第伍話〜子供と妖〜

花霞邸かすみていに向かう鴒黎れいり達。

刀霊のほむらが話しかける。


『今回は、どなたに会いに行かれるので?』

「薬は直接手渡ししないと思うから、特に誰かに会う予定はないよ」


花霞邸は情報収集と麗華れいか様や陛下、羽瀬参謀はせさんぼうに用のある時、または呼ばれた時のみしか行かないようにしているので、今回も近衛師団にでも薬をたくして帰ろうかと思っている。



花霞邸に到着。

玄関先に居た近衛師団の一人を捕まえて、薬を託す。


「確かにお預かり致しました!」

「よろしく頼みます。では、これにて」


近衛師団に軽く会釈して帰ろうとした時、鴒黎の耳に木刀がぶつかり合う音が響いた。

少し興味があったので、道場の方を覗くとそこには百鬼なきり 椿つばきが誰かに稽古をしているのが見えた。


『あれが〈鬼神〉の片割れですか…』

「ちょっと見ていこうか?俺が興味あるんだ」

『珍しいですね、主人あるじが人に興味持つとは』

「...焔は俺の事、何だと思ってた訳?」


道場の近くで、様子を見る。

単純に霊魔をたくさんほふってきた男の太刀筋が気になっていた。

自分のかてにしたい、とも。


「そんなンじゃ駄目だ!!もっと気ィ引き締めろ!!」

「「はい!!」」


生徒だろうか?後輩かもしれないが、たくさんの教え子が居るのかなどと考えながら見守る。

しばらく見て、へぇと感嘆の声を漏らしてその場を後にする。

たまには誰かとああしてやりあってみるのもいい経験になるかもしれない、と思いつつ。


『...お主も羨ましそうな顔などするのだな』

「久しぶりに出て来て開口一番がそれか?」

『くくく...たまにはこうして出てくるのも悪くないな…』


突然出てきた焔本体に驚く鴒黎。

言われた事に対して、返す言葉が見つからずに黙る。

今まで他の人間の様に感情を表に出す事は決してせず、その時の状況に合わせて演技しているだけだったので、焔の言葉に心底驚いた。

刀霊達と出会って、何かが変わってきている様な気がする。


「...そんな顔、してたかな…」


自分の頬に手を当て、独り言。

そこへ刀霊のそうが声をかける。


[鴒黎。どんな子供だったの?]

「突然、どうした?」

[なんとなく、気になったから]

「そうだなぁ…お前達には知っておいてもらった方がいいか...」


道場へ背を向け、歩き出す。

鴒黎と刀霊の三体は、通常の花守家系の子供のように幼い頃から一緒だった訳ではない。

この〈霊境崩壊〉の時に、花守となった鴒黎と出会っただけなのだ。


〔にゃあも知りたい!!〕

りょくもか?じゃあ、少し遠回りして帰ろうか…」


鴒黎はどこから話そうか考えつつ、自分の過去を語り出した......



**********



生まれについては、よく分からない。

両親も家族と呼べる者も居なかった。


覚えている事と言えば、迫間の山中の寺で様々な経緯で孤児となった者達と暮らし、畑仕事や家畜の世話などを子供達で分担していた事。

そして、“自分が人間ではない”と言われてさげすまれていた事くらいだろうか。

あの時、が拾ってくれなかったら、今の自分は無かっただろう......



寺には老夫婦と孤児が十人ほど暮らしていた。

寄付やお布施で成り立っているこの寺は、お世辞にも良い暮らしが出来ているとは言えなかった。

作物の収穫時期には子供達による取り合いが頻繁に起こっていた。


「まぁたこいつ、寺に戻ってきたぞ!」

「森で霊魔に食べられちゃえばよかったのに!」

「この野菜は全部、お前にはやんない!!」

「…」


一人、森から現れた子供を取り囲んでふざける子供達。

また始まった、いつもの事だと言い聞かせ、その子はうつむいて耐える。


「だんまりか?」

「気持ち悪い!女みたいな顔しやがって!」

「この!!」

「あっ...」


囲まれた子は文句を言う子達に肩を押され、そのまま倒れてしまう。が、それを見ていた住職が止めに入る。


「お前達!またそうやって...」

「なんにもしてないよ!」

「こいつが勝手に倒れたんだ!」


住職に怒られ、子供達は寺の中へ帰って行く。


「大丈夫かい?」

「…」


倒れた子は無言で立ち上がり、そのまま森へと走り去る。


「日が落ちる前には戻るんだぞ!」


遠くで住職がお決まりの言葉を言っているが、耳に入ってこない。

走って、走って......

森の奥にある小さな泉の前でようやく止まる。


「はぁ、はぁ…」

わらし、また来たのか?』


そこには大きな真っ白い狼のような犬のような獣が鎮座していた。


「…」

『...また、だんまりか?もうここには来るなとあ…』

「ここしか、ない!!」


獣の言葉を遮って、子供は大声を上げた。


「みんなと、ちがう!みんなには、おまえがみえてない!でも、ぼくにはみえてる!!」

『そうだ。だからと言って、あまりに来すぎては、お前は人間でなくなってしまうぞ?』

「そ、それでも、いい!!」


必死で子供は続ける。


「ぼくがいるとみんながこまる!きみわるいこどもだって!」

『そうだろうなぁ。人間からしたらお前は気味が悪かろう...』

「だから、ぼ、くは、い、ないほうが、い、いんだって!!」


子供は泣きながら必死に訴え続けた。

それを聞いていたあやかし達が集まりだす。


ぬし様ぁ、酷いですよぉ』

『しばらく置いてあげましょう?』

『ほら、おいでぇ~』


妖達は子供を囲み、慰めては涙を拭く。

その様子を泉のほとりで眺める様。


「うぇん、ぐすっ」

『ほぉら、もう大丈夫』

『笑顔が似合うから、笑いなさいな』


少しずつ落ち着く子供。それを見ていた主様が声をかける。


『…仕方ない。今宵一晩だけだぞ...』

「ほんと?いいの...?」

『ああ』

「ありがと、ぬしさま!」


子供は主様の身体へ飛びつく。主様は仕方ない、というようにため息をついた。


「きょう、ねたら、あしたはちゃんとかえる!」

『約束だぞ?』


ここは「主様」と呼ばれる妖が治める妖の泉。

人間には見る事も出来なければ、触れる事も来る事も出来ない”この世と隠世かくりよの狭間”にある場所。もちろん、時間の流れも狂っている。


『主様!この子、こっちへ来るの?』

『いや、還すよ。この子はここに居てはいけないからな...』

『えぇ~!勿体無い…』

『折角あんなにがあるのにぃ』


口々に文句を言う妖達。

その横で、子供は主様の毛に身を委ね、すやすやと寝息を立てている...



**********



[…それで]

〔その後はどうにゃったの??〕

「その後は、結局起きたら森の中で、妖達はもう居なかったよ」


幼少期の記憶を掘り起こしつつ、鴒黎は刀霊達に話をした。

当時はまだ自分の名前すらなかったなぁと思いだしつつ。


『先程の「主様」というのは、その後会えたので?』

「いや、それっきり泉も見てないよ」

『そうでしたか...姿形が私に似ていたので、何か手掛かりになるかと思ったのですが...』

「そうだよなぁ、今度行ってみるか…」


焔の記憶の手掛かりかもしれないし、と思いつつ自宅へ到着。


「続きは中入ってからにしようか...人目があるしな…」

〔わかったのにゃ!〕

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