万屋奇譚番外

其の壱〜とある一日〜

今日は朝から一日、花守公務の予定で支度を行う。

和装に着替え、髪をまとめて結い上げる。

太刀と脇差を腰へ、小刀やその他多数の武器類を懐や至る所へ装備。

持てるだけの色々な備品も準備。

この時間は誰ソ彼喫茶は開店前なので、裏口から出て行く。



調査依頼のあったカフェに到着。


[...霊魔の気配は無いみたい]

「だな...ん?」


カフェの中は、がらんとしていて静かだった。

そうも感じていたらしく、今日は霊魔退治は無しかなと帰ろうとしたところ、一輪の紅い花が目に入り、手に取って眺める。


「また曼珠沙華リコリス・ラジアートか...よく見るなぁ」


このところ続けて三回見ているので、霊魔に殺された人間にはこれを供えるのか?などと考え、その場を後にする。


時間がまだ余っているので遠回りしていると、寂れた神社を発見。

鳥居の前まで来ると、先客がいた。


(こんなところに神社があったのか...ん?誰かいる...あれは椿殿?何をしているのだろうか?)


鳥居から椿殿が見えたが、特に手助けは必要なさそうなのでそのまま神社を後にする。

少し歩いていると、見晴らしの良い丘が見えてきた。


『今日二人目の花守ですね』

「そうだな…」


ほむらに言われて視線を移すと、司暮殿が神霊晶に夕陽を映しているところに遭遇。声をかけてみる。


「そろそろ日が暮れますよ、司暮殿」


声をかけると、司暮殿はこちらを見て微笑んだ。

ふと、先日の事を思い出し、


「...ああ、そうだ。先日、司暮殿に会った後、千利殿にお会いしました。千利殿、司暮殿との約束を忘れてしまった事を『不義理をしてしまったようで申し訳ない気持ち』だと仰ってましたよ」


すると司暮殿は少し気を落としたように返事をする。


「私は気にしないと申し上げたのですが...。ふむ...千利さんの前ではもう少し明るく振舞うことにします」

「そう気を落とされなくとも...司暮殿は今のままで接していた方がよろしいかと思います」


千利殿は鋭いお方だ、気づかれてしまいますよと忠告も添えて言葉を返した。


「確かに。それでは余計に気を使わせてしまうかもしれませんね」


何か考えているようだったが、りょくを見て頷き、


「態度でなく、行動で示すべきでしたね...思い出を一から積み上げる覚悟がある事を......靭先生の店で果物を取り寄せて頂けますか?それと、猫又殿をお借りしたいのですが...」

「ええ、果物でしたら仕入れがあるので問題なく...碌を、ですか?」


何か策でもあるのだろうかと一瞬戸惑いはしたが、言葉を続けた。


「大丈夫ですよ、碌」

〔司暮と一緒に行けばいいのかにゃ?〕


碌を足元に呼んで、司暮殿の前へ向かわせると、司暮殿は策の内容を語る。


「手筈はこうです」


一、大きめの果物の中身をくり抜いて器と蓋を作る

二、器に猫又殿を入れて蓋をする

三、千利殿の前でおもむろに蓋を持ち上げて腰を振って踊ってもらう


「果物と猫が好きな千利さんは喜びます」


良い策だと思ったのか、とても自信ありげにこちらを見ている...

鴒黎と碌は一瞬固まり、言葉を無くす。


〔それはやっちゃだめにゃーー!〕


一瞬の間をおいて叫ぶ碌。それを聞いて鴒黎も考え直すことを提案。


「...えっと、うん。考え直しましょう?司暮殿?」

「...はい。流石にこの策は、猫又殿に負担を掛け過ぎかも知れませんね」


暫し考える司暮殿。そういうことではないのだが...と思うが黙っておく。


「先生は確か、喫茶店もされていましたよね?一日だけ貸し切りにして頂きたいのです。そこで、猫又殿を愛でながらフルーツを味わえたらなと...」


今度はまともな案がきたので一安心。


「ええ。喫茶店の貸し切りは可能です、フルーツの調達も問題なく」

〔それにゃら、千利ちゃんと思いっきり遊べるにゃ~!〕


尻尾を振って喜ぶ碌。それを見て、司暮殿は碌の顎を擦りながら


「千利さんとお出掛けする約束をしていたのですが、行き先が未定だったので...今日先生にお会いできてよかった」

「そうでしたか...偶然とはいえ、行き先が決まって良かったです」


おかしな方向に話が行ってしまう前に、司暮殿の意見に賛同しておく。

それにしても、貸し切りだなんて桂の家は相当に裕福なのだろうか...


〔ん~...司暮も猫撫でるの上手いにゃぁ...〕


碌は司暮殿に甘え始めた。が、司暮殿は目を潤ませている。

理由を聞くと野良猫が懐かなかったそうだ。


その後、司暮殿を落ち着かせ、その場を後にした鴒黎は廃病院近くを通る。

すると、廃病院の中から大声が聞こえてくる。

慌ててそちらへ向かうと、三吉殿が狭い場所で薙刀を振り回していた。


「あああああ!!室内いやだあああああ!!!」

「三吉殿!?そのように暴れては危ないです!」


声をかけると、他にも宗一殿や千利殿、先程別れたはずの司暮殿まで来ていた。


「うおお!?俺の叫ぶ声そんなにでかかったか?!こんなに駆け付けてくれるのは嬉しいけど!!!」


そう言うと、三吉殿の後ろで霊魔を刺していた宗一殿にすまんと声をかけ、


「どうしても室内戦は苦手で...今回ばかりは頼むわ、こいつら質量で襲ってくるから手を焼いてた、俺危なかったかも」


言い終わると宗一殿に背を預けたまま、自分と千利殿に向かって頭を下げた。


「ところで桂さん!俺の名前は!!!!!!」


了解しましたと三吉殿に伝え、三吉殿と司暮殿のやりとりも気になったが、今は霊魔を殲滅する事に集中する。

その間に司暮殿は「奇行種の...」と言いつつちらちら三吉殿を見ていた。


「なんだその奇行種ってどこから来た!!!!!宗一、俺の間合いをちゃんと見てろよ!靭さん、菱さん、俺に近づかないでくれよ!くっそワラワラどっから湧いてくるんだこいつら!」


司暮殿と会話しつつ、こちらにも気を配って戦う三吉殿。

なるべく薙刀を使わないようにしつつ、司暮殿ごと霊魔の足払いをしたのが目に入った。


「何というか...すぐに暴力を振るうのはよくないと思うんですよね」

「ああ、その通りだ桂サン。すまん...」


三吉殿が司暮殿の腕を引いて立ち上がらせると「その奇行種ってどっからきた?????」と言いながら、司暮殿の手を握りつぶしている。

「身から出た錆では?」と返す司暮殿に霊魔の巣窟と化した廃病院で相撲を始める二人...

千利殿は呆れた様子でそれを見ながら霊魔を祓いつつ、問いかける。


「あの人ほんまに私の婚約者なんです?ちょっと自分の選択に自身が無くなってきたわぁ...」


問われた鴒黎は現状が現状なだけに言葉が思いつかず


「まぁ...大丈夫では...??」と生返事をし、一人三吉殿のそばで戦う宗一殿に対して「宗一殿!そちらは大丈夫ですか?」と声をかけた。


「靭さんも自信なさげやんか~!」


返答した千利殿は「宗一?さんは大丈夫そうやけど、三吉くんが厳しそうやね」と初めて宗一殿を目撃していた。


「はいっ!こちらは大丈夫です!数が多いので相手方も下手に切りかかってはきません!」


宗一殿は霊魔の間を縫うように進み、確実に霊魔の脚の腱を切っていた。


一方、司暮殿と三吉殿は病室の床に転がり、

「なかなかやるな...」「へっ、お前もな...」と会話をしつつ、「いい勝負だった、またやろうぜ...」と三吉殿が手を差し伸べお互いに支えあい立ち上がるが、

「とでも言うと思ったのかコンチクショウが!!!」

そのまま一本背負いされる司暮殿...

この状況ですごい事しているなぁと周りの状況確認を兼ねて、横目で見る。

自身は太刀だけでは埒が明かないと判断し、脇差も抜いて霊魔を一掃する。今日初の霊魔殲滅作業だ。身体を動かせて少し満足する。

あらかた片付いたので、三吉殿の方を見ると、外套インバネスを着るのも忘れて戦っていたようで、着物がボロボロなうえに肌が火傷のようになっている。


「宗一、良い動きだ。本当に助かった、靭さん、菱さん...ついでに桂さんもありがとな!名前覚えて貰えなくたって有難いわ!」

「柔道家」

「さんきちだあああああああああ!!!ってかそんなことしてる場合じゃ...!」


一瞬にして正気に戻る三吉殿


「...落ち着いたかな...皆大丈夫?」


「......うん、私は平気」と神妙な顔で答える千利殿。


「とりあえず回復はそっちに任せて......そういえば、宗一くんって言ったっけ?初めまして、私、菱千利と申します」


千利殿は宗一殿と交流している...返り血まみれな宗一殿は「こんな姿ですいません」と謝りつつ挨拶していたが、挨拶が終わるや否や三吉殿に駆け寄り「三吉様ッ!?」と三吉殿の爛れに目を見開いていた。

それを見て、三吉殿と宗一殿の傍へ行き、


「回復しますので、こちらを」

「回復...?凄いな、いいのか?お、俺さ、刀持った事なくて...どうしたらいいんだ?」

「そのまま、握っていてくれれば大丈夫です」

[そのまま持ってて]


三吉殿に脇差をそのまま渡し、握らせる。そこへ蒼が現れ、脇差と蒼の手元が青白く光る。


[これで大丈夫]


光が収まると、爛れた部分や傷は元通りになった。


「な、え?すっご...」と暫く放心する三吉殿。両手で持った脇差をこちらへ出すと、緊張していたのか指が中々開かないでいた。


「刀こえええええ...軽過ぎで俺が持つとおってしまいそうだわ...」

「そんなにすぐには折れませんので、大丈夫ですよ」

「そ、そうか。えっと、この子に有難うって伝えて?」


返り血まみれの顔で、少し微笑み脇差を受け取る。

四人を眺めるように見まわした後に軽くため息をつく三吉殿。


「室内戦での乱闘は困るなコレ、みんないつもより血まみれだわw...いやーほんとありがと。心の底から俺やばかったわ...」


心配していた宗一殿に向かって


「宗一殿、この通り三吉殿は無事ですよ。宗一殿も治療しましょう」

「この脇差を持てばいいのでしょうか?」


脇差を持った宗一殿も傷が回復する。


「これは......とても驚きました。痛みが消えて傷が癒えてゆきます...。有難うございます」


軽く微笑んで脇差を返した宗一殿に


「申し遅れました、靭鴒黎じんれいりと申します、宗一殿」


二人は仲がいいのですね、と一言残し、


「じゃ、これで失礼しますね」と廃病院を後にした。

その後ろでは、宗一殿が深々とお辞儀している気配があった......




帰宅した鴒黎達はなんだかとても忙しかったと振り返り、風呂へ入って刀を清め、そのまま眠りについた。




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