第五話

 


 「…………むぅぅ」

 

 俺はいま危機に直面していた。

 一ヶ月後に主であるリリアの新人戦があるらしいが、正直そんなものは今はどうでもいい。

 

 「……金がない」

 

 リベラルファンタジア時代の所持金はあるが、こっちでは使えない。

 むしろ偽造硬貨として判断される可能性が高いとリリアからの一言があった。

 じゃあ、倉庫のいらない武器とか売るかとも思ったがこの世界の人に渡しても問題ないような武器が倉庫の中に無かった。

 低レアリティの武器なんて即売りしてたからな。

 

 じゃあ回復薬かとも思ったが、これに関しては在庫があるとはいえ、おいそれと使うのが躊躇われる。

 勿体無い星人が邪魔をしてくるのだ。

 

 「使い魔が勝手に出歩くわけにもいかないしなぁ……。 あのマッチョは俺が強いの知ってるし、多少強めの刀を一本渡して金くれないかな」

 

 考えが煮詰まってきたので風呂にでも入るかと思い、服を脱いで体を洗い浴槽へと浸かる。

 

 「ふぅ…………なんかおっさん化してきたな最近」

 

 まぁ昼間から風呂に入ってゆっくりとか超贅沢な生活してるんだけど。

 

 そういえば向こうの俺の体ってどうなってるんだろうか?

 もうここに来て二週間くらいだから放置された状態なら流石に死んでるだろうな。

 まぁ還れないらしいし、向こうは向こうで俺の事を狙ってる奴も多いから別にこっちの世界でいいんだけど。

 


 風呂から上がり、とりとめもないことを考えつつ着替えてエプロンをつけて料理を開始する。

 そもそも金の問題はこれのせいだ。

 

 他の生徒達の使い魔は餌が必要ないらしい。勝手に魔力を食べて生活するとか。

 俺には流石に霞を食むような生活は無理だ。

 

 と言うわけで当面の食料をリリアが買ってきてくれたのだが…………正直に言う。

 

 少なすぎる。女性判断での一週間分と男性判断での一週間分では量が違いすぎる。

 更に言えば俺は食う量が結構多い。

 しかし主に負担をかけまくる(経済的に)使い魔も如何なものかと考え、自分で稼いで食料は仕入れようと思い今に至る。

 

 「……今は……朝十時くらいか? リリアは勉強中だよな」

 

 適当に作った野菜スープを啜りながら悩む。

 どうせ呼ばれない時間があるのならちょいっと出ていって飯を買い込んで戻るのも時間の節約になるとは思うが。

 

 「唯一の救いは何故かライフラインが生きているのと、調味料ボックスが無限に使える事か」

 

 マイホームグッズにあった調味料ボックス。

 リベラルファンタジアでは見た目だけだったが、この世界ではきちんとその役割を果たしている。

 塩や砂糖を始め醤油、みりん、味噌、マヨネーズから胡麻油等々かなり広い範囲を網羅している。

 正直助かる。

 

 『ゼクトさんゼクトさん』

 

 と、唐突に声をかけてくるリリア。

 

 『あいよ、どうした?』

 

 『実はいま授業中なのですが、使い魔も一緒にという事でして。 いま大丈夫ですか?』

 

 『あぁ。 大丈夫』

 

 『じゃあ呼びますね』

 

 こういうところ気にして呼んでくれるのは本当に助かる。

 風呂の最中とか用を足している時に急に呼ばれたら困るからな。

 他の使い魔達はそんなことは無いんだろうか。

 

 あ、そうだ。

 折角外に出るんだし、用が終わったら武器を売りに行くか。

 あと、食材買いにいかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼ばれた先は広い訓練場のようだった。

 周りにはリリアと同じような生徒や数々の使い魔達が姿を見せている。

 

 「そういや他の使い魔達を見るのをあのとき以来か」

 

 「……ゼクトさん。 何ですかその格好」

 

 何やらジトッとした目でみてくる

 

 「使い魔っぽく行くか、執事スタイルで行くか悩んで執事スタイルでいく事にした。 そして格好から入ってみた」

 

 課金アイテムの一つで執事服にも変えれるのだよ。

 これで俺も今日から使い魔兼執事ですな。

 

 「まぁ格好いいから良いですけど……」

 

 「ほぅ、貴殿がリリアの使い魔か? リリアからは優秀だと聞いている」

 

 リリアの隣に目付きのきつい女性が立っていた。

 女傑という言葉が良く似合いそうな女だ。

 右の前額部から右頬にかけておおきな刀傷がある。 戦士の証だな。 実に格好いい。

 

 「リリア様のご学友の方でしょうか? 初めまして、ゼクトと申します。 以後お見知り置きを」

 

 

 「うーむ、確かに立ち振舞いは合格だな。 ……失礼した、私はエルレイア・クーラシュ・エルドラント。 リリアの友人だ。 よろしく頼む」

 

 この人あれだ。漫画なんかで剣一本で敵陣に突っ込んで無双しそうなタイプだな。

 すごく怪しい笑顔で握手求めてきたけど大丈夫かなこの人。

 手を握った瞬間握りつぶそうしそうな気がしなくもない。

 

 取り敢えず差し出された手にしっかりと握手で応える。特に力比べなんて無かった。助かる。

 

 

 「ところで今回の呼び出しはどういった御用でしょうか?」

 

 「使い魔との連携を図る授業なんですけど……ゼクトさんって話せるからコミュニケーションは問題ないんですよね」

 

 ああ、周りを見ると確かに人語を操れそうな使い魔はいないな。

 蜥蜴やら蝙蝠やら色々いるけど、確かに練習でもしないと連携を図るなんて大変そうだ。

 エルレイアの方を見ると彼女の使い魔は鎧のようだ。正確にはリビングアーマーか。

 

 

 連携の練習は使い魔に指示を出して標的に攻撃するというシンプルなもの。

 まぁ最初だしそんなものなのかな?

 

 そう言えば新人戦があるらしいからここで他の使い魔がどんなものか見るのも悪くはないな。

 

 

 

 使い魔と言っても種類は本当に多いが、結構レベルは高そうだ。

 特にクラスで一番の成績とかいう男のサラマンダーとかいう火蜥蜴はなかなかの火力で、しかも成長するとデカい体躯の西洋竜みたいになるとか。

 

 エルレイアのリビングアーマーもパッと見た感じの派手さはないが実に巧みな剣術を使う。

 しかもリビングアーマーの鎧は本体ではないらしく、中身の魂が本体なので鎧や武器なんかは換装出来るとか。

 バージョンアップ出来るリビングアーマーって初めて聞いた。

 

 「次、リリアさんの番ですよ」

 

 「は、はい! い、いきましょうゼクトさん!」

 

 担当教官に呼ばれて緊張しまくりの我が主。

 因みにここで成績が悪いとさらに訓練があるとか。それは面倒なので避けたい。

 

 「リリアさんの使い魔はその方でしたね。 意志疎通は問題ないでしょうから、ワンステップ先に進みましょう。 クリエイトゴーレム!」

 

 担当教官の判断でワンステップ先に進むとか……。別に今回の授業はスキップとかでもよくない?

 

 そんなことを考えていると目の前に現れたのは教官が造り出した土塊のゴーレム。

 いや土塊というか所々は岩が覆っていて非常に固そうだ。

 

 「使い魔と協力してそれを倒してみてください。 少し強く設定してありますので、負けてもペナルティはありませんから気兼ねなくやりなさい」

 

 「あわ、あわわわわ。 いきなりゴーレムだなんて!」

 

 ゴーレムが地面に手を置くと、そこから引き抜くように動く。

 その手には岩を無理矢理剣の形にしたようなゴツい武器があらわれた。

 

 「ほ、補助をかけます! 彼の者に勇敢なる力を! ブレイブソウル!」

 

 ゴーレムが駆け出すと同時にバフっぽいものをかけてくれるリリア。

 実に素早いサポートだと思う。

 攻撃力増加系なのか全身に力が溢れてくる。

 

 ゴーレムによる直上からの斬撃。

 

 慌てる事なく六紋刀を取り出し、抜刀する。

 澄んだ鐘のような音が響き、同時にゴーレムの一撃が地面を叩き割った。

 土煙が舞い上がり、周囲の観客達の視界を遮っていく。

 

 「おい! あいつ避けてなくなかったか!? 大丈夫なのかよ!?」

 「あぁ、直撃したっぽいぞ!? ヤバくないか!?」

 

 人型、というか一応ヒトとはいえ使い魔の俺を心配してくれるなんて……あいつら良い奴等だな。

 顔は覚えておいてやろう。

 

 「いや……今のは……」

 

 「まさか……今の一瞬でゴーレムの反応が消えた?」

 

 何かを察したようなエルレイアと突如ゴーレムの反応が消えた事に気付いた教官。

 エルレイアはもしかして今のが見えたのかな?

 

 土煙が鬱陶しいので剣圧で吹き飛ばし視界をクリアにする。

 晴れた視界に、体の正中線に沿って両断されたゴーレムの姿が現れる。

 

 うむ。実に綺麗な断面だと思う。

 

 「うぇぇぇ!? いつ斬ったんですかゼクトさん!」

 

 他の連中も驚いてるけどリリアが一番驚いてるのがなんだかおかしい気分だ。

 しかし、ブレイブソウルとかいう魔法も凄いな。

 いくらレベル差があったとか、武器の性能が良かったとしてもあそこまで抵抗なく岩を両断出来るとは。

 自分の符術である剛力符とか使っても同じような感じなのだろうか。今度確認しておこう。

 

 「まさかゴーレムを一撃で破壊されるとは……。 文句無しの合格ですね。 貴方は英雄か何かなのですか?」

 

 「ただのサムライさんです」

 

 教官さんが感嘆の言葉と共に尋ねてきたのでそう答えてみた。

 しかし英霊って。 どこぞのアレを思い出してしまうな。

 

 リリアに視線を戻すとエルレイアを始め色んな生徒に囲まれて質問攻めにされているようだ。

 

 …………ドンマイ!

 

 

 隠形符を発動して俺は逃げよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「むぅぅ…………」

 

 「どうしました主? 頬っぺたが膨らんでますよ? リスの物真似ですか?」

 

 「違いますぅ! ゼクトさんに対する無言の抗議ですぅ! なんで助けてくれなかったんですか!?」

 

 「いやぁ、主が人気者になったんだと思って優しく見守ってみました」

 

 「嘘つかないてくださいよぉ!? あのあと目を離した隙にいなくなってたじゃないですか!?」

 

 「いましたよちゃんと。 隠形符というスキルで隠れてただけで、むしろかなり近くで見守ってましたよ」

 

 「もっとタチが悪かった!?」

 

 授業のあと我が主をスケープゴートにして乗り切った後、放課後になり不機嫌なリリアを巧みな話術()で説得しギルドへと向かっている最中。

 リリアからの信頼はともかく信用度がかなり下がったような気がする。

 間違いなく自業自得である。

 

 「はっはっはっ。 まぁそれは置いといて」

 

 「……」

 

 「主はどの程度、と言うかどんな魔法が得意なのですか?」

 

 「……ふぅ。 なんかゼクトさん相手に怒っててもキリがない気がする。 ……私は基本的にサポート型で攻撃支援や防御支援が得意ですね」

 

 ふっ、勝ったな。

 いや違う、そうじゃなかった。

 

 「攻撃系は使えないんですか?」

 

 「魔力弾くらいなら出来ますけど、それ以外は相性が良くないのか全然です」

 

 ちょっと申し訳なさそうなリリア。

 困り顔もなかなか可愛らしい。

 しかし、攻撃系はあんまりないのか。

 

 ん? 

 

 「じゃあレベル十八までどうやって上げたのですか?」

 

 「パーティーの時は後方支援で、一人で戦うときは自分に補助をかけて、魔力弾を使いつつメイスで殴打です」

 

 思った以上にアクティブな主でした。

 しかし、確かに理に叶ってはいるけどリリア接近戦出来るのか。

 どんくさ……じゃなくて苦手そうだけど。

 

 「あ、疑ってますねゼクトさん。 私こう見えても接近戦も出来なくはないんですよ」

 

 疑いの視線がバレたのかそう答えてメイスを振る真似をするリリア。その動きに説得力は無かった。

 きっと補助魔法が優秀なのだろう。

 

 

 やってきた冒険者ギルド。

 相変わらず事務が忙しそうである。

 そんな中ターシャさんを捕まえてマッチョに会えないか聞いてみるとダッシュで動いてくれた。

 実に良い人である。

 

 さっそくマッチョの部屋に案内され、困ったような表情のマッチョに出迎えられた。

 

 「……あまり来ない方がいいと話したばかりだと思ったのだが」

 

 「大変失礼しました。 しかし今回の話はギルドマスター殿にも益のある話ですので」

 

 「……取り敢えず話を聞こう」

 

 「この剣なのですが……ギルドマスター殿ならどの程度の値を付けますか?」

 

 マッチョと俺の間にあるテーブルの上に一本の剣を置く。

 やや細身の剣で鞘はうっすらと青みがかっており、なかなかの装飾が施されている。

 

 「これは……」

 

 マッチョはまず鞘を見て感嘆し、剣を抜き放って息を飲む。

 美しい刀身とその異常なまでの軽さ。

 手に馴染む感触も良い筈だ。

 

 「……純金貨で千枚といった所だ」

 

 「純金貨!!??」

 

 驚いたのはリリア。

 そう言えばここの貨幣基準がどんなものか分からんが、取り敢えずかなりの値段というのは分かった。

 

 「……ふむ。 それを五百で売るとしたらマスター殿は買われますか?」

 

 「これを五百……。 もし売ってくれるのなら買おう。 だが良いのか? ハッキリ言えばそれはかなりの損……貴殿に利益がないぞ。 これは下手をしたら国宝級の物だ」

 

 いえいえ、むしろタダ同然で手に入れているショボいドロップ品なので倉庫から掃けてくれて、さらに金になるなら万々歳です。

 

 「構いませんよ。 先行投資のような物でもありますから」

 

 「……恐ろしい男だ。 分かった。 直ぐに用意出来るのは前金として金貨からだ。残りは後日でも宜しいか? 勿論証文も用意する」

 

 「構いませんよ。 ではそれはそのままお渡しします」

 

 よし、商談成立。

 証文もあれば、後から性能が思ったのと違うとかごねられても問題ない。

 ふふふ、我ながら完璧だ。

 恩を売ることも出来たし、あの程度の武器で純金貨五百枚ならちょろいもんだぜ。

 

 前金として金貨三千を貰い受け、証文にもきちっとサインをして呆けたリリアを連れてギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……してやられたという思いが半分。……助かったという思いも半分、といった所か」


 「やはりこのタイミングで売り付けてきたという事は近々ある大討伐の情報を手に入れていたのでしょうか?」

 

 「そう考えるのが妥当だろう。 しかし、純金貨千枚と値切った値段を出してみた所が更に半分の値段で提示してくるとはな」

 

 ゼクトとリリアが後にしたギルドマスターの部屋。

 そこでギルドマスターとターシャが話し込んでいた。

 

 

 「ただ単にお金が必要だった……という訳ではないのでしょうか?」

 

 「それは無い。 この剣を国にでも売れば純金貨一万は固い。 それを五百だ。 あのレベルの男がそんな事に気付かない筈はない。 今度の大討伐での相手がワイバーンと知っているからの助力……。 そして私達ギルドへの大きな貸しだろうな」

 

 「その剣にそれほどの価値があるのですか!?」

 

 「あぁ。単純な造りや重さ、硬度だけではない。 私がわかる範囲で四つの特殊効果が付与されている」

 

 「……四つ。 伝説級の武器じゃないですか」

 

 「あぁ。 そしてこれを簡単に手放すという事はこれを手放しても惜しくないほどの物を持っているという事も十分に考えられる。 というか間違いなくそうだろう」

 

 ギルドマスターの言葉に全身が総毛立つターシャ。

 伝説級とはこの世界において武具の最高ランクに位置付けられる。

 高名な冒険者が一生をかけて手に入れる事が出来るかどうかという程の品であり、国単位でも十を超える量を所持している事はない。

 

 そんな品物をたったの純金貨五百枚で売り払う底の知れない男にターシャ、そしてギルドマスターも畏怖を覚えずにはいられない。

 

 (だが……これはチャンスでもある。 あの男と今後敵対しない方向で動けば良いと分かっただけでも収穫だ。 それに今回の大討伐であえて俺がこの武器で前に出てワイバーンを倒せばギルドの出費も抑えられる)

 

 経営者としての苦労も見える事を考えながらギルドマスターは後払いの金額に討伐の報酬を上乗せしてもいいか、等と考えを巡らせるのだった。

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