第拾参話~現在と未来~

ほむらを憑依させた鴒黎れいりは、愉しそうに元花守の霊魔を見ていた。


≪貴様、調子ニ乗ルナヨ......---!!≫


突如咆哮を上げる霊魔。

それに応えて低級霊魔がわらわらと集まる。


「っち!往生際の悪い...」


悪態を吐きつつも霊魔の群れを迎え撃つべく、太刀を構え直す。


≪フフフ...足掻ケ!今ノ貴様ナドソイツラデ十分ダロ?≫


その間に回復を図る霊魔。

鴒黎は横目で確認しつつ、向かってくる霊魔の群れに斬り込んでいく。


「...このままだと、完全回復されるか?」

『いや。この程度の量では、よくて本体の傷が塞がる程度だろうて...』

「その前に、片付けるしかないか...!」


歯痒さが残るが、今は霊魔雑魚共を殲滅する事に専念する。

居住区へ入り込んでしまえば大きな騒ぎになるので、その前に食い止める必要がある。


「ふっ!」


一体ずつ、なんて悠長な事はやってられない。目の前の霊魔の首をまとめて五、六体分刎ねた。そのまま太刀を持ち替え脇差を抜いて、向かって来た霊魔の胴を裂く。腕をへし折り、足を刎ね飛ばす。

後ろから頭目掛けて来る攻撃の気配。姿勢を低くして避けるが、少し当たり髪留め辺りを切られ、髪が広がる。一部切られた髪が舞うが、気にせずしゃがんだまま回転するようにして、振り向き様に斬り裂いた。


「.........」


最早どちらが霊魔か判らぬほどに惨忍な殺し方をしていく。徐々に霊魔の返り血で着物や顔が染まっていくが、それに構っている暇もない。


「......ぐっ!」


最後の一体の悪足掻きで爪が頬を掠めるが、避けるの同時に太刀を横薙ぎに一閃。霊魔を真っ二つに裂いた。

霊魔の大群は数十分ほどで死体の山となった。

髪の色は中程なかほどまでに達しようとしている...


「...はっ、は---」


肺に穴でも開いたのだろうか?上手く呼吸できない...

いくら身体強化しているとはいえ、流石に体力を消耗する。痛覚も遮断されているが、怪我が治ったわけではない。

回復していた霊魔は未だ動かずにじっとしており、傷は半分ほどが塞がった程度だった。


「...このまま、切り掛かって...勝算はあるか?」

『やめた方がいいだろう...こちらを見ていないとはいえ、すぐに反撃に合うだろうて』


廃墟への“仕掛け”は終わっている。後は誘導するのみだが...


脇差と太刀の血を払って納刀し、足元に落ちている瓦礫の欠片を拾う。

何度かてのひらで感触を確かめるように、上に投げては取ることを繰り返す。そしておもむろに霊魔に向かって投げた。


《...モウ終ッタノカ。仕方無イ、傷ハマダダガ体力ハ大分回復シタノデナ...》


飛んできた瓦礫の欠片を目を瞑ったまま掴み、ゆっくりと目を開けた。


「...っち。やっぱダメだったか...」

(分かってはいたが...やはり、誘導した方がいいか?)


『...上手く誘導できるとよいなぁ?』

(...読めてるくせに、わざわざ口に出すな...)

『ふふふ...たまに出てきたんだ、このくらいの事は許せ。お主は本当に細かいのう...』

「......からかってる場合じゃねぇだろ」


焔の態度に若干苛つきつつも、どうやって霊魔あいつを誘導するか考える。

その間に霊魔はゆっくりとこちらを向いた。


『そのまま殺り合っておれ。我が上手く導いてやるぞ...』


言い方が不穏だが、今持ち主を失うのは焔にとっても得策ではないはず。ここは従おうと決め、霊魔に向かって行く事にした。


≪何ヤラ作戦会議カ?悠長ナコトダ...≫

「......」


無言で霊魔を睨み、乱れて浅くなった呼吸を整える。

漆黒の太刀を再び抜刀し、飛び出す。

霊魔は残った右腕を振るってくる。

ガキンッと太刀と爪の激突する音がし、両者が後ろに仰け反った。

霊魔は爪を、鴒黎は太刀を。それぞれぶつけ合っていく。

その攻防は最早一般人には見えぬほどに高速なものとなっていた...


≪コノママデハ、埒ガ明カヌナ...≫

「...奇遇だな、同じ事、考えてたよ」


一度お互いに距離を取って、再度睨み合う。

ふと後ろを確認すると、廃墟の入り口がすぐそこにあった。


『そら、しっかりここまで運んでやったのだ、感謝しろよ?』


ククク、と笑う焔本体。

鴒黎自身は戦闘に精一杯で気がつかなかったが、焔は憑依しているので上手く運んでくれたようだ。

霊魔がこちらへ歩みを進めたのを確認して、廃墟へ向かって走り出す。


≪今度ハ鬼ゴッコカ?≫


歩き始めていた霊魔は、そのまま廃墟へ入った鴒黎達をゆっくりと追って来た。

鴒黎は太刀を納刀し、朽ちかけた階段脇に身を潜める。

そこで小ぶりの神霊晶を取り出し、霊魔に聞こえぬように小さく呪文を唱え“仕掛け”を発動させる為の最終準備を行った。


≪...カクレンボカ?オ遊ビニ付キ合ッテヤルホド暇デハナイゾ...≫

「...逃げも隠れもしないさ」


霊魔が廃墟の中心付近へ入った事を確認し、潜んでいた場所から出て行く。

それも、無防備に納刀したまま。


≪...ナンダ?命乞イデモスルノカ?≫

「いや、それもしない。お前に命を乞うなら、死んだ方がマシさ」

≪...フン、面白イ。ナニカ策ガアルノダナ、乗ッテヤロウジャナイカ≫

「ノリが良くて助かるな...」


お互いに口元に笑みを浮かべ、眼光鋭く睨み合う。

懐から先程の神霊晶を取り出すと、淡く光を放った。


≪神霊晶?ソンナモノガ我ニ効クトデモ?≫


首を傾げ、小馬鹿にしたように問う。

鴒黎は無言で神霊晶を掲げると更に光が強くなり、それに反応して至る所に貼ってある霊符も輝き出した。


≪ナ、ナンダ!?≫


眩しさで咄嗟に顔を覆った霊魔に、鴒黎は懐から取り出した小刀を投げつけた。


≪!?≫


それでも俊敏な動きで小刀はかわされ、そのまま壁に貼ってあった一枚の霊符へと突き刺さる。


≪ソノ程度ノ目眩マシデ我ニ当タルトデモ思ッタノカ...?≫

「いや、お前に当てるつもりなんて毛頭なかったよ...せき!」


鴒黎の声に応えて蜥が小刀から姿を現すと、小刀の刃先に小さな火が灯った。

その小さな火は霊符を焼いていき、霊符から伸びる霊力を伝って他の霊符へと移る。


≪何ヲシテ...!?≫


霊魔は鴒黎のやろうとしている事に気がついて、廃墟を出ようと入り口へ走るがそこにも一本の小刀が。


〔ここは通さないにゃ!〕


碌が立ち塞がる。

入り口に見えない壁が現れ、霊魔の行く手を阻んだ。


≪クソ、アッチカ!?≫

「おいおい、何慌ててんだよ?俺はここだぞ?」

≪...貴様!自爆スルツモリカ!?≫


背後にいつの間にか、太刀を肩に担いだが立っている。にぃっと嗤った顔。何時ぞやの自分がこいつに視せた顔に似ていた...

ぞっとする。今までヒトを見て、こんなに怖いと思った事はない。それだけ気迫に押され...いや、狂気じみている。もう既にヒトでも霊魔でもない“何か”になりつつあるのだろう。

冷や汗というものを霊魔になってから初めて流した。


「自爆?する訳ねぇだろ...お前と心中とかありえねぇよ...!」

≪アガッ!?≫


斬られた。恐怖で動けなかった。身体から噴き出す血。

倒れる刹那がゆっくりと訪れる...こんなところで。こんなところで、こんなに倒されるのか?


「......」


無慈悲に見下げる二つのまなこ

一つはくろく。一つはあかく。

黝は憂いを帯びて。赫には感情が無く。

地面につく身体。この出血では起き上がる事も立つ事もままならないだろう...



ようやくこれで、終わる...霊魔を斬った瞬間、そう思った。

丁度その頃、“仕掛け”の霊符全てに霊力と火が行き渡り、霊符と共に付けた火薬に点火されていく。

入り口で蜥の小刀と自身の小刀を回収した、少年姿の碌が早くしろとぴょんぴょん跳ねている。

ちらりと横目で確認し、再び霊魔を見下げる。

その間にも火薬に引火して、一部崩れ出す。連鎖反応で次々と至る所で崩れていく廃墟。

霊魔は完全に戦意喪失した眼をしていて、そこに深い闇は無く。

ただ恐怖と苦痛が映っているのみだった。

最後の最後で、ようやく人間らしさが戻ったのだろうか...


≪...止メハ刺サナイノカ...?≫


弱々しく呟く。これでも元々は人間...さっさと殺して楽にしてやろうという気持ちと、もっと苦しませて引き裂いてからでも遅くはない、という思いがせめぎ合う。


「...じゃあな、


全ての感情を抑え込み、言い放った一言。


(...俺、今なんて言った?)


困惑する思考とは裏腹に、太刀を持つ手は止まることなく霊魔の眉間へ。

最後の言葉に眼を見開いた霊魔は、次の瞬間には瞼を閉じて安らかな顔となった。


〔お前様!!本当に心中するつもりかにゃ!?〕

「...今行く!」


太刀を引き抜き、素早く血を払って納刀。

踵を返して、振り返る事なく走り抜ける。

背後で轟音を立てて崩れる廃墟。

完全に瓦礫の山と化した時、その時になってようやく自分が最後に何を言ったのか思い出した。


(そういう事、か...?)


それは朧げで、なんとなくでしかなかったが...もう少し後で分かる。そんな気がした。

“仕掛け”はあの一撃で倒せなかった場合の保険だったが、上手く行った。

先に埋めた子供には悪い事をしたが、後でしっかり弔うと誓って。


風に粉塵が舞い、瓦礫が顕わになる。

霊魔の一部が姿を現したが、それは黒い霧となって霧散した。

瓦礫が崩れた轟音の所為か、はたまた子供を弔ってからの報告が無かったからなのか、数名の花守がこちらへ向かってくるのが見えた。


『もう終わったのだ。我は戻るぞ...』

「ああ、助かった」


焔が宣言した後すぐ。

白銀に三分の二まで染まっていた髪と、紅かった目は徐々に黒く戻っていく。

それに伴い、遮断されていた痛覚や疲労、全ての感覚が押し寄せる。


「「靭さん!?」」


聞こえた声に振り返るも、そのまま世界が暗転した。

支えを失った身体は、そのまま崩れ落ちた......

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