第漆話~父と蜥~

鴒黎れいりの過去を聞いた後、不意にほむらが問いかける。


主人あるじの部屋の隣二部屋は、ご両親の...』

「そうだよ…あ。そうだった、部屋の片づけ忘れてたわ...」


ここ最近、花守公務に追われていたりしたので、義父母りょうしんの部屋の片付けが終わっていなかった。

幸い、今日はこれから空き時間だ、やってしまおうと煙管きせるを片付ける。


[手伝う]

〔にゃぁも!〕

「悪ぃな、助かるよ」


まずは母の部屋から。

綺麗に整頓されていたその部屋は、箪笥たんすや押入れの整理をしてすぐに片付け終了。


『綺麗好きなお母様だったのですね』

「そうだな、いつも生理整頓は母上がやっていたな...」


続いて、父の部屋。

ここもふすまを開けると、整理整頓が行き届いていた。

箪笥内も綺麗に。ところが、押入れの中が問題だった。


「うわ!?」

〔にゃあぁぁぁ!!〕


襖を開けた瞬間、崩れ落ちてくる大量の資料や本、道具類。

偶々たまたま襖の前に居たりょくが、それらの下敷きになった。


〔にゃあぁぁ...〕

「大丈夫か?」

〔ひどい目にあったのにゃ!〕


引っ張り出された碌は不満げに身体をぶるっと震わせ、尻尾をぶんぶん振り回す。

よく父の部屋には出入りしていたが、押し入れを開けたところは見たことがなかった。

こういう理由だったのか...


「......仕方ない、一度全部出して一つ一つ見ていくか…」

『それしかないでしょうね…』

〔...にゃぁ...〕

[…日が暮れそうね…]

「それまでには、何とか終わらせよう...」


押し入れ内の大量の物を見て、全員で深いため息。

全ての物を部屋へ出すだけでも重労働になりそうだ。


「これは、古本か?」

『こちらは呪術の巻物ですね...』

〔これは…にゃあ!?〕

[…何か飛び出てた]


碌は次々と不可解なものを開けていくし、それを見ているそうは淡々と説明を行い、鴒黎と焔は延々と巻物や本の判別と整理をしていく。


「終わりそうにねぇな…」

[それ、言っちゃ駄目]

〔にゃぁぁ!追いかけてくるぅぅぅ!!〕

「うわ!?碌、止まれって!!」


倒れそうになる本の山を押さえつつ、逃げ回る碌を止める。

碌が落とした箱から出て来たのは、小さなあやかし

それを隠世かくりよに祓いつつ、作業再開。


[埃っぽい...]

「我慢してくれ...」

〔うにゃぁぁぁ!!〕

「ったく!今度は何だ!?」

『...また何か出たようですね…』


蒼は文句を言いつつも冷静に出したものを整理していき、碌は相変わらずおかしなものを出して来ては追いかけられたり、驚かされたり...

それを止めるのは鴒黎で、焔は相変わらず顕現しない。


一通り出して整理し終わって、改めて出したものを見る。

父の残したものはどれも呪術に使うものや、対霊魔戦の戦地で集めてきたのであろう品々、処分に困って渡されたものの、父もどうする事も出来なかった品など様々だった。

大半はガラクタだったので処分するが、使えるものもいくつか回収できた。


結局、日が暮れるまで片付けは続いた。

最後に、押し入れの奥深くに小さな箱が一つと一通の手紙が残った。


「これで、最後、か...」

『ようやく、ですね...』

[...ん]

〔結界張る準備はできてるのにゃ!〕


何が出てくるか分からないので、万全に準備。

よし、と声をかけて箱を開けた。


「ん?小刀…?」

『そのようですね、それも』

〔刀霊憑きにゃ!〕


花守でもない父がどうしてこんなものを持っているのだろう...

気になりつつも、箱から出してさやつかを確認。

懐に忍ばせておくには丁度良い大きさだった。

何処どこも壊れていないし、傷もなく綺麗なまま保管されていて、柄部分には“山蜥蜴やまとかげ”と小さく彫られていた。

 

「山蜥蜴?妖怪でも封印してあるのか...?」

[でも、気配は刀霊]


分からない事だらけだな、と思いつつ、刃の状態確認のために抜いてみる。

刃の状態も良好。刃こぼれや傷もない。


〔にゃぁ...綺麗なままにゃ〕

「そうだな...」

『手紙の方に何か手掛かりがあるのでは?』

「手紙!忘れてた…」


箱と一緒にあった手紙を開く。


“鴒黎へ この山蜥蜴は霊魔を討つためのものである。

いつか必要な時が来たら使うように。 父より”


「いつかって...」

『この状況を予知されていたのでしょうか?』

[続きがある]


蒼に言われて、手紙を見返す。


“追伸 この刀霊は喋る事が出来ないので、この紙を使うと良い”


「…紙?」

〔これじゃにゃいか?〕


手紙と一緒に挟まっていた紙が落ち、碌が拾う。

広げてみると、五十音と数字の書かれた紙が一枚。


「…狐狗狸こっくりさんか?」

『どうなんでしょう...』


すると、小刀から赤黒い蜥蜴が一匹現れ、五十音の書かれた紙の上へ。

蜥蜴は紙の上を移動し、一文字一文字の上で止まる。


[わ、た、し、は]

〔せ、き、と、い、う〕

「“わたしはせきという”?お前の名か?」


赤黒い蜥蜴は鴒黎を見上げてこくこくと頷く。

そして、小刀の柄にあった“蜥”の文字を前足で示す。


「これがお前の名、せき...」


頷く蜥蜴こと蜥。そうして鴒黎の肩に登り、赤い舌をチロチロ出し入れ。


『どうやら主人との契約を行ったようですね』

「え?今ので、か?」


蜥はまた頷く。一応意思疎通が可能なようだ。


「なんで、父上はこんなものを...」


ふと、疑問を蜥に対して呟いた。

蜥はまた紙の上へ移動し、何かを示す。

蜥の回答はこうだった。


“私の主人は元花守。しかし、子孫が居なかった。

そこで、霊力の高い子供を持つお前の父親に私を託した。

いつか、お前が花守になると決心した時に使うようにと。”


「...なん、だよ、それ…」

『...主人?』


義父ちちおやがそんな事を考えているなんて知らなかった。知ろうともしなかった。

いつか義父ちちおやに言われた事を思い出す。


“鴒黎、今まで辛い思いをしてきただろうが、これから先も色々ある。

これからは、お前と同じように人間が多い所で生きると良い。

ここでもいいし、花霞邸かすみていに行くのもいい。仲間を見つけるんだ。

お前は聡明な子だ。きっと今わからなくても後で分かるさ。”


そういって頭を撫でた義父ちちおや。いつもそのそばで見守っていた義母ははおや

きっと血の繋がりはなくとも、実の子のように育てていた義父母りょうしん達。

ぽた、と畳の上に落ちるしずく

それは“バケモノ”と呼ばれた子供が初めて流した感情の欠片。


「あ、はは...俺、もう枯れてると思ってたのに。涙なんか出るんだな...」

『主人。主人は“人”なのです。あるじではなく、私達の主人あるじなのです』


初めて。初めて他人について考えた。思った。感じた。そうしたら、とめどなくあふれてくるモノがあった。

ごちゃまぜで、一貫しなくて、おぼろげで...

これがきっと“感情”なのだ、と。


[鴒黎。それでいい。そのままで]

「...蒼?」


そっと蒼が鴒黎の頭を抱きしめる。そのまま頭を撫でて、まるで子供をあやす母のように。


鴒黎は蒼の胸で静かに泣いた。

刀霊達は傍らでそれを見守っていた......


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