万屋奇譚番外編〜最終決戦編〜

Chapter•I〜Swaying thoughts〜

ある日の刀霊とうれいと花守の会話。

ここから物語は、現実は、理想は...終わりへと向かう。




*********




「少し、踏み込まれ過ぎたな...」


心を許す、とはこういう事なのだろうか?


{そのくらいが丁度良かったのではないか?お主にとっては}


肩に留まった黒蝶の声。


「どうなんだろうな?」


黒衣の者はふぅっと煙を吐く。


{祝杯をお主の店で、と言っておったなぁ...}


その時、抱きしめられた事は今でも覚えている。


{それに、友だと言うた花守達も...今は疎遠になってしまった者も居ようが}


分かってる。様々な出会いがあった。


花守になって色々な事を見て、聞いて、教えてもらった。けれど、今この時考えている事は誰にも言っていない。あの小鳥遊たかなしにさえも...


「...これでいい。情報が欲しかっただけなんだから...始めから、それだけの為に近付いたんだ」


言い聞かせるように、呟くように言うと煙草を吸う。


{それで良いと思うておらぬから、こうして作戦に参加しておるのじゃろう?}


お前の事はお見通しだ、と言わんばかりの口調。


「かもな。でも一番の理由は、影の討伐」


煙を吐き、少し暗い表情で淡々と告げる。


{それはすぐにでも叶うじゃろうて...もう、お主は負けんよ...鴒黎れいり


鴒黎と呼ばれた黒衣の者は、ふっと口元だけで笑い、


「買い被り過ぎだ。良くてぎりぎりってところだろ?」


言いながら煙草の火を消す。

すると、どこからともなく現れた赤黒い蜥蜴とかげが咥えていき、青白い火で跡形も無く吸殻を燃やしてふっと消えた。


{...戻るか?}

「ああ。よろず屋へはほとんど帰れないだろうからな...柊橋ひいらぎばしの小屋に、出来るだけ色々持って来るつもりだ」


黒蝶の言葉に頷き、歩き出す。


「ここからが本当の“復讐”の始まり...」


以前倒した霊魔は、自身とその周りに居た部下達と義両親りょうしんを傷つけ、殺した張本人。だがその機会を、きっかけを作った者の討伐はまだ終わっていない...


「そして、でもあるんだ」


何の、とは明確には言わず。

刀霊達はを分かった上で付き従う。

黒蝶だけは腑に落ちず、こうして時々試すように訊ねてくる。


{本当に、わらわとの“願い”はそれで良いんじゃな?}

「まだ変える予定は無い。それが一番良いと思うんだ...ありとあらゆる手段を使って調べて、辿り着いた俺の身体の秘密...それは知人に、友にとってあまりにも残酷だろうから」


そして自分にも。

だからこそ、そうしようと決めた...


この身体はもうこれ以上老化する事なく、人より長い時間を過ごす。

周りの知った顔は皆年老い寿命を迎える中、自分だけがそれを最後まで見送る事になる。


{童と共に来る事も出来ように...}


哀れみをはらんだ呟き。


「最終的にはそうするつもりさ...自害の意思が無ければ、だけど」


そのまま現世こちらにいる事に耐えかねて、生きる事に疲れた日が来るのなら。きっとそうするだろう...と。


{この国の、この世の行く末を見たいという思いも、あるのであろう?}

「あるよ。大規模な戦争が近いって噂もあるしな...文明の発達も見たい」

{...それらは童も見たいと思うておる。そのままお主について行くさ...それが例え、}


地獄の底。幽世かくりよの果て。この世の終わりだったとしても...


「...準備しよう。これで、良いんだ...」


最後は自身に言い聞かせるように、呟いた。

全ては仕事。任務。公務。はっきり分けておかなければ、依存する。考えてしまう。願ってしまう...だから、これで良いんだと言い聞かせる。何度も何度も...

正解だろうが不正解だろうが、答えの無い問いを考え続けるよりはマシだろう、と。

黒衣の者はふぅっと息を吐き、表情を消した。


「......さぁ、仕事だ。ここから先は戦場。戦いのみに集中しよう」


誰にともなく宣言。

そうしなければ刃は鈍り、動きは強張る。決心した筈の心も揺らいでしまうから...


そして一人の花守は戦いの中に自らを投じ、再び感情を、願いを心の奥底へと仕舞い込んだのだった...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る