第拾話〜廃墟と子供〜

式神からの情報を元に鴒黎れいり達は山郷へ来ていた。

誰ソ彼喫茶やよろず屋は店員達に数日間任せ、拠点を構えてについての情報を集めていた。


「色々と情報が揃ってきたな...」

『この辺りに居るのは間違いなさそうですね』


この数日、地区の境を中心に視て周っていたが、やはり式神の情報に間違いはなかった。


[ここに居る...]

〔れいの仇!〕

『...ですが、本当に乗り込むのですか?』

「ああ...そうしないと、終わらない...」


仇を討つ。それが今まで花守を続けてきた、最大の理由。

ここで、この場所で決着をつける。そうでなければ、何も始まらないし終わらない。


「...終わらせる。そして、始めるんだ」


これから生きる事を。

今まで避けてきた、望みを叶える為の事を。

そして、大切なモノを守る戦いを始める為に...


[私達も一緒に居るから]

〔みんなで一緒に帰るにゃ!〕

『...全員でやりましょう、主人あるじ

「...分かってる」


刀霊も交えての情報収集と整理。それを続けてようやく確実な場所を絞れてきた。


「...ここだな」


絞れた場所を地図上に書き入れて、今度は作戦を考える。


「あいつの能力は、手が伸びる他に...」

〔他の霊魔を操れるにゃ!〕

『他には何も情報がないですね...』

「ふむ...」


場所が絞り込めただけでも進展はあったが、肝心のの能力は不明な点が多かった。

このまま策無しに戦うのはいくらなんでも厳しい。


『もう少し調べますか?』

「んー...時間が惜しいな...」


このまま突っ込むか。不意打ちならいけなくもない...なんて考えがぎる。


[鴒黎。それは多分上手くいかない]

「!?」


そうにはお見通しのようだ。ほむらも頷いているのが気配で分かる。


「...刀霊ってのはさとりの機能が備わってるのか?」

〔そんなことはにゃーと思うにゃ〕


一匹、鈍感なのがいた。


〔にゃんでそんなに憐れそうな目で見るのにゃ!?〕

「...いや、別に」


気を取り直して作戦を考えねば、と思ったがどうにも考えがまとまらない。


『...一度、外に出てみるのも気分転換になりますよ』

「そう、だな...行くか」


今は時間が惜しいが、焦っていては何もできない。

一度考えを整理する為にも、散歩でもしようと外に出る。


「以前はこんな景色じゃなかったはずなのにな…」


すぐそこにこの世の終わりが在るかのように、地域の境には瘴気の霧が蔓延している。

〈霊境崩壊〉前は綺麗な青空が見えたはずのその場所に、今は紫の邪悪な霧。

地面では草木が枯れ、瓦礫が散らばり、この世ならざぬ者たちが闊歩する有様。

こんな世界を少しでも元に戻して行けたら...と思うようになれたのも、ここにいる刀霊達家族のおかげ。


これは死に向かう戦いではない。生きていく為の戦いだ。

歩きながら自分に言い聞かせる。何度も、何度も...


[鴒黎、あそこ!!]


蒼が何かに気づき、指を指す。

そこには、霊魔に襲われそうになっている子供が居た。


咄嗟とっさに走り出す。

太刀の鯉口をきり、抜刀。

霊魔と子供の間に滑り込むように割り込み、横薙ぎに一閃。霊魔の首を落とす。


「...怪我はないかい?」


血を払って納刀しつつ、子供に問いかける。


「あ、ありがとう...おね、お兄さん?怪我はないと思う...」

「そうか、それなら良いが...どうしてこんな場所に一人で居たんだい?」

「と、友達が、肝試しだって言って、向こうの方へ行っちゃって」


指差す先には、廃墟が見えた。


「まだ帰ってきていない?」

「そう、ぼくだけ、逃げて来て...それで、それで...」


子供は恐怖と後悔の混じった声色で答える。


「大丈夫。俺が助けてくるよ。友達は何人だい?」

「ふ、二人...」

「分かった...すぐそこに建物が見えるだろ?そこで待っててくれるか?」

「...わかった。まってる...」


よしよし、良い子だ、と頭を撫でて落ち着かせる。

怖がっていた子供も少し落ち着き、鴒黎達の泊まっている拠点へ入って行く。

それを見届けて、鴒黎達は子供達の入ってしまったという廃墟の方へ向かって走り出す。


「無事でいてくれると良いが...!」


祈るように呟き、廃墟へ到着。

入り口から中を伺うが、近くに霊魔の気配も人の気配も感じない。


「...ここには居ない?」

〔入ってみるかにゃ?〕

「そうだな...その前に、せき!」


呼ばれた蜥は地面へすっと現れ、頷いて廃墟へ入って行く。

その姿は途中でまたすっと消えた。


『偵察、ですか?』

「こういうのは蜥が向いてるからな」

〔にゃあ達はどうするのかにゃ?〕

「今から準備だ」


碌に答えると、鴒黎は懐から何か書かれた人型の紙を出し、人差し指と中指ではさんで持った。


「...擬人式神生成。伝達指令、急急如律令!」


鴒黎の言霊に反応した人型の紙が、動き出す。


「山郷の廃墟に霊魔が居る可能性あり。子供二人安否不明...詳細は追って知らせる」


言い終わると、式神はくるくると宙を旋回した後、花霞邸かすみていの方へ飛んでいく。


『伝令ですね』

「ああ、万が一の為にな...」


そんなことが無いようにはするけど、と呟いた時、蜥が鴒黎の足元へと戻ってきた。


「子供は居たのか?無事か?」


頷く蜥。


『霊魔の数や所在は?』


今度は左右に首を振って否定。やはり、霊魔は居ないようだ。

こちらへ来いと蜥は振り返りながら歩き出す。


廃墟の中を進んでいくと、朽ちかけた二階への階段を発見。

その下に身を寄せ合う二人の子供が居た。


「大丈夫か?怪我はしてないかい?」

「!?......だ、だいじょうぶ...けがもない、よね?」

「...うん。ない」


突然現れた鴒黎に驚いた子供達だったが、人だと分かると安心したような表情を浮かべた。


「もうひとり、いたんだけど...」

「その子なら、無事だよ。さあ、行こうか?」

「「うん!」」


二人は元気に返事をして立ち上がる。

そのまま入口まで行こうとした瞬間、一人が苦しそうに呻きだした。


「ぁあぁあ...な、に...?く、くるしいよぉ...」

「どうしたの!?」

「近づくな!!」


一人無事な子を引き離して、鴒黎は間合いを作る。

苦しんでいる子供の手の甲に歪な月形の傷が付いていた。そこから出てくる邪悪な瘴気。


『主人、あれは...』

「間違いなく、やつだろうな...」


鴒黎の追う仇が近くにいる。それも、人間を霊魔に変えて操れるようだ。


「ね、なにがおきてるの?」


助けられた子供は涙目で鴒黎を見上げる。


「...いいか、このまま入口へ向かって走れ。外へ出たら、もう一人の子が待っている建物が見えるから。そこへ行け。いいな?」

「......あのこは?どうなるの...?」


鴒黎の言葉に頷きつつも、もう一人の心配をする子供。

その言葉に、鴒黎は事実を告げる。


「霊魔に、なる...」

「そんな...たすけられないの?」


悪いが無理だ、と目を合わせて答える。

子供は霊魔化しつつある子と鴒黎を見比べて一度頷き、涙を振り払って入口へ走り出す。

その背中を見送って、鴒黎は霊魔に成りかけた子供の方へ向き直る。


「...悪ぃな、間に合わなくて...今、楽にしてやるから」


もう少し早かったら...後悔が頭を過ぎるが、表情と共に消し去り、静かに太刀を抜く。

そのままき叫びもがき苦しむ子供の正面に移動。太刀を右手で持ったまま踏み込んで、首めがけて振るった。

瞬間、「ありがとう」と動く口元...そして、ぼとっと音を立てて首が落ちる。

転がった首は苦痛に歪むことなく、安らかな表情をしている。

鴒黎は右手に太刀を持ち、振るったままの姿勢で俯く。

太刀からは赤と黒の血液が混じり合い、滴となって垂れていた...



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