといった様子で肩を竦めるオーグ君。相手の家族の事をここで持ち出さなくても良いと思うんだが。

 

 チラッとリリアを見てみると俯き、唇を噛んで何かに耐えていた。

 手も強く握りしめ、血が出ていた。

 

 「……まったく。 ていっ」

 

 「あぅっ!? な、何するんですかゼクトさん!」

 

 「リリアが何で怒ったのかは知らないけど」

 

 手を取ってその掌を見る。

 爪が食い込んで切れた掌は真っ赤になっていた。

 唇にも血が滲んでいる。

 ハンカチを取り出して回復薬を染み込ませ、口を拭ったあと掌を優しく縛る。

 

 「そんな顔よりも笑った顔の方が俺は好きだな」

 

 ニヤリと笑って見せ、頭を優しく撫でてみた。

 

 「……ごめんなさい。 お姉ちゃんやゼクトさんをバカにされて……。 でも私はあの人に言い返せない意気地無しで……」

 

 「……大丈夫。 俺がなんの為に喚ばれたと思ってる」

 

 「……えっ?」

 

 『これより第一試合を始めます!』

 

 審判の声が響き渡り、試合開始の合図がなされた。

 リリアの頭をもう一度優しく撫でて、教えてやる。

 

 「俺はお前を護る。 絶対にだ」

 

 リリアに嫌な思いをさせたオーグとやらに視線を向ける。

 今回あれに手は出してはいけないらしいので、その使い魔のサラマンダーに八つ当たりさせて貰うか。

 

 それに丁度良い機会だ。

 

 主が優秀だからこそ、俺が喚ばれたのだと証明してやろう。

 

 

 

 

 

 

 「ゼクト……さん」

 

 オーグに家族を、そしてゼクトを侮辱されて悲しくて悔しくて。

 しかし言い返す事が出来なかったリリアはゼクトに優しく励まされ、そして頭を撫でられたことに嬉しくもあり、気恥ずかしさもあった。

 

 目の前ではゼクトが刀を抜きサラマンダーと対峙していた。

 使い魔は死なないことは分かっている。それでも傷付く姿は見たくないという思いが強かった。

 

 だから願った。どうか、無事に終わって欲しいと。

 

 しかし……リリアの考えは。

 いや、ここにいるゼクト以外の誰もが彼の認識を間違えていた。

 

 合計十にも及ぶジョブクラスを最大レベルにし、時間さえかければ黒龍すらも一人で倒す男の実力を。

 

 

 

 サラマンダーは火の精霊と言われている。

 その姿は筋肉で肥大化した体を火で支えている蜥蜴である。普通の蜥蜴と違い、直立しており足はなく常に体のあちこちから火が噴き出している。

 体長は約二メートルはあり、その肥大化した筋肉による膨張のためかゼクトよりもかなり大きく見える。

 

 『ヴォォォォ!』

 

 その喉から雄叫びがあがり、灼熱の吐息を吐き出した。

 吐き出された炎は地面をも赤熱化させ、空気が一気に熱せられ凄まじい熱波が会場内に広がっていく。

 ゼクトは特に避ける素振りもなく、ただ立っている。

 

 「おいあの男避けなかったぞ!? あんなブレス受けたら死ぬぞ!?」

 「いやでもあんな広範囲のブレスはどっちにしろ避けれねえよ!」

 

 ある観客達は目の前で起きた人の焼ける瞬間を目にし悲鳴を上げ、あるものはその苦しむ様を見たいと歓喜の声をあげる。

 

 しかし、どちらも想像するような事にはならなかった。

 ゼクトは平然とした顔で立っている。

 炎の中にありながら悠然と、涼やかな様子で。

 

 「ば、ばかな!? サラマンダーのブレスを受けてなぜ平然としている!? くっ、サラマンダー! 仕留めろ!」

 

 オーグの言葉に反応し、サラマンダーが両手を掲げると炎が集い巨大な炎塊を造り出した。

 溶岩のような炎が魔力の膜で包まれ、今にもその力を解放しようと輝きを増す。

 

 「鉄をも蒸散させる炎を受けるがいい! やれっ!」

 

 オーグの命令にしたがい炎の塊をゼクトへと叩き付けるサラマンダー。

 炎の塊はゼクトに直撃し、その瞬間巨大な火柱が立ち上がる。

 まるで地獄の業火のようなその熱気に会場内の空気が熱を帯びる。

 

 「サラマンダーってこんなヤバい生き物なのかよ……」

 

 「よく見ておけレイモンド、フィオナ。 これが使い魔の力なのだ」

 

 「これが……」

 

 会場内がサラマンダーの力に恐れ戦き、王族がその力の危険性を教えている。

 誰もがサラマンダーが勝利したと思ったその時。

 

 

 唐突に炎が消え去った。

 

 鎮火した訳ではない。

 まるで夢幻でも見たのではと思うほどなんの痕跡もなく炎が消え去ったのだ。

 熱せられたはずの空気ですら、今は涼やかな風が吹く程度だ。

 

 炎が確かに起きていた痕跡のある爆心地。

 

 その中心でゼクトが一枚の符を持ち、にこやかに立っていた。

 

 「……いい機会なので教えておきましょう」

 

 静まり返った会場内において、ゼクトの声がよく響いた。

 誰も声を出さない。

 ゼクトの存在感に圧倒されてしまっているから。

 

 「リリア様が優秀だからこそ、私が喚ばれたのだと」

 

 ゼクトは一瞬にして八枚の符を展開し、サラマンダーの周囲に巡らせる。

 それに気付いたサラマンダーは符を燃やそうと試みるが、効果はない。

 

 「天に揺蕩う無形の神よ」

 

 符がゼクトの魔力に反応し、妖しい輝きを放つ。

 

 「その身に宿る汝の怒りを顕現せよ」

 

 符の包囲から逃れようと動くサラマンダーに更に追加でもう一枚の符がゼクトから放たれ動きを拘束される。

 

 「召雷・八天御雷やつあめのみかずち

 

 空から極大の光がサラマンダーを貫いた。

 目も眩む閃光と、世界を揺るがすほどの轟音が響き会場内を凄まじい衝撃が襲う。

 

 抵抗など意味を成さない。

 避けることを考える暇もない。

 

 ただ死を待つしかない無情の雷が降り注ぎ、サラマンダーは塵も残さず消し飛ばされた。

 

 

 神の怒りを見た誰もが身をすくませ、恐る恐るそこを見る。

 音の衝撃により聞こえづらい聴覚を最大限にし、閃光によって眩さの残るその目で惨劇の痕を見る。

 

 

 

 そこにはにこやかに笑う人の形をした悪魔が立っていた。

 

 

 


 

 

 

 夕暮れ時に差し掛かり、周囲も暗くなり始めた頃。

 二人の人物が会議室で椅子に座っていた。

 

 「……やり過ぎた」

 

 「……私も確かに怒ってましたし、殺っちゃえゼクトさんとか思ってましたよ?」

 

 「そうか。 なら問題なし?」

 

 「あんなの見たらそれどころじゃないですよ!? 何ですかあれ!? ブワーッて光って凄い音がなって気付いたら会場の中心が消し飛んでましたよ!? なんですかあの穴!? なんで私とか審判さんとかオーグさんが生きてるのか不思議でしょうがないですよ!?」

 

 「流石に巻き込まないように調整したよ?」

 

 「何処がですか!? 二人とも意識無かったですよ!? ていうかゼクトさんならあんな大技使わなくてもあんな蜥蜴もスパッと殺れましたよね!?」

 

 「余裕」

 

 「じゃあそれで良かったんですよ!?」

 

 「待ってくれ、俺にも言いたいことがある」

 

 「なんですか!?」

 

 「あそこまで大規模になるとは俺も思わなかったんだ。 ……てへっ」

 

 「……うぅぅ私の人生これからどうなるのぉ……」

 

 絶賛、怒られ中の俺。

 リリアが貶されてかなりイラッと来たので、大人げなくやってやろうと思いました。

 符術は威力も見た目も派手なのが多いから、やっちゃえと思って使った技がこんなにエグい結果になるとは……。

 

 派手にやり過ぎたせいで呼び出しを受けたところだ。

 簡潔に言うと、王と学園長に御呼びだしを受けて会議室で待機なう。

 

 因みに新人戦は他の参加者全員棄権したのでリリアというか、俺の一人勝ちだ。

 俺が怒っちゃったのが原因みたいですな。

 しかも会場に大穴作ってしまったので暫くは使用不可。

 

 そんな感じなのでリリアと戯れていた。

 

 さてどう出てくるかな?とか思いながら待っていると唐突にドアが開けられた。

 ノックくらいしようぜ。

 

 「待たせたな」

 

 入ってきたのは王様らしき人。

 リリアがその姿を見た途端に頭を下げ跪いたのでそれにならう。

 その後から学園長が入ってきた。

 

 「頭を上げよ」

 

 リリアはまだ頭を下げているが、取り敢えず無視して顔を上げる。

 俺が上げたのにリリアも釣られて慌てて頭を上げた。

 

 「さて……こうして見るとまだまだ若いように見えるが。 そこの娘の使い魔という事は聞いているが、改めて聞こう。 貴様は何者だ」

 

 「リリア様の使い魔であり、サムライのゼクトです陛下」

 

 「サムライ、か。 聞いたことはないが恐ろしい力を持っておるのだな。 あの力はいつでも使えるのか?」

 

 「いいえ陛下。 あれはそうそう使えるものではありません」

 

 

 嘘です。 大体一日に百回以上はいけます。

 

 「そうか。 安心してよいものか分からぬな。 ……今回のアレを見て余は貴様を手に入れたいと思っているのだが、貴様はどうだ?」

 

 「私はリリア様の使い魔です。 リリア様が望むならば剣となり盾となってリリア様の敵となるもの全てを灰塵と帰させましょう。 ……もしリリア様が王国を救いたいと願うならば勿論陛下の御力にも」

 

 「…………クックックック、そうか。 あぁ恐ろしい男だな貴様は。 ……リリア・クラッツェ・ヴィスコールよ」

 

 「ふぁぁい!」

 

 長い沈黙のあと、急に笑いだした王は唐突にリリアの名前を告げる。

 緊張しすぎですよー。

 

 「余は貴様に……。 いやヴィスコール家に爵位を授けようと思う」

 

 「こ、こここここ光栄です!」

 

 鶏かお前は。しかし急に爵位か。

 ……嫌らしい手を使うなぁ。

 リリアに、ではなくヴィスコール家にだ。

 個人であれば辞退も出来るだろうが、お家にとなると家族がその恩恵を受ける。

 リリアの性格上家族のためなら断りはしないだろう。

 

 「恐れながら陛下、今日のアレを見ておらぬ者達からの不満が出ますぞ?」

 

 「うむ、分かっておる。 なのでリリア嬢。 そこの使い魔なら大抵の魔物はどうとでもなるであろう? 適当に大物の魔物でも狩って名声を得ておいてくれ」

 

 「あぁぅぅ……これは不味いですぅ。 私の外堀が埋められてどんどん逃げれなくなってますぅ。 このままだとゼクトさんのせいでどこまでも行ってしまいそうな気が」

 

 失敬な奴だ。

 でもまぁどうせならリリアもリリアの家も、敵対するのも馬鹿らしくなるくらい強くしてみるのもそれはそれで面白そうだな。

 

 「御父様、お話は済まれました?」

 

 「おお、フィオナか。 丁度良い、入りなさい」

 

 控え目なノックの後に入ってきたのは王女様。

 フィオナっていうのか。

 リリアが頭を下げるので俺も一応下げておく。

 いちいち頭を下げるのが面倒臭いな。

 今度からこういう時はホームに隠れてようかな。

 王女様は俺を見るとイラッとしたような表情で睨んでこられましたよ?

 

 「貴方ね! 自分が何をしたのか分かっているの! 新人戦が唐突に終わったせいでレムナントの収入も減るし、他国には貴方もその娘も目をつけられた! 抑止力にはなれるでしょうけど、これから私達は貴方にも一喜一憂させられることになるのよ!」

 

 わぁーい、超お怒りですねぇー。

 じゃないよ、いきなり出てきてなんだこの小娘は。

 そのあるかないか微妙な乳を揉みしだくぞこいつ。

 

 「やめろフィオナ」

 

 「しかし御父様!」

 

 「お前も先程言ったように分かっているのだろう? 抑止力、と。 他国には色々とせっつかれるかもしれんが、この男が他国に渡る前に見つけることが出来ただけでも良しとせねば」

 

 「それは……そうですが……」

 

 お前らそういうのは俺の前で話すなよ。なんだ裏切らないとでも思ってるんですか?

 ふと横を見るとリリアは考える事を止めて固まっていた。

 もしかして王女様に怒られてビビったのかな。

 

 しがらみの多い人達は大変だなぁとか思っていると、突然地震と共に轟音が響いた。

 

 「え、なになに!? もうこれ以上私の胃は持たないから厄介事は勘弁してくださぁい!」

 

 突然の衝撃に我に帰ったようで微妙に戻ってきてないリリアが叫ぶ。

 

 「これは……」

 

 王も狼狽えているが、次の瞬間にこれが襲撃であると判断出来た。

 

 『オォォォォォォ!』

 

 聞くものを不安にさせるような怒りの咆哮が響き渡る。

 窓を開け、外を見るとデカイ竜が町を襲っていた。

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