其の伍〜万屋誕生譚〜
花守を影ながら支える家系の末裔として育てられた
しかし、その反動なのだろうか...
全く感情を表さない子供になってしまい、そのまま大人へと成長した。
裏の世界で生きる者として、特に感情を必要としなかった為に誰もその事を指摘する者も居なかった。
これは、そんな鴒黎が十五、六歳の時の話......
「
「今日は霊魔の足止めと骸の片づけだ」
「御意」
その日もいつも通り、指示をもらって現場へ行く。
そこで霊符を所定の位置へ貼り、その先に霊魔が行かないようにする。
その後は花守達が霊魔を倒すので、邪魔にならないように待機するか、先に骸の回収及び簡易的な墓を作る。
「......」
「なぁ、あんた新入りだろう?」
「ええ」
「臭い気になったり、気持ち悪くなったりしないのかい?」
「もう慣れました」
「そ、そうかい...君、いくつ?」
「十五程かと」
「十五!?その歳でこんなことしてるの?」
「ええ、仕事ですから」
「...仕事って、他にも色々あっただろう?学校とか...」
「全て師か
「...そうかい、じゃ...」
「おい!お前誰に話しかけてんだ!」
「え!?」
「そのお方はな...」
「!?し、失礼しました!若!」
「......」
いつもこうだ。話しかけられるのも面倒だが、この諜報部隊の長の
それで話が切り上がればそれでもいいのだが、そうでない時は面倒だ。
媚び
幸いな事に今回は何も起きずに話を切り上げてくれた。そのまま作業を進めると、ひそひそとささやき声が聞こえる。
「...どうして学校へ行かないのだろう?」
「噂だと人間の子供ではなくて、霊魔と人の間に産まれたって...」
「そんなことできるのか?」
「噂だよ、噂。それに霊魔じゃなくて妖怪だって話もあるし、いつまでも人間にこんなことさせない為に動く人形を作るって話もあったな...」
「若、いつも無表情だよな?作りモノっていうのは
ある日突然現れて、学校へも行かずに仕事をしている子供。その情報だけで色々な噂が立つのは当たり前の事だった。
いつもの事なので全く気にはしない。もう慣れた。
作業を終えると、そそくさとその場を後にする。
帰宅後。
「
「お前もそろそろこちらの仕事だけでなく、他の事もしてみてはどうかと思ってね」
「他の仕事、ですか?」
「そうよ。私の喫茶店を手伝ってくれても良いし、この稽古場を使って何かしてもいいし」
「......今の仕事で十分な気もするのですが...」
「人と接する事をもっと学んでほしいと思ってね、どうだろう?」
「人と接する事...?」
「例えば...そうだな、喫茶店の店員は人と話すだろう?」
「はい。話しますね」
「話すときは笑顔を作ったり、声色を変えたりする」
「そうなのですか...」
「そうだよ。鴒黎、お前にもそういう事を学んでほしい」
「笑顔や声色を変える...」
首を傾げて考える。人間と関わる事などこの仕事ではあまりない。
なぜ必要なのだろうか?
「これから先、霊魔が出なくなる未来が来たら、この仕事はなくなってしまうだろう?」
「そうですね」
「その時に、この仕事以外に何も知らないって事になったら、次からどうやって生活していく?」
「......分かりません」
「だから、今のうちから色々試してほしいんだ」
「色々、試す...?」
「そう。色んな事を経験してみるの」
暫し考え、色々と経験できるような事を自分の知識の中から探した。
「...では、人から相談を受けるのはどうでしょうか?色々な依頼を遂行するのです」
「良い考えだね。人から相談や依頼を受ける...『万屋』というのはどうかな?」
「万、屋...?」
「万というのは無数にとかたくさんって意味だ。だから色々な事をする商売や、色々な物を売る店の事をそういう風に呼ぶんだ」
「それで私がやろうとしている事を『万屋』と...」
「そうだ。どうだい?やってみるかい?」
「......はい!やってみたいです」
「そうか。それなら、この稽古場を改築しよう」
「最初は、喫茶店の一角でいいんじゃなくて?」
「それもそうか...そうだな、最初は一角でやると良い」
最初は誰も相手にしなかったが、徐々に興味本位で寄ってくる喫茶店の客が相談してくるようになった。
初めての相談内容は「子供が飼っていた猫が逃げたので、捕まえて来てほしい」だった。
しっかりと特徴や名前、好物や嫌いな事などを聞いて探しに行った。
一日かけて探し歩き、見つけて連れ帰った時には大層喜ばれた。
「まぁ、ありがとう。これ、お礼ね」
そう言って依頼者が渡したのは、小遣い程度のお金。それでもしっかりやれたと自信をつけた。
その後は愛想が悪いと言われれば、鏡の前で笑顔の練習。
淡々と喋るものだから、親身になってくれていないのでは?と疑われた事もあったので、声色を変えて喋る練習もした。
月日は流れ、簡易的な万屋は大層繁盛しだし、本格的に稽古場を改装して始める事となった。
そこで、これまで一般客を対象として来た相談事を『視える』人間に向けて行うように切り替えた。
これは、花守になれそうな人間を探す為の事でもあったし、鴒黎自身含めて視える人間がどの位居るのかの調査も兼ねていた。
その際に本当に『視える』のかを試す為に、
設置には天皇陛下の許可が必要となる為、一度陛下の所へ
「...以上が、我が息子の商売の詳細であります」
「...陛下。何用にございましょう?」
畏まって聞くと、条件があるという。
「して、条件とは?......私が、でございますか?」
言われた条件は二つ。
一つは陛下の命は絶対で、何よりも優先すべし。これは世代交代後も同じ。
もう一つは陛下と内閣総理大臣およびその代理人である者の命を聞く事。その内容は一点のみ。
「陛下や総理に仇なす者を排除、でございますか...?しかも方法は問わず、後処理は政府や宮内庁で行うと...」
排除せよ...つまりは殺せという事だ。
陛下の暗殺や殺害を企てた者、反逆の意志のあるもの全てとの事。
「...命が下り次第、順次対応して参ります。本日は許可を頂き、またこのような若輩者に命を下さり有難うございました」
恭しく礼をして、部屋を出る。
他言無用。すれば死刑。それを分かっているので、誰もないも言わずに帰路についた。
これから先、〈霊境崩壊〉で大きく運命が変わるとも知らずに始めてしまった万屋。
もし、この時に違う仕事を選んでいれば、何かが変わっていたかもしれない...
鴒黎を取り巻く運命の歯車が、一気に廻り始めた瞬間だった......
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