第拾弐話~過去と今~
赤子を咥えた狼は森の奥へと入って行き、小さな泉の中へ赤子をそっと入れた。
すると赤子の身体から瘴気と傷が消えていく...
『ふえぇぇ...』
赤子はしばらくして泣き止み、すやすやと寝息を立て始めた。
狼はそれを見て、赤子の
狼の向かった先に現れたのは、巨大な岩。その岩の中へ吸い込まれるようにして入って行く。
『...来たか...』
巨大な岩を通り抜けた先には、光輝く泉や様々な色の植物。
たくさんの小動物や妖精達の棲む、この世ではない場所。
その真ん中に一際大きい白銀の狼が鎮座していた。
赤子を咥えた狼は、白銀の狼の前に赤子をそっと置く。
『花守はどうした?』
『...霊魔となり、
狼は事の詳細を話す。静かにそれを聞いていた白銀の狼は、そうかと頷き人型になった。
そうして赤子に近づくと抱き上げて、住処である洞窟へと入って行った。
『ここにはお前を育てるモノが何人かいるから...しっかり育つんだぞ』
愛おしそうに寝ている赤子にそっと声をかける。
草でできたベッドに寝かされた赤子のもとに、色々な妖精が集まってくる。
『この子、
『この子が、主様の!』
『霊魔?妖精?妖怪?人間?』
『妖精じゃない、人間でもない...』
『妖怪でもない、霊魔でもない...』
口々に感想を述べる妖精達。
『主様』と呼ばれた銀髪紅目の青年はそっと口を開く。
『そう色々言うでない...起きてしまうだろ?』
それにこの子は人の子として育てるよ、と妖精に宣言する。
『でも霊魔!』
『でも主様妖怪!』
『人間は受け入れない!』
受け入れられないだろうが、それでも人の子なんだと自分に言い聞かせるように呟く主様。
想定外の出来事で、霊魔の血まで紛れてしまった我が子。
母親も霊魔に殺されてしまい、行く宛てもなくなってしまった。
主様は、赤子が歩けるようになるまではここで育てようと決め、妖精達に世話をさせる。
こうして、赤子は霊魔になる事もなく、妖怪として生きる事もなく、人間として育てられる事となった...
元花守の霊魔が常に監視しているとは、このとき誰も知らなかった...
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≪...ソレカラオ前ハ、アノ寺ノ森ニ置キ去リニサレテ孤児トシテ育ッタノダ≫
「.........」
刀の柄と鯉口に手をかけ、臨戦態勢のまま霊魔の話を聞いていた
『...
「...間違ってなかったんだな、俺が霊魔に近い存在だってのは...」
薄々感じてはいた。自分の中に人間でも妖怪でもない何かの血が混じっている事を...
色々手を尽くして調べ上げた結果が間違っていなかった。まさかそれを霊魔に告げられようとは...
「...それで?お前は一部始終、俺の事を観察してきた訳だが...生き延びたら殺すんじゃなかったか?」
≪ククク...タダ殺スノガツマラナカッタンダヨ...霊魔トナッタ今デハ時ノ流レガ違ウノデネ、退屈シノギサ...≫
ここまで成長していれば、戦う事も愉しくなるだろう?と嗤ってみせる。
実に趣味の悪いことだ...そんなことの為に、他の人間まで巻き込まないでほしい。
「...お前なのか?〈霊境崩壊〉を引き起こしたのは...」
≪イイヤ。我デハナイ。便乗シテ色々ヤラセテモラッタガネ≫
ふふふ、と愉しそうに嗤う。その場に居たという報告書に間違いはなかったようだ。
〈霊境崩壊〉については振り出しに戻ってしまったが、今は此奴に集中せねば...
「お前は、俺に恨みがあったんだろう?」
≪ソウダナ、今トナッテハドウデモイイガ...≫
今はただ、お前を取り込んで成り代わり、この世に更なる混乱を起こしたい...そう野望を告げた。
それを聞きつつ、息を整える。
太刀の柄と鯉口に手をかけて、一歩引きながら体制を低くする。
流れる冷や汗。敵う相手かどうかも分からない中、緊張が走る...
「...ご希望通り、ここで決着をつけようか...」
鯉口を切って、飛び出す。漆黒の太刀を構え、一閃。
霊魔はにやりと嗤い、軽々避けてみせる。
≪フフフ...ドウシタ?ソレデ終イデハナイデアロウ?≫
「...ちっ!!」
振り向きざまに更に斬りかかるが、またも軽々避けられる。
≪サア、モット来イ!愉シマセロ...≫
霊魔は腕を鞭のようにして、鴒黎へ叩きつける。
そんな一方的な戦いを何度も繰り返した。
「.........」
相手は自在に腕を収縮させられる。対してこちらは足止め程度の飛び武器くらいしかない...
何か。何か方法は...この状況を打開する何か...
『主人!!』
「くっ!!」
進展しない状況に苛立ち、焦った。その所為で反応が遅れる。
焔の呼びかけに、横薙ぎに来た腕を間一髪のところで太刀で受け止めるが、そのまま吹き飛ばされる。
「かはっ...」
瓦礫に叩きつけられ、肋骨の折れる感覚があった。
〔れい!しっかりするにゃ!!〕
太刀を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。
≪ソレヲクラッテモ立テルトハ...≫
感心したように腕を戻す霊魔。
ぷっと口に溜まった血を吐き出し、太刀を地面から抜いて構え直す。
「伊達に鍛えてた訳じゃないんでね...」
呼吸する度、折れた骨が軋んで痛みがあるが、気にしている暇はない。
霊魔を見据え、再度向かっていく。
霊魔はその場から動かず、嗤ったまま鞭のような腕を振るう。
左右から来る腕をやり過ごし、本体に斬りかかるがさらりと避けられる。
次の攻撃を飛び退いてやり過ごす。
(腕が邪魔だ!止めねぇと...)
やはり、自在に伸び縮みする腕が厄介だ。先には鋭利な爪まで生えている。
先程は爪のない部分が当たったので受け止めたられたが、次もできるとは限らない。
爪を折るか。腕を叩き斬るか...
次第に焦りが強くなり、不利になる一方だった。
[...冷静に。鴒黎なら、私達なら、やれる]
その返事をするかのように一度体勢を立て直し、冷静に周りを観察する。
後ろには廃墟、下は土の地面。上には瘴気の霧と、左右には様々な瓦礫。
主に使えそうな物は...刀霊憑きの刀と霊水、神霊晶に霊符数枚。
(これは...でも...いや!悩んでる場合じゃねぇ!やるしかない!)
霊魔を倒し、復讐を終える為に。
鴒黎は一か八かの賭けにでる。
「
〔はいにゃ!〕
霊魔に分からぬよう指示を出して廃墟へ向かわせ、霊魔を見据える。
仕掛けるのは、ばれたら終わりの一発勝負。
呼吸を整える。その度に走る痛み...
「...さぁ、続けようぜ...」
≪フフフ...ソノ威勢ハ何時マデモツカナ?≫
幸い、こちらの作戦と怪我をしている事には気づいていないようだった。
太刀を構え直し、気取られぬように。準備が完了するまでの時間を稼ぐ。
「...はぁっ!!」
≪クク、当タラナイナァ...≫
「.........!?」
≪ソラ、コッチダ、踊レ踊レ...≫
「くっ!」
≪マダ当タッテオラヌゾ...≫
上体を捻る度、折れた肋骨が軋む。痛みに一瞬顔を歪める。
霊魔はそれを見逃さなかった。
≪ナンダ...先ノ攻撃デ骨デモ逝ッタカ...≫
にやり、と愉快そうに嗤う。
突如腕を伸ばしての攻撃をやめ、瞬間移動のようにして鴒黎の目の前に移動した。
≪ククク...ドコヲヤッタノカ、教エテモラウゾ!≫
「!?」
すぐに後ろへ飛び退いたが、霊魔の方が少し早かった。
鋭利な爪の付いた両手で、鴒黎の上半身を掴み、締め付ける。
「ぁが...」
≪サァ、泣ケ!喚ケ!≫
「...ぐっ!?」
軋む身体。折れていた骨も更に折れ、内臓に刺さる音が聞こえた。
「かはっ...」
口から血が溢れ出る。次第に握る力も落ちていき、太刀が手から滑り落ちる。
〔お前様!!しっかりするにゃ!!〕
「りょ、く...?」
聞こえてきた碌の声でかろうじて繋がる意識。
碌はそのまま霊魔の腕目がけて爪で引っ掻く。
≪ッチ!!邪魔シオッテ!...ナンダ?コノ猫又...刀霊カ?≫
碌に引っ掻かれた事で霊魔は両手を鴒黎から離し、標的を碌に切り替えた。
腕から逃れた鴒黎は、太刀を拾い上げて霊魔と碌を追う。
「ぐっ...碌!」
≪コノ...忌々シイ!!≫
〔シャァァ!!〕
威嚇しつつ、霊魔の腕へ攻撃を仕掛けていく碌。
鴒黎が近くまで行くと、警戒しながら碌も傍へやってくる。
そこへ準備が終わったと蜥が合流した。
「碌、助かった...」
〔無茶しすぎにゃ!!それよりも、ちゃんと言われた通りにして来たにゃ!〕
「さんきゅっ...焔!」
『...主人、本当に良いのですか?』
「...ここでやらなきゃ、終わらないからな...っく!」
〔気をつけるにゃ!攻撃がまだ来てるにゃよ!?〕
「分かって、る...ぐっ!...早く!」
『...分かりました、本体をそちらへ“憑依”させます』
≪何ダ?何カシテクルツモリカ?...面白イ、ヤッテ見セロ!≫
焔は渋々といった感じで本来の焔を覚醒させる。
その間も続く攻防戦。
どちらも致命傷を与える事はできていないが、圧倒的に鴒黎が不利な状況。
『...鞘から聞いている。正気か?我を使い損なえば、どうなるかは分かっておろう?』
「お前も、意外と心配とか、するのな...っと!」
『心配くらいするさ、使い手が居なくなるのは困るでな...』
「くっ...!もう死に急ぐのは、やめた...花守も、続けるつもり...だっ!」
≪刀霊ト何ヲ喋ッテイルノカ分カラヌガ...随分ト余裕ヨノゥ≫
霊魔は焔とのやりとりを察して、面白そうに嗤いながら攻撃を仕掛けてくる。
それをかわしつつ、廃墟の方へ移動する。
『仕方がないのぅ...我も少し遊びたいと思っていたところだ、丁度良い...』
「そう、か、よっ!」
『では、行くぞ...』
焔がそう言うと、鴒黎の右目が次第に紅くなっていく。
完全に紅くなった時、鴒黎は驚くべき速度で攻撃をかわし、霊魔本体へ斬りかかった。
「はぁあ!!」
≪ナッ!?カハッ!...急ニ早クナッタダト!?≫
霊魔の本体に傷を作ったが、まだ浅い。
致命傷には程遠かった。
「ふぅ...やっぱ、焔の扱いは慣れねぇな...」
だが、おかげで爆発的な速度が出せた。身体も軽いし、痛みも感じない。
≪フン、ソウカ...憑依型ダッタノカ≫
身体を起こしながら、少し悔しそうな霊魔。
「さて...あれが邪魔だな...」
霊魔目がけて常人ではありえない速度で走り、斬った。
≪ガアァァァ!!腕ガ、我ノ腕ガァァァ≫
まずは左腕を落とす。霊魔は血を噴き出し、のたうち回る。
「ほら、どうした?早く立たねぇと残りも斬るぞ?」
焔を憑依させた鴒黎は、愉しそうに嗤う。
その感情は自分のものではない。焔のものだ。
そして、結い上げた髪が下から少しずつ白銀に染まっていく...これも焔の影響。
完全に白銀になった時、鴒黎の身体は焔に乗っ取られて殺戮の限りを尽くす。
霊魔、人間関係なく...そこまでいってしまえば、焔自身にも蒼にも止めることはできなくなる。
そうなる前に決着をつけねばならない...
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