其の玖〜再契約〜

これは、百鬼 律なきり りつ –––彼女と約束を交わした後の、お話......





花守公務を休みにしたその日、以前から考えていた事を実行することにした。

もちろん約束の事もあるのだが、復讐を終えた今、確認しておきたいと思ったからだ。


‪「ほむら、本体起こして。話がある」‬

‪『はい』‬

‪「...お前達。しばらく、部屋に入るなよ?」‬

‪[分かった]〔はいにゃ!〕‬


刀霊の‪そうりょくに声をかけ、太刀を持って自身の部屋へと入った。‬


‪「......さて」‬

‪『何用だ?』‬


‪部屋にはぎりぎり入る大きさの、黒い狼が鎮座していた。

それを見上げて、用件を告げる。


‪「...お前と契約し直そうと思って」‬

‪『はは!突然何を言い出すかと思えば......何故、‬‪今頃になってそんな...ああ、あの女子おなごか』‬

‪「それもあるが...あの時はお前が一方的にしたようなものだろ?承諾したのは俺だけど。それにその時の要求は達成したし」‬

‪『そうさな。まぁ、あの時は器に死なれては困ると思うたまで。本来の契約と違っていた事は認めようぞ』‬


‪にいっと口を歪めて嗤う焔‬。

分かっていて、今まで黙っていたのだろう。

あわよくば身体を奪い取る為に。


‪『...それで?どうするつもりだ?あの三つの刀霊のように仲良くなど、我‬‪には出来ぬぞ?』‬

‪「そんな事は分かってる。だから、上書きする事にした」‬


‪こちらもにやりと笑う‬


‪『ほぅ、上書き...再契約を選ぶとは。して?内容は?』‬

‪「俺からの要求だった“復讐”は終わった。だから今度は“俺の身体を乗っ取ろうとしない事”」‬

‪『それだけか?』‬


焔の問いに頷いて続ける


‪「その一点のみ。他は今まで通りで良い」‬

‪『ははは!余程あの女子おなごとの契りが大切とみえる...良いだろう。お主と我の再契約を認めてやろうぞ』


豪快に黒い狼が嗤うと、部屋が振動で少し揺れる。

その様子に顔を背けて、頭を掻いた。


まさかこうもあっさり受け入れるとは思わなかった。

やはり物の怪のような、神に近い存在の考えることはよく分からない...


‪「...受け入れてもらえなくとも、力尽くでやったけどな」‬


呟いて苦笑し、儀式の準備を始めた。

耳飾りを外しベッドの上へ無造作に置くと、部屋には自身の霊力と、それに少し妖力が混じった力が充満する。


『いつも思うが、お主のその力はやはり欲しいのぅ...』


舌舐めずりをするように呟く焔に目もくれず、準備を淡々とおこなっていく。

‪次に漆黒の太刀を抜いて焔の目の前に置き、自身は胡座をかいて、太刀を挟んで向かい合って座る。

‪指を少し刃に当てて血を出し、呪文のようなものを刀身に書きながら、言霊を紡ぐ‬


‪“我、汝と契約せし者なり‬

‪夜闇のように黒き身体、燃ゆるような紅の瞳‬

‪圧倒的な力、他者を寄せつけぬ速さ‬

‪その全てを捧げよ‬

‪我が盾となり、刃となりて力を振るえ‬

‪我に誓いしその身を賭して、我の糧となれ”‬


言い終わると、血で書いた呪文のようなものは刀身に吸い込まれていく。

すると、刀身が一瞬鈍く光り輝いた。


『...ここに再契約は叶った。我は汝の望みを叶え、決してその契りを違えることはないと誓おうぞ、鴒黎れいり

「ああ。これからもよろしくな、焔」

『無論。、な......努努ゆめゆめ忘れる事なかれ...』


言い終わると、またにやりと笑ってからすっと消えた大きな黒い狼。

鴒黎は太刀を鞘へ納め、ふーっと息を吐く。


(流石は神に近い存在。霊力かなり持ってかれたな...安倍晴明はこんなのを十二体も使役してたのか...)


苦笑。自身の持っている全ての霊力をつけて、この契約を押し通した。


こういった存在は必ず契約で動くので、一度しっかりと契約さえしてしまえば、絶対に破る事はない。

破れば、自分が欲しいものも手に入らなくなるからだ。


しかし、たった一体と契約するだけでここまで疲れるとは思わなかった。

通常の刀霊との契約とは違うのだな、と改めて実感する。

だが疲労とは裏腹に、気持ちはすっきりとしていた。


「...これでようやく一歩、かな...?」


あの約束を違えぬように、見失わぬように...

その為の、第一歩。



ゆっくりと立ち上がり、耳飾りを付け直す。

すると部屋に充満していた霊力が全て消える。


「...焔。悪ぃ、ちょっと霊力に当てすぎたかな?」

『いえ、このくらいなんともありませんよ。主人あるじ

「そっか。お前じゃ平気か...」


普段の焔に話しかけ、微笑む。

ドアを開けると蒼と碌がなだれ込んできた。


「......お前らなぁ...」

〔えへへ...気ににゃって〕

[...ごめん]

「まぁ、終わってるから良いけど」


刀霊達へため息交じりに話しかける姿は、穏やかだった。

それを見て、二人は安心する。上手く行ったのだと...


こうして焔との再契約は滞りなく終了した。


今までは復讐を果たす為の力が欲しいがために、それ以外を不要としていた契約。

達成されれば、あとは乗っ取られようがそのまま傍に居ようがどうでもよかった......筈だった。


花守を始めて、色んな人と出会って。

情報収集目的だったのが、いつの間にやら友が出来たり、お互い助け合ったりするようになっていて。

それまで触れられた事のない、心の奥まで踏み込まれて動揺したり。

復讐を終えてからは、人として生きたいと願うようにもなって。

少しずつだが、自身の希望や願いが分かるようになってきた。


人になるには、まだまだやる事もある。

今まで不要だと抑え込んでいた感情を少しずつ、出していく。

未だに“笑う”という行為についてはよく分からないし、人同士の触れ合い方や友とは何かなどを学んで行こうと、そう思った。


今からだって、遅くはないはず。ここから始めればいい。

そう決意して...


「...始めるぞ?」

〔はいにゃ!〕

[分かった]


どことなく、すっきりとした表情の主人を見て、刀霊達は返事をした。


主人が決めた道ならば。

どこまでもついて行こうと、決めていた。



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