第拾肆話~未来と笑顔~

鴒黎れいりが目を覚ましたのは、それから五日後の事だった。

目を開けるとそこはいつか見た天井。

またか...と思いながら、周囲を目だけで見渡してみる。

前回と同じ部屋のようだ。違うのはベッドに寝かされている事と、脇差に小刀が二降り置いてある事、りょくそうせきがこちらをじっと見ていた事だった。


〔れい!!起きたか!?起きたにゃ!!〕

[...碌。飛び跳ねない。傷に障る]


寝ている横でぴょんぴょん跳ねる少年姿の碌と、それを注意する蒼。

蜥は枕元でちろちろ舌を出して鴒黎を見ていたが、起きた事に満足したのか小刀へ戻っていった。


「......どのくらい、寝てた?」


まだぼんやりする頭でそれだけ問う。

あの爆破の後、花守が数名居たような記憶は残っている。

聞き覚えのある声はしたが...それが誰だったのか見る前に意識が飛んだ。


[五日間。外傷は殆ど治ってて、肺も問題ない。あとは肋骨の骨折が少しと魂の、精神の傷がもう少しかかる]

「五日か...そのくらいで済んだんだな...」


〈霊境崩壊〉時には約一カ月ほど寝ていた事を考えると、随分と成長したのだなぁと呑気に考える。

寝ていた身体を起こそうと力を込めると、だるさと肋骨の痛みで顔をしかめた。


「っつ...」

〔無理に起きちゃだめにゃ!傷が開くにゃ!〕


慌てて蒼と碌が背中を支えて、なんとか起き上がる。


「悪ぃ...ちょっと身体の状態を確かめたかった...」


起き上がって腕や上半身の状態を確認する。まだ肋骨が治りきっていない所為で捻る事はできないようだ。腕や足には違和感はない。

そのまま立ち上がろうとするが、ふらっと倒れそうになる。


[寝てなきゃだめ。あれから何も食べてないし、治療も終わってない]

「ありがと、蒼。流石に歩くのは無理だったか...」


行けそうな気もしたんだけど、と蒼に支えられながらベッドへ座る。

すると蜥を肩に乗せた花守と医者がやってきて、診察を始めた。

蜥が視える者に頼んで医者を呼んだらしい。

満足げな顔をして再び小刀へ戻る。

医者は鴒黎の身体を一通り見ると、寝ているようにと告げて花守と共に去っていく。


[ほら。大人しくしてて]

「...わかったよ...」


ベッドの上に座って大人しくしている事にする。後であの廃墟に行って、埋めた子供の遺体を移してやらないとなと考えて、ふと自分の言った言葉を思い出す。


(なんで、“母さん”なんて...でも...)


その答えは、すぐにやってきた。


あるじ。言われていたですが...〉

かい。続けて」

〈は。主の読み通り、は複数の霊魔の集合体でした〉

「...やはり...殺されたっていう村の連中の遺体を吸収した?」

〈そのようです。廃墟の痕跡に術をかけて調べました。一番強い肉体と精神が具現化していたようで、肉体はもちろん元花守の物。精神は...〉


そこで傀と呼ばれた人と見間違う姿の式神は、鴒黎を見て言葉を切った。


「どうした?」

〈...いえ、顔色が優れないようでしたので〉

「...大丈夫だ、続けて」

〈は。精神の方ですが、元花守のモノが具現化していたようなのですが、記憶を辿ると主の生みの親の精神が、微かに残っていた事が分かりました〉

「やはり、あのとき感じた不思議な気配...それにずっと監視してると言っていた、あいつの行動に納得がいった...」


そう。復讐したいだけなら、四六時中観察しなくても良いはずなのに。成長をずっと見守っているかのような行動が不自然だと思っていた。それが傀の説明で腑に落ちた。

子の成長を見ていたかったのだろう...


〈...以上が、今回調べた事になります。子供の遺体ですが、孤児院の子供達と大人が代わりに埋葬を行ってくれたようです〉

「そうか、あの子達...あとで墓参りに行かないとな...」


苦笑し、分かったと告げるとすっと人型の式神は姿を消した。


「...霊魔になっても、俺の事を見守りたかったのか...?」


傀の気配が無い事を確認し、独り呟く。

顔を伏せ、長い髪を片手で掻き上げながら思考するが、目覚めたばかりで情報の整理が追い付かない。


[母親、だから...ずっと傍に居たかったんだと思う]

「蒼......」


自分と重ねているのだろうか...

蒼の声に顔を上げると、どこか寂しげに呟くように言った。


[顔色悪い。身体に障るから、今日はもう寝て]

「そうする...」


蒼に言われるまま、だるい身体を横にして眠りにつく。はその日は見ずに済んだ...




それから更に三日が過ぎた頃。瘴気に侵された魂の一部は治っていないが、すでに肋骨は再生し、歩く事も鍛錬する事も可能になっていた。

身体の回復は医者も驚く速度だったが、鴒黎には普通の事だった。


「そろそろ帰りたいんだが...」

「...私は何ともいう権利がないので、麗華れいか様に伺ってください」


もう私にできる事はないので、ここへは来ません、と告げて帰る医者を見送る。

よろず屋に戻るだけなのに...またお伺いを立てに行かないとならないのか、と内心ため息を吐きつつ、麗華様の元へ向かうべく花霞邸かすみてい内を歩く事にした。

今回おとなしくしていた事もあって、監視が付けられる事はなかった。

念のために脇差に太刀、小刀や自分の荷物は全て持ってきている。


〔れい、まさか...〕

「ダメだった場合は、な」


いたずらっ子のような顔でニヤッと笑う


『...凝りませんねぇ...』

「そうでもしないと怪我が治りきるまではって言われそうだし...過保護なんだよなぁ...」


特に陛下が、と周囲に聞こえないくらいの声で呟く。

なるべく陛下には会わずに帰りたい。

麗華様の滞在する部屋へ着く。扉をノックし、部屋へ入る。

数分後。部屋から出てきた鴒黎はぽかんとした顔をしていた。


「...まさかこんなにあっさり許可が下りるとは...」

『珍しいですね。以前のように脱走される方が困るのでしょう』


条件をつけられる事もなくあっさりと帰る許可を得た鴒黎は、そのまま花霞邸を後にし、よろず屋へ帰って行く。


「今帰った」


誰ソ彼喫茶の入り口からよろず屋へ行く際、店員達に短く挨拶をする。


「お帰りなさいませ!」

「ご無事で何よりです」


店員達は口々に労いの言葉をかけていく。それを聞きつつ、相槌を打ってよろず屋へ入った。


「...なんだかものすごく久しぶりな気がする」

〔まあ、実際二週間ちょっとだったけどにゃ〕

[色々あったから、そう感じる]

「.........これで、本当に終わったんだよな...?」


少しの沈黙の後、思わず呟く。

あまりにも実感がない。

〈霊境崩壊〉からを倒すまで、あっという間に過ぎた気がする。

今までを倒す為だけに全力を注いできた反動なのだろうか?これからは何をすれば良いのだろうかという虚無感が襲って来る。


主人あるじはいつも通り、花守公務もよろず屋や喫茶店の仕事もこなしていけば良いのですよ』

[そう。今までと何も変わらない。やる事は一緒]


蜥もうんうんと頷いている。


〔にゃーはよく分からにゃいけど、ずっと一緒にいるにゃよ!〕

「お前はいつもそうだよなぁ...」


碌の頭を撫でつつ、思わずクスッと笑う。

それを見た蒼や碌、刀に居る焔までもが息を呑むのが分かった。


「ん?どうした...?」


その様子に気づいて、きょとんとした顔で刀霊達を見る。


〔れいが、れいが...〕

[ちゃんと...]

『笑いましたね...』

「...なんだよ、おかしいか?」

〔おかしくないのにゃ!もっと、もっと笑うにゃ!〕

[ちょっとじゃなくて、もっと。笑った顔、すごく素敵。いつも口元だけで微笑んでたから]

「!?お前ら、なんなんだよ...」


刀霊達に口々に言われて少し恥ずかしくなり、顔が赤くなる。

そんなに笑った事が無かったかと思い返してみる......ない。記憶になかった...

微笑む事はする。それは仕事や人と話すときくらいで、主に対人関係を円滑にする為の行動でしかなかった。

少年時代に少し笑った記憶があったが、それも褒められたから笑顔を作ったにすぎない...要するに知識として知っていたから行動しただけなのだ。

だから、心の底から楽しいと思って、嬉しくて笑顔になった事はない。

......そもそも楽しいとか嬉しいとかって、なんだ?


「...なんだろうなぁ...?」

〔にゃにが??〕

「あ、いや。なんでもない」


考えていた事が思わず口に出た。それよりも、と話題を変える。


「何か依頼が来ているかな...」

〔もう仕事するにゃか!?〕

『戻られたばかりですし、整理くらいで今日はお休みになられては?』

「いや、でも...」

[でも、じゃない。万全にしてから仕事すればいい]


従業員達もやってくれているんだから、とドアの外を指さす蒼。

そのドアの向こうからは、従業員達が心配そうにこちらを見ていた。


「あ...悪い癖、だな」


ばつが悪そうに頭をかきつつ、心配するなと手を振って従業員達を下がらせる。


「...わかった。今日は整理するだけにしよう」


刀霊達には整理するだけだと伝えて、自身に言い聞かせるようにもう一度声に出した。

机の上の書類を手に取ると、仕分けていく。


「ん?これは...」

『どうされました?』

「いや、山郷へ向かう前に碌に店番頼んだ時の依頼だな、と思って...」


少し前の依頼が混ざっているのは珍しい。

ぺらぺらと依頼書をめくると、一つの依頼で手が止まる。


「............碌」

〔にゃ、にゃに...?〕


鴒黎に呼ばれた碌は、その雰囲気が怒りに満ちている事を察知し、ぶるっと身震いした。


「どうしてこの依頼受けた?」

〔ど、どれにゃ...?〕


依頼書を受け取って見た碌はあっと声を上げる


〔これは...その...〕

「“その”?」

〔えっと...だから...〕

『面白半分でしょうね...』

〔焔!にゃんでほんとの事をさらっと...〕

「“面白半分”でこれ受けたのか?」

〔ひゃい!!ごめんにゃさいぃぃ!〕

「こら!待て!!」


脱兎のごとく逃げていく碌を追いかけて、捕まえるとはぁとため息。


[何の依頼?]

『...遊郭で人手が足りないから、という依頼です』

[...運営側、じゃない...?]

『そのようですね。これは...』

「みなまで言うな...」

〔ごめんにゃさいぃぃ...下ろしてぇぇ...〕

「...受けちまったんだ、とりあえずやらねぇと...」


ぼとっと碌を床に落として盛大なため息。依頼内容の日付は明日...


〔ぎゃ!?痛いにゃ!〕

「お前も手伝えよ?」

〔ひっ!?わかったにゃ!だから、だから刀しまってほしいにゃ!〕


こうして慌ただしくよろず屋の一日が過ぎていく...


未だに収まる事のない〈霊境崩壊〉の影響。

自分にできる事を行っていこうと決めた鴒黎は、これからも花守として戦っていく。

いつの日か、仲間と共に笑って過ごせる未来を掴み取る為に。



                              万屋復讐譚・完


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