其の陸~雑木林で~
思い出とは言っても、初めて任務についた時にこの場所だったという程度。
「......」
その日は少しイラついていたのもあり、出てくる目玉をひらすらに刺していたのだが近くで大きく膨らむ気配に飛び退き、太刀を構え直す。
「...なんだ?」
気配は次第に形を成していき、四つん這いで目玉だらけの塊となった。
振り返るようにこちらに向き直り、身体の真ん中にある大きな口をがばっと開けて走り出した。
こちらへ向かっては来るが、目的は後ろに現れた野良犬だったようだ。
野良犬をひと口で咥えると、ばきばきぐちゃぐちゃと骨の折れる音と肉を喰らう嫌な音をさせた。
「...食事は済んだか?」
言いつつ、太刀を抜いて構える。目玉の霊魔はこちらへ向き直ると、一瞬身体を震わせた。
「なっ!?」
震わせた身体には、新たに目が二つ増えた。
喰らったものの目を増やしていく類のものであったか...
霊魔は気味の悪い動き方で、こちらへ走ってくる。
次第に近づく霊魔に合わせて、態勢を低くして力を込める。
霊魔が通り過ぎる刹那、すっと横に避けて太刀を振り上げた。
霊魔は二つに割れて、一つは転がり。もう一方は態勢を保ったままふらついて止まる。
血を払い、振り返ると両方ともまだ動いている。態勢を保っていた方はこちらへ走ってくるので、躱して動けないでいる方へ向かう。
近くへ行くと、目玉が一斉にこちらを向く。しかし起き上がれずにじたばたしているだけ...
気持ち悪いのと少し哀れだなと思いつつも、一際大きな目玉へ太刀を刺した。
ぶしゅっと飛び出る血に、顔を顰めつつも太刀を押し込んで引き裂くように抜いた。片方はこれでもう動く事はない。
もう片方はふらふらと向きを変えて、全ての目玉で睨みつけてくる。
「......」
こちらも無言で睨み返すと突如霊魔が膨れ上がり、変形した。
それは先程喰らった犬のような形で、本来顔のある部分には大きな口。
背中には巨大な目玉。全身は細かい目玉だらけだった。
「更に気味悪ぃな...」
瞬間、先程とは比べ物にならないくらいの速度で大口を開けて迫ってきた。
間一髪のところで避け、攻撃をあてるも傷は目玉をいくつか潰すだけだった。
「っち!これじゃだめか...」
先程と同じように巨大な目玉を潰さないと倒せそうにないが、背中にあてるには上から行くしかない。
何か気を引ける物や、目潰しができればいいが...ん?目潰し...
「...これなら!」
目玉犬を避けて、木に飛び乗ると流石に登れないらしく、下の方でぐるぐると回っている。
その間に懐から試作品を取り出し、口でピンを抜いて投げる。
自身は
「...どうだ?」
下を視ると、目玉犬は全ての目玉を閉じてのた打ち回っている。
作戦は成功したようだ。これは使えるので、量産しておこうなどと考えつつも木から飛び降りて霊魔に近づき、巨大な目を突き刺した。
びくびくと身体を震わせて絶命。その瞬間霊魔の身体は消え去り、辺りには喰われた者の骨や目玉が転がっている。
「......さて、後片付けの時間だ。
〈は。ここに〉
「道具の準備と事の報告を」
〈御意〉
伝令を託して、黒手袋をはめる。
手際良く一か所に目玉や骨、肉片など拾える限りのモノを集める。
傀が戻ったところで人が通らないような場所を選び、穴を掘ってそれらを埋め、手頃な大きさの石を墓石代わりにして置いた。
「遺留品等は無かったから、無縁仏で。推定数二十人ってところか...」
言いながら、煙草を取り出して一服する。
〈御意〉
傀はすぐに報告の為に消え失せた。
暫くの間、誰も居なくなった雑木林で煙草を吸う。
「こんなに背の高い木が多かったのか...」
『
「初任務で。地べたしか見てなかったなぁって思って」
ふぅと煙草の煙を吐き出すと、
暫くして
「帰るか...」
独り呟き、その場を後にする。
すると、雑木林の奥の方で誰かの呼ぶ声がする。
近づいていくと、何かがこちらを見て呼んでいるようだった。
≪おいで、おいで≫
どうやら見知った者の姿形を取りたかったようだが、鴒黎には効かない。
常に記憶等を見られぬように術をかけているからだ。
「んー...霊魔って化けるの下手なの?」
思わず出来損ないに首を傾げて聞いてしまった。
どう視ても瘴気をばら撒いているし、見た目も人間のようで違う生物だった。
しかし、手招きでこちらを呼んでいるし、被害があってはいけないので大人しく付いていくことにした。
暫く歩くと広場のような場所に着いた。
「こんな場所があったのか...」
≪こっち。おいで≫
霊魔は広場の奥で止まると、振り返って嗤った。
≪みんなで遊ぼう?≫
「みんなで?」
警戒して、太刀の柄に手をかけたその時。
広場中に霊魔が湧いて出て来た。
「そういうことか...」
鯉口を切って抜刀。近寄ってきた霊魔を片っ端から斬り祓う。
次第に広場の中心へ追いやられていき、身動きが取れなくなっていく。
「っち!きりがねぇ...」
≪あそぼ、あそぼ≫
≪たのしいよ、とおくへにげよ?≫
≪あそぼ、あそぼ≫
霊魔達は手を伸ばして、鴒黎の身体へ触れていく。
太刀を振るっていたが、霊魔の数が多すぎて動けなくなり、地面へと身体ごと倒される。
かろうじて左手だけは外へ出ていたので、何か掴める物が無いか探す...
「ごほっ!かはっ...」
大量の霊魔の中で瘴気に焼かれていく肺と気管。思わず咳き込み、吐血する。
四肢の感覚も無くなっていく...
≪あそぼ、あそぼ≫
≪ぜんぶわすれて、らくになろう?≫
「ぜんぶ、わすれて...?」
薄れゆく意識の中、甘い囁きが聞こえ、かろうじて出ていた左手も動きを止める。
≪そうだよ、おいで≫
≪わすれよう、ぜんぶ≫
「...わすれ、る...?」
急に左手が冷たい何かに捕まれると同時に、周りに居た霊魔達が一斉に居なくなる。
ぼんやりとした意識の中で目の前に霊魔の顔が現れ、それと同時に身体が引きずり上がった。
≪さあ、おいで≫
「......」
それも良いかもしれないな、とぼんやりした思考で考えていると、そのまま身体が引かれる。
≪じゃあ、いただきま...≫
『戯け!!目を覚ませ!』
「!?」
焔の声に意識が覚醒。同時に目の前に動かぬはずの右腕と太刀が見え、霊魔の首が飛んだ。
『あのまま堕ちるつもりだったのか?』
「......わかんねぇ...」
『まあ、よい。今回は大目に見てやろう...』
一度過った“堕ちる”という考え。それは紛れもなく、自身の精神の弱さなのだろう...
周りの霊魔達は頭を失い、右往左往しながらも目の前の人を喰らおうと向かってくる。
「烏合の衆相手なら、なんとかなるか...」
『退屈させるなよ、雑魚共が...』
鴒黎は太刀をしっかりと持ち直し、雑魚を蹴散らしていく。
正面、突き。そのまま太刀を斜め右上に滑らせて、右の首を刎ねる。
左に振り下ろして袈裟切りにした後、振り向きざまに一閃。
踊るように、舞を舞う様に。太刀で霊魔を刎ね飛ばし、斬り裂いていく。
最後の一体を屠り、その場に立つ者は鴒黎のみとなった。
「はぁ...数が多かった...」
『久しぶりに暴れられたわ...くくく...』
「それはよかったな...」
誰も居ない事と、霊魔と瘴気が消え去った事を確認して憑依を解く。
無理やり動かない四肢を動かした反動と、憑依の副作用でその場に倒れ込んだ。
「久しぶりに...やらかしたなぁ...」
誰も居ない雑木林で独り呟く。
その声はどこか楽しげでもあった。
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