第玖話~情報と我儘~
最近は、花守としての仕事にも慣れてきた。
任務先で他の花守と共闘することも増えたおかげで、何人かの花守とは情報交換や客として店に出入りするくらいの関係が築けてきた。
喫茶店も以前より客が来るようになり、賑わっていた。
[最近、子供がよく来る]
『どうしたのです?子供が嫌いでしたか?』
[違う。好き。花守、子供もいるんだなって]
『...心配、なのですね?』
頷く
[私がいるから、
『蒼はやさしいのですね』
[誰かが傷つくのは見たくない。子供は特に]
蒼は
蒼は刀霊となる前に、自身の子供を亡くした事がある。それから子供を守りたい、という強い意志により妖怪として転生を果たし、更に子供を守れるならと刀霊になった。
最近は小物の霊魔退治の依頼ばかりなので、〈霊境崩壊〉前のような平和な日々が続いている。
いつ均衡が崩れてもおかしくはない状況だが、それでもこのまま何事もない日が続けばいいのに、と蒼は思っている。
〔蒼?どうしたにゃ?〕
[ん。なんでもない]
〔?にゃらいいけど...〕
蒼は気を取り直して、依頼されていた薬を調合し始める。
それを見た
〔れいー!今日は霊魔退治に行くのかにゃ?〕
「そうだなぁ...通達が来れば行くが、まだ来てないな」
〔にゃ!最近依頼が少ないにゃぁ...〕
それは平和な証拠だろ?と鴒黎は碌をなだめる。
碌は猫又には珍しく、人間が好きなようだ。
今までは任務へ行って霊魔を倒して帰宅という事が多かったが、最近は戦闘終了後に他の花守達に撫でてもらうのが日課になりつつある。
「碌、お前また撫でられたいだけじゃ...」
〔にゃあ!否定はしないのにゃ!〕
そんなやりとりをしていると、部屋の隅に気配が現れる。
〈
「帰ったか。何か掴んだのか?」
〈はい。こちらにまとめてございます〉
部屋に突然現れたのは、人と見間違うほど精巧に作られた式神。
式神は資料を手渡すと、また部屋の隅で
受け取った鴒黎は中を確認していく。
「......これは、確かか?」
〈はい、この目にて確認して参りました〉
『何と書いてあるのです?』
鴒黎は焔に問われ、資料を太刀へ向ける。
『能モチガ山郷・翁寺・神守ノ境ニ棲ミ付イテイルノヲ確認...』
「……」
そのまま暫し考え込む鴒黎を見て、焔も黙る。
その沈黙を破ったのは式神だった。
〈...如何致しましょう?観察を続けますか?〉
「...そう、だな…。もう少し情報が欲しい」
〈御意〉
人間のような式神は音もなく消え去り、辺りには静寂が残った。
〔れい?〕
「...どうした?」
〔行くのかにゃ?〕
「いや、まだ。もう少し情報が欲しい」
以前の鴒黎なら場所が分かっただけで飛び出して行っただろう。だが、他の花守達と接してきたことや霊魔退治をしてきた事で、考えが変わってきていた。
『
「どうって...こっちでも情報集めて、乗り込むつもりだが?」
『仮に、乗り込んで行って倒せたとしましょう。その後はどうされるのです?花守は続けるのですか?』
焔の問いに鴒黎は口を閉ざす。
復讐ついでに始めた花守という職。復讐が
もし、仮に戦いに勝ったとして。その後自分は花守を続けていてもいいのだろうか?
そもそも勝てる保証も、生き残る保証も何もないのに。
「...続けるかどうかはまだ決めてないし、今すぐに決まるものでもない。考えてなかった...」
『...やはり、そうでしょうね。主人は後の事をもっと考えるべきでは?』
「俺が考えなしに突っ込んでるって言いたいのか?」
『そうです。もっと将来の事を考えるべきです。周りの事は気にするのに、自分の事には無頓着すぎるのです、主人は。自分が全て背負えばいいとお考えでしょう?』
「なっ...!?」
焔に確信を突かれ、口を
反論できず、一度冷静になるため部屋を出る。
〔刀も持たにゃいで、どこ行くにゃ!?〕
「…ちょっと頭冷やしてくる、すぐに戻る」
心配する碌を横目に、ぼそっと早口で告げて裏口から外へ出る。
少し歩いて、深呼吸。
「はぁ...何してんだ、俺...」
以前なら、あんな事を言われてもこんな風にイライラしたりはしなかっただろう。
何かが。何かが変わってきている...
外の冷たく乾いた空気を肺に入れ、頭も身体も少し冷やす。
冷静になった頭で、もう一度今後の事について考える。
今まで倒すことしか頭になかったが、今は一人ではない。
刀霊達もいるのだ。この先、花守を続けないのであればきっと陛下へ刀を納めなければいけない。
納めるという事は、刀霊達とは一緒に居られないという事だ。
それについては今まで何も感じておらず、当たり前の事だと思っていた...が、今は違う。
もう、一緒に居る事の方が当たり前になっているのだ。出会ってまだ一年も経っていないというのに。
「そうか、今まで考えずに避けてきたのは、そういう事か...」
曇天の下、独り納得する。
自分にも感情が、“寂しい”という思いがあった事を、ようやく認識した。
「...良くて相討ち。死ぬ前提で考えていたのに、なぁ...」
歩きながら、
空から雨粒が落ちてきて、ふと立ち止まる。
はじめはぽつぽつと手のひらを濡らした雨粒は、やがて線となって降り注ぐ。
そのまま天を仰げば、雨粒が額を、頬を滑り落ちていく。
「いつか、なんて夢を...俺も見ていいのかな...」
雨音にかき消されるほど静かな声で。
ぽつり、と希望を口にする。
俯き、雨に打たれたまましばらく歩いた。
雨の音が心地よく、全てを洗い流してくれるような気がした...
突然止む雨。
頭上に傘があった。
「...ダメだろ?普通の人間には視えないんだから」
[誰もいない]
「...はは、確かに」
乾いた笑いで応える。
周囲に人間の気配は無かった。
背伸びをしていた蒼から傘を受け取るり、そのまま一緒に並んで帰る。
[...鴒黎。貴方が出した答えなら、私達は文句無い]
「いいんだぞ?
[じゃあ、ひとつだけ]
「ん?」
少し間を空けて、蒼はその“我儘”を伝える。
[...死なないで]
「これはまた、難題だなぁ...」
苦笑い。二人で歩く雨の道。
これから先。
このまま
鴒黎は、“生きろ”という願いを最優先にする事にした...
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