其の捌~童歌~

〈通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神さまの細道じゃ......〉


少女は謡う。森へと続く細道の入り口で、童歌を。

黄昏時に、夜間外出禁止令が出ているというのに親も見当たらず。

少女は謡う。寂しげに、儚げに。


〈ちっと通して下しゃんせ 御用のないもの通しゃせぬ......〉



------



その日、よろず屋を営む鴒黎れいりの元へ舞い込んだ一つの依頼。

それはある山近くの村からのものだった。

〈霊境崩壊〉後、これが初めての一般市民からの依頼だろう。


「......なるほど、分かりました。今日から早速調査に入りましょう」


依頼人はそれを聞いて安心した表情で店を後にした。


〔どんな依頼なのかにゃ?〕


依頼人が去った後、刀霊のりょくが鴒黎に問いかける。


「夕暮れに森へと続く小道で少女が童歌を謡っているから、それが霊魔や幽霊なんじゃないかって不安なんだそうだ」

〔わらべうた?かごめとかかにゃ?〕

「題名は分からないけど、聞いた事があるから多分童歌じゃないかって」

〔ふぅん?じゃ、現地へ行かにゃいとわかんにゃいのか!〕


実際にその小道のそばを通った住人達が少女を目撃し、歌を聞いた。

もちろん、見た事のない少女だったので、声もかけたらしいが...


「...こちらを見たけどすぐに視線を外して、続きを謡っていたそうだ」

〔それで気味悪がって、幽霊じゃにゃいかってことに?〕

「そういう事。着てるものが赤い色の着物で、髪が真っ黒で長く、同じく真っ赤な髪飾りを付けていたそうだ」


そんな見た目で、しかも夕暮れ時に一人でいる少女。幽霊や霊魔の類だと思われても仕方ないだろう。


『今日からそちらへ出向くので?』

「そのつもりだ。村に泊まれる空き家があるそうだから、解決するまではそこで生活する事になるな」

〔にゃあも行って良いのかにゃ?〕

「何があるか分からないからな、今回は全員で行く」

〔やったにゃ!〕


嬉しそうに跳ねまわる猫又を見ていた少女姿の刀霊・そうがそれを宥めて、鴒黎とほむらは今後の予定を立てる。


「ほら、いつまではしゃいでんだ?行くぞ?」

〔待つにゃ!!〕


一行は慌ただしく現場へ向かった...



着いた先は小さな村。そこには畑や田んぼが並び、山に近い事もあって多数の抜け道や小道があった。


「例の少女の出る小道は...」

〔こっちにゃ!〕


予め貰っていた地図を確認していると、横から碌が覗きこみ、勢いよく進んでいく。

それに付いて行くと、一本の寂れた小道に出た。


〔いかにもって感じがするにゃ...〕

「お前がそう言うなら、そうなのかもな」


元々が妖怪である碌がそんな事を言うのが少し可笑しくて、苦笑い。

見たところ人通りの多い場所でもないし、近くに民家もない。

確かにこんな所に少女が一人で、しかも夕暮れ時に居るのはおかしい気もする。

真昼間の今、子供達は思い思いに遊んでいるし、その少女の事を聞いても誰も知らないと言う。

目撃者に話を聞いて回るが、皆口を揃えて霊魔か幽霊じゃないかと言うのに対して、ある老人は違うかもしれないと話をしてくれた。


「あん子はもしかしたら、この山の神の使いじゃないかと思う」

「山の神の使い?どうしてそう思うのです?」

「言い伝えじゃよ。この山の神は大層子供が好きで、不慮の事故や病気で亡くなった子供を使いとして山に住まわせ、時々村に連れてくるんだそうだ」

「山神と一緒に来るのでしょう?」

「その筈だが、あの子ははぐれて迷っちまったんでねぇかな?」

「山神の元へ還れなくて、隠世かくりよ現世うつしよの境が曖昧な黄昏時に現れる、と?」

「んだ。でも、最近は霊魔も出るし...よく分からねぇから依頼ばしたんだ」

「そうですか...貴重なお話、ありがとうございます」


山神の使い。豊作を願った祭りの時期になると男の子は白装束、女の子は赤装束で現れて、村の子らと遊んだり、老人達と話をして還るとの事。

神聖なものならば、丁重に扱わなくては後々村に災いが降りかかりかねない。


すでに祭り自体は終わっている為、もしも本当に使いの子なのであればはぐれて迷っているのだろう。

取り敢えずは夕暮れ時を待って、その少女を視てみない事には対処のしようが無い。

ひとまず借りた空き家に戻り、情報整理をする事にした。




夕暮れ時。再び昼間に来た寂れた小道を訪れた。


〈通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ...〉


聞こえてくる童歌。小道の入り口に少女が一人、しゃがんでいた。


「君、迷子なのかな?」

〈......〉


話しかけると謡うのをやめてこちらを見た。

透き通った黒い純粋な瞳。白い肌に小さく紅い口。

どうやら瘴気もないし、気配も霊魔のそれとは違うようだ。


〈...お姉さん?お兄さん?花守?〉

「花守だよ。俺は鴒黎。君の名は?」

〈れいりお兄ちゃん...私、山神様に使える童。名前は、言っちゃいけないの〉

「そうか、分かった。こんな所にどうして居るんだい?」

〈山神様、いっぱい使いの者が居るから、私を見てくれない。すねて出てきちゃった...そしたら、還り道、わからない...〉

「今頃探しているかもしれないよ?どうやって来たかは覚えている?」

〈ここ、通って来たの。でも、途中までしか行けない...〉


少女の話を聞いて一緒に行ってみようと提案すると、少女はこっちと道案内をしてくれた。

暫く小道を進むと、森の中へ入り、祠が見えて来た。

その祠の前で少女は止まり、鴒黎を見上げた。


〈ここまでしか行けない。この先に山神様の住まいがあるのに...〉

「来るときは何もなく来れたんだね?」

〈うん。来れた。皆と一緒の時は還れるのに...〉

「その時の事、思い出してみて?」

〈うん...えっと......みんなでお祭りみて、お話して、遊んで...この道からこの祠まで来て、それで、それで...〉


その先は思い出せないらしい。うんうん唸って悲しげに俯いた。


「大丈夫。俺も還る手伝い、するから...何か持っていた物とかは?」


少女は首を振る。何も持っていなかったと。

この祠に仕掛けでもあるのだろうかと、辺りを見回すも何もない。

中も霊力のようなものはなく、神気が少し漂っていた。


「何もないし、持つ物もない...となると後は...」

〈あとは、えっと......いつもみんなでお歌謡って、遊んでた〉

「んー......それかもしれないな。ここで謡ってみてくれる?」

〈わかった〉


少女は祠に向かって歌を謡う。


〈通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ

 ちっと通して下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ......〉


すると祠の後ろの崖に入口が現れて、中から神々しい気をまとった青年のような老人のような不思議な風体のものが現れた。


【やあ、紗代。探したよ...現世こっちに居たんだね...】

〈山神様!!ごめんなさい、私、見てほしくて、構ってほしくて...〉


少女は男に抱きついて必死に謝った。

どうやら山神様が直々に迎えに来たようだ。


〈あのね、この、花守さん...れいりお兄ちゃんが一緒に来てくれたの〉

【そうだったのか...お手数掛けたね、鴒黎。この子はしっかり連れて還るよ。他所よそから来た君が居るという事は、何か騒ぎになってしまったのだろう?村の者達にもう心配することはない、と伝えてはくれないか?】

「ええ。もちろんです...よかった、これで還れるな」

〈うん!ありがとう!〉


礼を言うと少女と山神は祠裏の入り口から隠世かくりよへと還っていく。

それを見送り、元来た道を帰ると歌が聴こえた。


〈通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ

 ちっと通して下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ......〉


その歌は先程までの悲しげなものとは違い、嬉しそうに、楽しそうに森に響いた。



村へ戻るとすっかり日が落ちてしまった為、報告と帰宅は翌日にしてその夜は眠りに付いた。



翌朝。さっそく村長達依頼人がどうだったかを聞きに来て、事の詳細と山神の伝言を伝えた。


「そうでしたか、それはよかった。霊魔だったらどうしようかと不安でしたが、そうかそうか...」

「これで少女はもう出ては来ないでしょうし、山神様も村に迷惑をかけたと謝ってらっしゃいました」

「山神様が謝るこたぁねぇのになぁ...まあ、解決して良かった。ありがとう、よろず屋の旦那」


後で聞いた話だが、その村では“とおりゃんせ”を謡う事を禁じていた。

その歌は山神様の使いの子達の道しるべであり、神聖なものだからだという事。だが、既にその言い伝えも知っているのは村の年寄りのみとなってしまった為に、今回の事でもう一度しっかり言い伝えていく事になったそうだ。



------



〈通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ

 ちっと通して下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ〉


山神様の神域で子供達が遊んでいる。

向かい合った二人の子供がアーチを作り、その下を他の子供達が列を作ってくぐっていく。

その間“とおりゃんせ”を最初から謡っていき、歌の終わりにアーチがおりて、その下にいた子供がつかまるという遊び。

山神も子供達も楽しそうにしていた。


〈この子の七つのお祝いに お札をおさめにまいります 行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ......〉 

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