第四話

 


 昼過ぎに冒険者ギルドを出て体感的にはだいたい十九時頃。

 割りと効果的な腕試しも出来て実に楽しかった。

 疲れきった顔のリリアを伴い、冒険者ギルドへ戻りリリアがカードをターシャさんに手渡す。

 

 「ターシャさん。 今から見るだろう内容は決して私は関わっていないんです。 良いですか? 私は一切関わっていないんです」

 

 「え? き、急にどうしたの?」

 

 リリアの絞り出すような声に若干引き気味のターシャさん。俺も引くわ。

 ターシャさんは確認のために席を立ち、リリアは頭を抱えて座り込んでいる。

 

 「何をされてるのですかリリア様?」

 

 「……今から一波乱ありそうだなぁと思って悩んでるんです。 ……主にゼクトさんのせいで」

 

 「なんと……ゼクトさんとやらを懲らしめてやらないといけませんね」

 

 「是非お願いします!」

 

 「ゼクトさんとやらにも困ったものですね」

 

 「本当ですよ!? 私今日一日で物凄くお腹痛くなってるんですからね!?」

 

 「ストレスですね。 ご自愛ください」

 

 「ゼクトさんが意地悪すぎるーー!」

 

 実にからかい甲斐のある主人で良かった。

 一応夜に胃薬代わりに回復薬でも渡しとこうかな。

 胃に穴が開いたら大変だしな。

 

 『えぇぇぇぇぇ!?』

 

 そんなやり取りをしていると、受付の奥の方で何やら騒ぎが起きている。

 そうだよな。

 レベル二十もあれば強い世界なんだもんな。

 ビックリするよな。

 でもあれは敵も悪いんだよ。

 よりにもよって人が遊んでるときに突撃してくるから。

 

 ザワザワとひとしきりざわついた後にターシャさんが走ってきた。

 全力で。

 

 「…………リリアちゃん」

 

 「違うんです、私じゃないんですぅ!」

 

 「逃げちゃダメ! 取り敢えずマスターが上で待ってるから、一緒に行くわよ!」

 

 「あぁぁぁ……ゼクトさんのバカー!」

 

 …………すまん。

 

 

 

 

 

 「一体何があったのかを話してくれるかな?」

 

 リリアの対面には鍛え抜かれた肉体、服の上からでも分かるほどのマッチョがいた。

 彼一人で室内の温度を二度は上げてそうだ。

 このマッチョがこの冒険者ギルドの支部長らしい。

 

 マッチョはリリアのギルドカードをテーブルの上に置き、それを見せる。

 そしてもう一枚の用紙。

 そこには前回の更新分と今回の分が記載されている。

 前回の分をきちんと記録として取っているなんて偉いなと思う。

 ちょっと管理体制を舐めていたというか。アナログな時代に大変だろうな。

 

 「私の見間違いでなければ、前回の更新と比べて大きく違う点が二つある。 一つはレベル。 ターシャの話では昼過ぎにここで依頼を受けたときは確かにレベルが十八だったと聞いた。 間違いないかな?」

 

 「はぃ……」

 

 「では今の君のこのギルドカード。 今のレベルが二十八になっているな。 普通コボルトの依頼をこなしたとしてもこの時間であればせいぜい八匹でも狩れば上出来だ。 だがそんな程度でレベルは十も上がるはずがない。 そこでギルドカードを見て倒した魔物を確認した」

 

 「はぃ……」

 

 「私は見たとき自分の目を疑ったよ。 まさかこの短時間でコボルトを五十匹、グラスウルフを二十匹、アーマービートルを五匹。 更には地竜を三匹倒したと記載してある」

 

 「…………」

 

 マッチョの視線が怖いのかひたすら視線を逸らし続けているリリア。

 

 「この短時間で狩れる量でもないし、そのレベルで倒せる相手でもない。 ましてや使い魔と二人で。 ……何があったのか教えてほしい。 このスキルについても」

 

 

 そうしてマッチョが指を差したのはスキルの欄。

 そこにはこう書かれていた。

 

 『超越者召喚』

 

 間違いなく俺のことですねありがとうございますー。

 リリアは正直分からないからどうしようもないだろう。

 というかリリアは俺が地竜を倒したことすら知らないはずだ。

 地面のなかにいたから出てくる前に突き殺したからな。

 

 「……主に代わり御答えしてもよろしいでしょうか? なにぶん我が主も戸惑っておいでのようですし、なによりそれほど威圧的になられると我が主でなくとも萎縮してしまいます」

 

 「っと、これは失礼。 異常事態に少し気を張っていたようだ。 貴殿がリリア嬢の使い魔……? 人か?」

 

 「まぁ人みたいなものとお考えください。 私がリリア様に御仕えする使い魔のゼクトです」

 

 「……うむ。 では代わりに説明を頼む」

 

 「今から私が話すことは全て事実です。 それを踏まえた上で御聞きください」

 

 「承知した」

 

 「まず最初に、主が倒した魔物の数、内容は事実です。倒したのは全て私ですが」

 

 俺の言葉に信じられないという表情のマッチョとターシャさん。

 そういやマッチョの名前知らない。

 まぁいいか。

 

 「そのスキル欄にある超越者というのが私の事でしょうね。そして何故主があそこまでレベルが上がったのかですが、全て私のせいです」

 

 「貴殿は人のレベルを上げることが出来るのか?」

 

 「いえ、主だけで御座います。 私が倒した魔物の経験等が全てリリア様に渡りましたのでそのせいかと」

 

 更に言えば、黒龍ぶっ殺した時の課金アイテムの影響もあるんだけど。

 近年課金アイテムでアイテムドロップ率だけしか上昇させないアイテムで金を取ったら批判の嵐に晒される。

 

 俺が使っていたのは経験値とアイテムドロップ率とスキル上昇率が四倍になるアイテムで、効果は一日。

 一個六百円なり。

 

 ……つまり俺のせいですね!

 

 「バカな。 もしそうだとしても貴殿とリリア嬢で倒したのであれば得られる恩恵は半分になる。 それだけではレベルが十も上がりはせん」

 

 「そうですね。 経験が二人に分配されたのであればそうでしょう」

 

 「……リリア嬢しか得ていない、という事か? なぜ貴殿には分配されない?」

 

 マッチョは何故か分からないという風に首を捻る。

 ターシャさんも同じように考えていたが、不意に何かに気付いたのか俺の方を恐ろしいものでも見るような目で見つめてきた。

 

 「どうしたターシャ?」

 

 ターシャさんは声と体を震わせながら、言葉を出す。

 頑張れターシャさん!

 

 「貴方のレベルは……幾つなんでしょうか?」

 

 色々と考えられるのに真っ先にその質問をしたのは超越者なんてものがあったからだろうか。

 普通に考え付くって凄いな。

 

 「リリア様、御答えしてもよろしいのですか?」

 

 「というか私もゼクトさんのレベル知りません。 幾つなんですか?」

 

 ……話してたつもりだった。

 

 「私のレベルは二百五十五ですね」

 

 アップデートが来ない限り限界値ですな。

 更に言えばメインクラスのサムライとサブクラスの符術士両方レベルMAXで御座います。

 更に更に言えばあと他に八つくらいのクラスがレベルMAXですな。

 仕事を辞めて一時期ニートになっていた俺の時間の全てがそこにある!

 ……ふぅ、なんでもない。

 

 

 「「「はっ!?」」」

 

 ですよねー。

 今までの最高が七十八なら俺が記録更新だ。   やったぜ!

 まぁこの世界のレベル百があっちのレベル二百五十五と同じかもしれないから、そこは要検討なんだけど。

 

 「二百五十五って……伝説の英雄よりも遥かに上じゃないですか……」

 

 「信じられん……」

 

 「あ、ちなみに内緒でお願い致しますね。 無用なトラブルは避けたいですので。 私はトラブルが来ても構いませんが主がストレスで倒れてしまうかもしれません」

 

 「冒険者ギルドは国には帰属せんが必要ならば情報を渡すこともあるが、構わないか?」

 

 「構わないとは思います。 所詮私は使い魔ですし最終的な判断は主であるリリア様にお任せ致します」

 

 

 その主は放心して……気絶してた。

 

 「全く……いきなりうちに爆弾を抱えたような気分だ」

 

 「口外しなければいいだけですよ。 まぁ主が私を引き当てた時点で色々と愉快な事になるだろうとは思っていますけどね。 あ、ちょっと失礼します」

 

 気絶しているリリアを横たえ、マントをかけてやる。

 流石にストレスが貯まりすぎたかな。

 

 

 「まぁ何となく事情は分かった。 君達はしばらくギルドには近寄らない方が良いかもしれんな」

 

 「そうですね。 口止めして頂く代わりに御二人とも一度だけ、武力が解決に必要な時は力をお貸ししますよ。 でかいだけの竜や天使、悪魔程度なら私一人でも多分殺せますので」

 

 「そんなものと戦うような状況だけは避けたいものだな。 リリア嬢はしばらく休ませてやるといい」

 

 マッチョとターシャさんは会釈して出ていった。

 ……最後までマッチョの名前が分からなかったな。

 後でリリアに聞いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 なんだろう。

 すごく暖かくて優しい匂い。

 不思議と安心するような感じ。

 

 「ん……」

 

 ふと目を開けると前に見慣れない後頭部があった。

 

 「えっ……あれ!? 私なんでゼクトさんに背負われてるんですか!?」

 

 「お、目が覚めたか。 ギルドで気を失って倒れたんだよ。 覚えてるか?」

 

 そう言えば……。

 ゼクトさんのレベルを聞いて意識が飛んじゃったんだっけ。

 でも……レベル二百五十五なんて最早雲の上の更に上の人だよね。

 私そんな人を呼んじゃったんだ。

 怒ってないのかな。

 

 「あ、あの。 ゼクトさん」

 

 「んー?」

 

 「怒って……ないですか? その勝手にこの世界に呼んで私なんかの使い魔にしちゃって」

 

 「あー。 怒っては……いないかな。 そうだなぁ。 俺の元の仕事ってなんだと思う?」

 

 「え? えっとサムライって仰って、あ、でもそれは種族?」

 

 確かにこんなに強い人が一体どんな仕事をするのかは気になるかも。

 なんだろう。

 国の最終兵器とか。

 

 「はははは。 ……そうだなぁ。 子供の頃は裕福なんて言葉とは無縁な生活でね。 隣にいる友達が翌日には殺し合う相手になる事もあったし、その翌日にはその親友と殺し合ったり……。 本当に色々あった。そんな俺が大人になって就くことの出来た仕事が暗殺者だったんだ」

 

 「……暗殺者」

 

 自分が考えていた以上に重い境遇に、言葉が出てこない。

 具体的には話していないけど、今のゼクトさんの言葉の裏にはきっと私なんかが簡単に同情しちゃいけないものがあると思う。

 

 「そう、暗殺者。 頼まれて相手を殺す。 実に簡単だ。 人は脆いからどこをどうすれば壊れるかなんて簡単に分かる。 大事なのは証拠を残さないこと」

 

 一息ついてゼクトさんは立ち止まって空を見上げた。

 私も釣られて空を見上げる。

 空には満天の星空がまるで自分の命の輝きを主張するように輝いていた。

 

 「そんな生活に嫌気がさしてね。 色んなものから逃げて、一時期完全に引きこもってたんだ。 そこで色々とあってリベラルファンタジアっていうものに出会って……。それでサムライになったんだけど、その時に始めて人に頼られたんだ」

 

 「頼られた……ですか?」

 

 ゼクトさん程のレベルなら頼る人なんて一杯いそうなのに。

 

 「あぁ。 ……内容は些細な事だったんだけどね。 それで手伝って、最後にありがとうって言われたんだ」

 

 その時の事を思い出したのかゼクトさんが嬉しそうに笑った。

 今日一日で始めて見た柔らかい微笑み。

 

 「掛け値なし、打算無しの純粋な『ありがとう』。 多分人生で始めてのありがとうだったんだ。 俺みたいな奴でも感謝してもらえるなら。 困ってる奴の力になれるのなら頑張ってみようかと思ってサムライとして頑張ってたんだ」

 

 「そ、それなら! わ、私がゼクトさんを呼んでしまったらゼクトさんの知り合いの皆さんに迷惑をかけてしまったって事ですよね⁉ あぁぁぁ……どうしよう私……」

 

 「はははは、まぁ気にしても仕方無い。 それにリリアは困っていたんだろう? なら俺の出来る範囲で助けるさ」

 

 楽しそうに笑うゼクトさんが眩しくて。

 寂しそうだけど、どこか嬉しそうで。

 

 「……ありがとう……ございます」

 

 私はそんな事しか言えなかった。

 これ以上言葉にすると、何だか色んな言葉が溢れ出しそうだった。

 

 「ん。 どういたしまして。 これからよろしくな」

 

 背負ってもらっていて良かったと思った。

 きっと今の私は夜でも分かるくらいに顔が真っ赤になっていると思うから。

 

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