其の肆~公務に商談~

ある日の早朝。鴒黎れいりは花守公務に出ていた。


「ここか...」


そこはデパートだったであろう廃墟。

瘴気が色濃く残る。


「順に視て行くか...」


まずは廃墟の周りに何も無い事を確認する。

入り口に戻って、中の様子を伺う。

いくつか霊魔の気配がするくらいで、人の気配はしない。


『この後商談ですよね?』

「そうだな、さっさと終わらせねぇと...」

〔そう簡単に行くかにゃ?〕

「不吉な事言うなよ...」


この後は貿易関係の商談がある。先方にはすでにこの夕京で起きている事を話してあるので、多少の遅れは大目にみてくれる。

それでも性格上遅れる事には抵抗があるので、早めに片付けるに越したことはない。


「行けるのは二階までってところか...」

『崩れていて危ないですね』

せきが見てくるかって言ってるにゃ!〕

「そうか。じゃ、上を見て来てくれるか?」


蜥は頷くとりょくの肩から下りて、二階へ向かって行った。


「それじゃ、一階から視るか...」


少し進むと人型霊魔が現れた。

漆黒の太刀を抜刀。

構えてからすっと姿勢を低くして踏み込み、距離を詰めて一閃。

首が落ちると黒い霧となり霧散した。

それを皮切りに続々と霊魔が現れては向かってくる。


「...ふっ!」


漆黒の残像が消える前に、流れるように屠っていく。

最後の一体を屠ったところで蜥がやってきた。


「...ご苦労。二階の方は何体居る?」


言いながら、血が自分に付かないように気をつけて払い、納刀。

蜥は碌のてのひらの上で、前脚を使って数を書く。


〔...十体にゃ!〕


それを読み取った碌が、鴒黎に向かって得意げな顔をする。


「なんでお前が見て来たみたいに言うんだよ...」

〔えへへ。いいじゃにゃーか!〕


蜥は理解してもらって満足げに少年姿の碌の肩へ移動した。


「最近仲良いな、お前達」

〔ん?そうかにゃ?〕


小首を傾げて鴒黎を見る碌は、猫耳が生えていなければ普通の少年そのままだ。


「...じゃ、上も見てくるか」

〔行こう行こう!にゃーもたまには使ってほしいにゃ!〕

「お前を使うときは、相当の窮地だぞ?」

〔えぇ~!!普通に使ってくれればいいのに~〕

主人あるじは大抵の事はこなしてしまいますからね...』

「ほら、行くぞ」

〔待ってぇ~!〕


二階へ向かう為、階段を上る。そこまで劣化は見られないが、用心して進む。

到着した二階は、屋根がほとんど崩れ落ちていた。


「...気配はあるが、まだ姿が視えないな」

〔この先だって蜥が!〕

「わかった」


瘴気が濃くなり、注意して進むと霊魔が視えた。

踏み込んで太刀を抜刀した瞬間、一体目の霊魔の首が宙を舞う。

続け様にもう一体の首も飛んだ。

霊魔達は何事かと慌て始めるが、何が起こっているのか理解できずにいる...


≪---!!≫


何体かが奇襲に気づいて雄叫びを上げるが、鴒黎は無視して次の霊魔の前へ移動。


≪!?≫


逃げる事も攻撃する事も出来ずにただ目を見開く霊魔の顔は、恐怖すらも浮かべる事が出来なかった。

左斜め上からの振り下ろされる刀。全てが遅く見えるがほんの一瞬の出来事。

そのまま刀は左斜めに首へと入る。痛みを感じる事もなく、自分の視界が徐々に下へと向かっていく不思議な感覚。

そこから先は何も感じなくなった...



霊魔を三体屠ると、振り返って後ろに居た一体を横薙ぎに祓う。

ようやく全ての霊魔が敵の存在を認識したが、残り六体となっていた。


『返り血、気をつけた方がよろしいかと』

「分かってる...これでも気をつけてる方だぞ?」

『ええ、そうですね。前回と違って付いてませんね』

ってなんだよ...次、行くぞ」


この後の商談の為に背広スーツを着て来ているが、前回は違う商談相手の所へ行く際に、血まみれで行って大層驚かれた。

前回と違って今回は初めての相手だ。いくら理解してくれたとは言え、やはり気にしておかないと。


慌てていた霊魔達は一斉に向かって来ていた。


≪---!!≫

「何言ってんのか分かんねぇなっ!」


言いつつ、太刀で薙ぎ祓う。五。

空いた左手で銃を取り出し、後ろにいる数体を足止めする。

その間に、右から来た霊魔は視る事もせずに太刀を振って、胴体を二つに分ける。六。

怯んだ霊魔の心臓を二体まとめて貫いて、斬り裂く。七、八。残り二体。

淡々と霊魔を屠りつつ、返り血が付かないように気をつけていく。

残りは左右から向かってくる。一体は銃で牽制。もう一体は太刀を振り下ろして縦に両断。九。

向き直ると銃をしまい、低い姿勢で太刀を横に構えたままじっと待つ。


≪---!!≫


雄叫びを上げて走ってくる最後の一体に対して、少し右へ避けて一歩前へ。

勢いよく走ってきた霊魔は、太刀に触れた途端上下で二つに分かれた。十。これで終わり。

周囲の気配は完全に無くなり、静寂が訪れた。

立ち上がり、血を払って納刀。

自身を見渡して、返り血が腕に付いている事を確認。これくらいなら問題ないだろう。


「...さて、行くか」


呟いて、入り口へ。

外套インバネスを脱いで、背広スーツの上着を羽織る。

瘴気の処理依頼を霊子通信にて行って、商談先へと急ぐ...



到着したのは港に近いカフェ。

商談相手はもう席に座っていた。


「...遅刻か?」

『いえ、少し時間がありますね...』


カフェに入ると、相手側が手を振っている。

それに応えて、席へ向かう。


初めまして、靭鴒黎と申しますПриятно познакомиться, меня зовут Йин рейри.本日は日本へお越し下さり、ありがとうござСпасибо, что пришли сегодня в Япониюいます」


流暢なロシア語であいさつをすると、相手も言葉を返し、商談を進める...


数時間後。快くこちらの言い分を聞いてくれ、無事に商談は成立した。


では、またご連絡致しますТогда я свяжусь с вами снова

とても良い取引でしたОчень хорошая сделка


相手と握手を交わして、見送る。

これでまた誰ソ彼喫茶やよろず屋に、新しい商品やメニューが並ぶ事だろう。

それに今回は医薬品の提供も視野に入れてもらったので、花霞邸かすみていの医療部にも卸せそうだ。


「...さて、これで今日の予定は消化した訳だが...」

〔帰るのかにゃ?〕

「見回りしてから帰るか...」

〔わーい!寄り道にゃ!!〕


まだ陽が傾くには時間が早い。

夕京をふらっと歩くのもたまには悪くないか、と回り道をして帰る事にした。

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