弎ツ目〜鳳との邂逅•脱出編〜

目を覚ますとそこはどこかの屋敷内。


「ん...」


頭がくらくらする。状況を把握する為に身体を起こそうと動かす...が、手は後ろで縛られ、足にも縄...動けない。

確認できたのは床に転がされ、腰にあったはずの太刀と脇差が外されていた事。ここが和式の建物ではなく、大理石のような床のある洋館だという事だけだった。


少年は無事だろうか?

そんな事をまだぼんやりする頭で考えていると、こつこつと足音が近づいて止まった。

頭だけでそちらを見ると、革靴が見えた。


ようやくお目覚めですか...殿》

「誰、だ...?」


知らぬ声。意識を失う前に聞いたものと同じ...

声は質問に答えず、続ける。


《最近警告したのに、聞いて下さらなかったからですよ?》

「最近...?」


誰なんだ?何のことだ?


《私達の事を嗅ぎまわるからですよ?貴方の手下を動ける程度に傷つけて、帰してあげたというのに》

「......あれは、お前が...?」


ここ最近、この雑木林付近で相次いで霊魔が目撃されていた。

報告を聞いて不審に思った政府は調査を命じた。それを引き受けていた諜報員達は何度か調査に出向いたが、諜報員達が無傷で帰って来たことはなく、皆辛うじて生きている状態で現在も生死の境を彷徨っている...


《そうですよ?私達に近付けばこうなると教えて差し上げたのに。無視するから...》


目の前の男は溜息を吐き、鴒黎れいりの髪を掴んで顔を持ち上げ、覗き込んだ。


「っく...!」


生気のない、だが野心に満ちた顔で燕尾服を着た身なりの良い男。

しかし、見たことのない知らぬ顔だった。


《だからこうして長である貴方...よろず屋殿をってしまえば良いかと思いましてね?...おや、思っていたより女性らしい顔つきだ》


今度はにぃっと口元を歪めて嗤う。


「なら、あんな子供を使わなくとも、良かったんじゃないか?」

《子供?ああ!...あれは余興ですよ。ただ殺すだけではつまらないですから。あの親子は随分と役に立ってくれましたねぇ》


クスクス。


《...まだ役に立ってもらいますよ?これから、貴方の目の前で死んで頂きますから!》

「なっ...!」


すると目の前に親子三人が連れて来られた。


「花守さん!!」

《おや?誰が口を開いていいと言いました?》

「ひぃっ!」


ギロッと睨まれ、すくむ少年。

男は満足そうにそれを見て、向き直ると掴んでいた手を離した。


《これから私と勝負しましょう!内容はこうです。今からここに霊魔犬を数十頭放ちます。それを全て倒せれば、貴方達の勝ち。一人でも食い殺されれば、貴方達の負けです。どうです?簡単でしょ?》

「貴方?まさか...」

《そうですよ?よろず屋殿にはこの親子を護りながら戦ってもらいます...ふふふ。面白いでしょ?》


面白い訳がない。ただでさえ動きの素早い霊魔犬が数十頭...それを祓うだけでも骨の折れる作業だ。

男は続けた。


《ああ!ちなみに我が霊魔犬達は、狼に近いですので。一噛みでもされれば、肉は簡単に噛み千切られます》


ね?すごく面白そうでしょ?とにやにや嗤うと、こつこつと靴を鳴らして鴒黎の近くにしゃがみ込み、縄を切った。


《...はい。これで戦えるでしょう?ああ、武器はあそこに》


男が指差す先には階段。その上に、太刀と脇差が立てかけられていた。

警戒しつつ立ち上がり、自身の身体を確認。毒が抜け切れていないが、それ以外は問題ない。


《さあ、準備は整いました!今から放ちます...ふふふ。親子が喰い殺される前に武器を取り、霊魔犬を倒せるといいですねぇ》


それだけ言うと男は階段上に行き、文字通り高みの見物。

バンっと扉が開き、放たれる霊魔犬達。

迷っている暇も拒否する暇もない。


まずは親子のところへ行き、少年に小刀を渡す。


「いいかい?これで結界が張れる。君がお父さんとお母さんを助けるんだ」

「......わかった。花守さん、気を付けて...」


少年はぎゅっと小刀を握りしめて鴒黎を見送り、なるべく部屋の隅へと移動した。

鴒黎は襲い来る霊魔犬達を引きつけ、親子から遠ざける。

そのまま、太刀と脇差を取りに階段へと向かった。


《ほほぅ...始めはやはり武器調達しないとですよねぇ...》


男は愉しそうにその様子を眺めていた。それをちらりと確認して、階段を駆け上がる。

もう少し。あと、少し...


《ワフゥッ!!》


突如階段の窓から飛び出た霊魔犬に、腕を噛まれる。


「...っ!!」


無理矢理に振り払い、二刀手にして腰へと差す。

もう一度襲い来る霊魔犬を転がり躱し、抜刀と同時にその身体を切断。


《素晴らしいですね!!さっそく痛手を負ったというのに、反撃!いやはや、これはが喜んで実験する訳だ...》

「......、だと...?」


男の声に一瞬霊魔犬達から目を逸らす。


《おや?こちらを見てていいのですか?ほら、あの親子...ふふふふ》


男の声に、親子の方を見ると少年が結界を展開し、霊魔犬達の攻撃をしのいでいるところだった。


「花守さん!!壊れちゃいそう...」


不安げに訴える少年。


「今行く!りょく!!もう少し持ち堪えてくれ!」

〔はいにゃ!〕


碌と呼ばれた猫又がいつの間にか少年の足元へと現れ、その霊力を結界へと注ぐ。


霊魔犬達を斬り、時に避けて親子の前へとたどり着いた。


「よく頑張ったな...あとは俺がなんとかしよう」

「花守さん、でも、腕が...」


鴒黎の左腕からは血が滴り、服ごと一部の肉が喰い千切られていた。


ほむら

『応』


焔の憑依。喰い殺そうと迫って来ていた霊魔犬を三頭同時にほふる。


「心配しなくていい。すぐに、終わらせるから」


少年の方を見たその眼はあかくろ

優しげな表情で少年へと答えた後、霊魔犬へと太刀を振り下ろす。

親子を背に庇った状態で、太刀を振るっていく。


《ふふふ...いつまで耐えられるかな?》


パチンと男が指を鳴らすと、霊魔犬達が一斉に鴒黎と親子に向かっていった。


《この数、流石に捌き切れないでしょう?》


愉しそうに見下ろした。


(くそっ...何としてでも親子は...守る!)


親子の周りは碌の結界に任せ、自身は正面を狩る。

ちらりと振り向くと、少年が不安そうにきょろきょろと見回していた。


〔れいを信じるにゃ!〕

「......う、うん。わかった」


碌には隙をついてここから脱出するようにと伝えてある。

もちろん、親子を連れて。


向き直れば、数十頭の霊魔犬。中には少し大きな個体も紛れていた。

先ずは早い四頭が襲い来る。

横に薙いで斬り祓うと第二陣。

左右と正面から大口を開けて迫り来る。

右と正面は返す刀で薙ぎ祓い、左は軽く歯が当たったもののその勢いのまま斬り祓う。

第三陣、第四陣と息つく暇もなく霊魔犬は向かって来る。

素早く太刀を右に左に動かして振り祓うも、徐々に押され始めて傷が増える。

それを見ていた男は大いに悦び嗤い、親子の方を攻めていた霊魔犬達は結界が破れないと分かると鴒黎の方へと集中しだした。


「...今だ!碌!!」

〔......うぅ!でも、れいが...〕

「迷うなっ!行けっ!!」

〔はいにゃっ!お前達、行くのにゃ!!〕

「でも、花守さんっ!」


碌は鴒黎に叱咤され、親子を逃がすべく結界を解いて出口へと駆け出す。

少年は一瞬心配そうな顔を鴒黎へと向けたが、決心したように両親と共に出口へと駆け出した。


《おや...そう来ましたか...》


ふむ、と腕組みして親子と碌を見る男。

霊魔犬達に追わせることもできただろうに、それをしなかった。


《いいでしょう。親子は諦めます...さぁ、貴方の力はそんなものではないでしょう?見せてください!!!》

?お前は、やはり...っ!!」


襲い来る霊魔犬達の勢いが増し、咄嗟に左腕で庇う。

その腕はもう上げているのがやっとなほどに血が流れ、所々肉が喰い千切られていた。

太刀を出鱈目に振るい、その場から遠ざかる。

追う霊魔犬。足に、脇腹に、腕に。咬みつき、爪で裂く。

それを振り払い、引き剥がして違う部屋へと逃げる。

扉を閉め、更に奥へと走る。


『鴒黎。身体が持たぬぞ』

「わかってる...」

《鬼ごっこですか?いいでしょう。私はこの屋敷のどこにいても貴方達がますからね...》


ふふふ、と愉しそうに嗤う男の声は、屋敷のどこにいても聞こえてきた。


廊下の奥。先程閉めた扉を破ろうとする音が響く。


「はぁ、はぁ...」


滴る冷や汗。乱れた呼吸。流れる血...

一度深呼吸。目の前の扉を開けると、背後から扉を破る音。すぐに部屋へと入る。


そこは倉庫のような場所。窓が一つと埃を被った何かが置いてある。


(一旦、外へ出るか...?)


ドンドン。ガリガリッ...

扉が破られるのは時間の問題だろう。

窓に手をかける。はめ殺しのようで開かない。

太刀の柄頭を使って窓を叩き割る。

バリンッという音とバンッという音が同時に鳴る。


《おや?外へ行くのですね...仕方ない。私も出ましょうか...》


男の声。背後に迫る霊魔犬をちらりと確認し、割った窓から外へと転がり出る。


「...っ!」


瞬時に立ち上がって雑木林の中を走る。


《ガルルッ!》


すぐに追いつかれ、左右からの攻撃。

太刀で薙ぎ払いながら足を止める事なく疾る。


《ふぅん...霊魔犬はあと数体...中々やりますねぇ》


男はゆったりとした口調で急ぐことなく鴒黎を追った。


「はっ、はぁ...っ!」

《ギャインッ!》

《ガルルッ!!》

「んっ!!」

《キュウッ!》


霊魔犬はあと一頭。一際大きな個体が残った。


『そろそろ限界だ、鴒黎よ。お主の身体が保たん』

「...も、もうすこ、し...」


本当は立っている事さえ辛い...が、ここで食い止めねば被害が拡大する。

最後の力を振り絞り、太刀を構えたその時。


《ガウッ!グルルッ...》

「な、なんだ...!!」

《地震...?》


地響きと共に鴒黎と霊魔犬、男が立っていた場所が陥没。地下へと落ちて行った......





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