第捌話〜棚卸と資料〜

本日よろず屋と喫茶店の棚卸日。

鴒黎れいりや刀霊達、喫茶店の従業員達が慌ただしく動き回る。


「それはこっちに持ってきてくれ!」

〔これはこっちかにゃ!?〕

[...違う。こっち]


「食材の在庫は!?」

「はい!こっちには...」

「道具はどうだ?」

「はい!全部そろってやす!」

「言葉遣い!!」

「はいぃぃぃ!」

『...相変わらず、お忙しいですね...』

「...お前はいつも高みの見物だよなぁ...」


慌ただしく動き回る鴒黎を刀から見ているほむら

そうりょくはよろず屋内の棚卸を手伝い、せきは気に入ったのか鴒黎の肩に乗ったままだった。


〔れい~これはここであってるかにゃ?〕

「ん?それは...」

「頭ぁ!こっちは大方終わりましたんで、そちらをやっちゃってくだせぇ!」

「だから、頭言うな!!言葉使いも気をつけろ!」

「はい!すいやせん!」

「…はぁ...」


数人の店員は昔堅気の連中で、言葉使いが中々直らない。人前に出すと色々と面倒になるので、厨房担当として働いている。


今日のような棚卸しの日は、喫茶店は休みにする事が多い。しかし、よろず屋は特に休日を設けていないので、客が来る事もある。それに備えて、刀霊達はよろず屋内から出さないようにしている。


今日の鴒黎は、和服に長い髪を前に垂らしてまとめている。その格好のせいか、女性従業員達がちらちらとこちらを見ている。


「ねぇ、やっぱり店長って女性って言っても通じるよね?今日は特に!」

「そうね、あれで男でしかも顔立ちも良いなんて羨ましいわ…」


更にひそひそと話をしている。いつもの事なので手を動かせ、とだけ注意。

よろず屋内に戻ると、蒼が書類をまとめて机に置いているところだった。


「ありがとう、蒼」

[…これ]


蒼が指差したのは、依頼内容をまとめた資料。

そこには“殺人依頼”と書かれていた。


「あぁ、依頼されたが受けなかったやつだよ」

[...本当に?]

受けてないよ」


そう。今出ている資料内の殺人及び暗殺依頼は、主に国会議員や軍部の者達からのもの。

受ける前に総理や陛下に届け出て、依頼元を裁いてもらっている。そういう契約だからだ。

もちろん、それ以外からも依頼は複数ある。

一応、視える人間向けに店を開いてはいるものの、そうでない人間も噂を聞きつけてやってくる事が多い。そういった人間からは大抵物や犬猫・人探し、浮気の調査や潜入調査の依頼が入ってくる。中には今回のような殺人依頼も、だ。


刀霊達は薄々気づいている。鴒黎が“人間を殺した”ことがあるという事を。それを鴒黎自身が刀霊達に話すつもりが無い事も...


ものだけ?依頼]

「いや、こっちにもある」

〔これかにゃ?〕

「ああ、ありがと」


碌が持ってきたのは“完了”と書かれた書類ファイル。これは依頼が終了している、つまりは受けたものということ。

蒼がパラパラと中を見ていく。


[これ、鴒黎?]

「そうだな、俺が遂行したものだ」


蒼が見つけたのは、“暗殺”と書かれたページ。そこには犯罪を犯しても罪に問えず、仕方なく釈放された人間について書かれていた。

依頼主は犯罪に巻き込まれた家族や友人など様々。


『何故、このような依頼を受けたのですか?』

「...それは政府や前天皇陛下から直々に請け負ったものだよ」

〔にゃんでお偉いさんが?〕

「法律の網をくぐって犯罪を犯しても、逃げられないと分からせるため。別に好き好んで俺自身が受けた訳じゃない」

[そう...鴒黎自身が受けた依頼じゃなく、命令なら仕方ない]


時として、政治にも利用される。犯罪の抑止力にも。“何でも引き受ける仕事”を選んだ時から、分かっていた事だった。

蒼と碌はその事についてもう何も言わなかった。鴒黎あるじが決めたのだから、と。


「…さて、こっちの棚卸しをさっさとやってしまおうか」

[ん。分かった]

〔にゃぁ!〕

『…』


焔はようやく納得がいった。どうして場に混乱を巻き起こすほどの霊力を持っているのを知って、羽瀬参謀はせさんぼうが鴒黎を必要以上に最前線へ送りたがるのかを。何故、花守にしようとしていたのかを。


それは人材が欲しかったからだ。

一度でも関係を持ってしまえば、人はその人物に対して情が湧く。いくら霊魔になってしまって倒さなければいけないと分かっていても、元仲間という事実で一瞬の迷いが生じる。それが命取りになる事さえある。

しかし、何の躊躇ためらいもなく人を、ましてや元仲間を殺せる人間なんてほんの一握りだ。更にその中から花守になれる者は数える程もいないだろう。

鴒黎はその一握りの存在の中の、更に少ない花守になれる人材。選ばれるのが当然のような存在だった。


主人あるじ、今でもそういった依頼は行っているのですか?』

「どうした?急に」

『いえ、気になったので...』

「今はそれどころじゃないからな...ロシアとの戦争前までしか依頼は来ていないし、受けてないよ」


焔はそうですか、と返事をしたまま黙った。鴒黎は疑問には思ったが、口にすることはなく作業に戻る。


〔れい~これは?〕

「ん?それはここでいいよ」

[これは何?]

「それは...」


蒼が持っていたのは、先日父の部屋を片付けていて出てきた資料だった。

そこには“特殊な能力を持つ霊魔について”と書かれていた。


「それはここで見るから貸してくれるか?」

[はい]

「ありがと。後は仕舞うだけだし、任せていいか?」

[わかった]


後の片付けは蒼と碌に任せて、鴒黎は資料を読み始めた。

そこには仇である霊魔についても書かれていた。


「...これ、いつのものだ?」

『〈霊境崩壊〉直前の日付です』

「やはり、やつも関係があるってことか...?」


〈霊境崩壊〉---未だ原因が分かっていない大災害。諜報部隊総出で探ってはいるが、近づけない場所が多く難航している。

その崩壊前、何か良からぬ兆し有りと天皇陛下から連絡を受けた両親が現場へ向かい、鴒黎もそこへ連れて行かれた。

調査の結果、結界のほころびが見つかり、塞いだ事は覚えている。それから強度を上げたはずなのに、一週間と経たない内に結界は崩れ去った。

その原因となるものが霊魔だったとしたら...


「...やつがいたかもしれないって情報だけか…」

『そのようですね。やはり地道に探していくしかないでしょうね』

「ふむ...」

〔終わったにゃあ~!〕

「...あぁ!助かった」


碌が整理が終わったと声をかける。

その声で、資料を仕舞う。


[鴒黎、お客さんが来てる]

「ん?あぁ、今行くよ」


例の仇についてはまた後程考えようと、入口に居た花守の方へ手を振り、向かっていった...



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