其の漆〜月夜の晩に〜

満月の今宵

神聖な空気に包まれた、山中の小さな湖


巫女装束のような、舞を踊る為の衣装を身に纏った細身の影

長い黒髪を一つに束ね、紅をさし、舞用の化粧を施した凛とした顔

片手に鈴を。片手に扇子を。

足元には白い足袋を。


湖面にそっと足をつけると波紋が広がる

そのまま歩いて中心へ。身体は湖面に浮いたまま


りん、しゃん、と鈴が鳴る

月へと手を伸ばし、広げた扇子を翳す

りん、しゃん。しゃん、しゃん、りん。

上へ下へと扇子が、鈴が舞う

湖には波紋が広がり、波打つ月が映る

りん、りん、りん。しゃん、りん、りん。

響くは鈴の音、見えるは月明かり

くるくると、ひらひらと。

りん、しゃん、しゃん。りん、しゃん。

ふわふわと、するすると。

聴こえるのはすすきの葉音、視えるのは舞を舞う姿

りん、りんりん。しゃん、しゃんしゃん。

しゃん、しゃしゃん。りん、りりん。

鈴を掲げて動きが止まる

風も、すすきも、木の葉さえ。

全てが止まり、静寂が訪れた


それは一瞬。

風が吹いた、そう思った時

湖面に居たはずの人影は姿を消し、残ったのは響いた鈴の音の余韻のみ


満月は誰も居ない湖面を優しく照らした...

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