第弐話〜刀霊と花守〜

〈霊境崩落〉後、じん 鴒黎れいりはひと月ほど花霞邸かすみていにて眠っていた。


「...ん…」


目を覚ますとそこは屋敷の一室。

全身は鉛の様に重い。ゆっくりと顔を傾けると、かたわらには刃がき出しになっている漆黒の太刀が一振り。


(あれは、悪夢ではなかったか…)


悪夢であってほしかった惨状。

自身に起きた事を振り返っていると、頭の中ではなく、普通に以前の”声“が聞こえた。


『ようやく起きたか。このまま目を覚まさないかと思うたぞ。』


声のする方を見ると、そこには大きな真っ黒い狼が座っていた。


「お前は一体…?」


あの時聞けなかった事をここで尋ねる。

大きな狼は、真紅に輝く目を向けて、語った。


いわく、自身は漆黒の太刀に憑いている刀霊である事。

自身の名前が「ほむら」である事と、刀霊である事以外は覚えていないという事。

そして、花守家系の者か素質のある者を契約者にし、自身の過去を探りたいという願い。


「焔かぁ…」


聞き終えた鴒黎は刀霊の名を呼び、どうにか動いた左手でその毛並みを撫でる。

この大きな狼にはとても似合いの名前だなぁなどと思いつつ。


『…それで、お主はこのまま我と契約する気はあるのか?』


大人しく撫でられていた刀霊•焔は、鴒黎の意思を確かめるように尋ねる。


「お前の言いたい事は分かったし、霊魔を倒すのには刀霊憑きの武器が必要な事も分かってる。が...」


鴒黎には生まれ持った莫大ばくだいな霊力があった。

霊魔はもちろん、妖怪や幽霊、精霊までえるし触れるほどに。

しかしそれは、この世ならざぬ者達をきつける要因ともなっていた。


その大きすぎる力を存分に活かして、鴒黎はから陰陽術や他の呪術・忍術を用いた対霊魔用防御術を習い、駆使してきた。

それでも霊魔を完全に倒すには、刀霊の憑いた武器と契約してる”花守”と呼ばれる御巫みこの力が必要だった。


この力はあくまで、霊魔を退ける為のものでしかないし、鴒黎もその事を十分すぎるほどに理解していた。

しかし現状、霊魔の数に対して圧倒的に花守の数は少なかった。


「…。」

『今すぐにこたえろ、とは言わん。』


鴒黎の思いを知ってか知らずか、刀霊は答えをすぐに求める事はしなかった。


「悪ぃ。少し考える...」


布団の中で鴒黎は思考する。

やがて医者が見回りに来て、鴒黎の診察をはじめる。

その様子を刀霊は静かに見守っていた…



それから約一週間後。

生まれ持った霊力と飛び抜けた自己再生能力により、動けるまでに一月以上かかると言われていた身体は、日常生活が送れる程度に動くようになっていた。

辺りを見渡し、こっそりと花霞邸の一室を抜け出す鴒黎。

その手には、刀霊•焔が憑いた太刀が握られていた。


『…お主、寝てなくて良いのか?何故、こそこそしておる?』

「静かに...。動けるから平気だ。こうでもしねぇと麗華れいか様や羽瀬はぜ参謀に軟禁されるうえに最前線へ送り込まれるからな…」

『前線で活躍するのがそんなにいやか?』


辺りを警戒しつつ、焔へ返答する。


「…俺は元々裏方の仕事してたんだぞ?今もそうだが...」

『だから前線には出たくない、と?』


その問いには無言を返す。

実は、前線に出たくない理由は他にもあった。


長い廊下に誰もいない事を確認し、素早く忍び足で裏口へ向かう。


「居ました!!麗華様、こちらです!」


「ッチ!!見つかったか!」


巡回していた花霞邸の近衛師団に姿を見られ、舌打ち。

刃が剥き出し状態の太刀のを左手で握りしめ、廊下を駆け出した。


「思ったより早かったか...やはり麗華様にはお見通しって訳ね」

『どうするのだ?』

「決まってんだろ?逃げるが勝ち!!」


もう裏口は目と鼻の先。ここで捕まれば、お説教に加えて完全に怪我が治るまで外出禁止令が出るだろう。なんとしてもそれだけは避けたい。


廊下の奥の方では使用人達や近衛師団がざわついてるのが聞こえる。

その声を聞きつつ、鴒黎は裏口の扉を開け放つ。


「!?」


目の前にはたまたま作業中だったであろう庭師が、脚立に乗ったままびっくりしてこちらを見下ろしていた。


この細い路地を走り抜けないと、屋敷の外には出られない。が、目の前は完全に塞がれている。


(どうするか…。もう戻れねぇし…)


何か打開策はないかと、辺りを見回しつつ考える。

追手がすぐそこまで迫りつつあった。


(目の前は脚立に人間、右は塀と木々。後ろは追手が数名に、左はぎりぎり通れそうだが、太刀持ったままだと脚立に当たって無理か。となると後は…)

『もう追手が来ておるぞ?』

「これしかねぇか!」


焔が警告するのと同時に何かをひらめいた鴒黎。

追手が鴒黎の背中を掴もうとした瞬間、脚立に右手をかける。


「おっちゃん!!しっかりつかまっててくれよ!?」


庭師に向かって警告。庭師は咄嗟とっさに塀を掴んで身体を支え、足はしっかり脚立を支えた。

背中を捕え損ねた追手が最後に見たのは、悠々と路地を走っていく鴒黎の姿だった。


「!?」


「悪いが、これ以上は花霞邸ここの世話にはならない!仕事場に帰らせてもらうって麗華様に伝えといてくれ!」


何が起こったのか分からない追手達に向かって手を振りつつ、伝言をたくす。


「ってぇなぁ、やっぱり。傷、開かなきゃいいが...」

『お主、本当に無茶ばかりするのぅ…』


焔は笑いながら鴒黎を見つめる。

庭師の脚立下を滑りこんで出てきた鴒黎の着物は、少し土で汚れていた。


「後でしっかり洗って返さねぇと…」


穴も開いてないよな?と着物を確認しつつ、岐路に着く。


「そうだ、焔。お前との契約の話、受けるわ。」

『ほう?あれだけ渋っておったのに、どういう風の吹きまわしだ?』

「結局のところ、を見つけても今の俺じゃ倒せない。焔もを探しているんだろ?」

『まあ、探しておるというよりは、お主がや他の霊魔のモノになるのがしゃくなんだが。』

「そうか、それでもいい。が倒せるんなら、なんでも」

『分かった。契約はここに結ばれた!この太刀がじん 鴒黎れいりのモノとして、刀霊であるこの焔が許可する!』


焔の言葉の後、刀身がきらめきだした。


「な!?」


一瞬の眩しさに、咄嗟とっさに目をつむる。

すると、先程まで剥き出しだった刀身には、さやが備わっていた。


「…どうなってんの?これ…」


突然の出来事に困惑する。

すると、焔が答えた。


『我は、契約が成立するとその者に見合った武器となるのです。』


今までの尊大な態度はどこへやら。口調の変わった焔が続ける。


『我の本体は、主人あるじによって封じられ、現在は鞘である我が顕現しております。』

「あるじ、ねぇ…」


つまり、先程まで出ていた人格が刀身本体に憑いていた正真正銘の焔。

現在出て来ているのが、契約が成立した際に出てくる別人格、ということらしい。

狼に人格という言葉を使うのもどうかと思うが、それしか良い言葉が見つからない。

焔は続ける。


『我の本体の力は強大過ぎるが故に、こういった対策を講じておるのです。』


焔本体は、本来人間には扱えぬほどに強大な力を持っているとの事だった。

なぜそうなったのか、どうして刀霊になったのかは覚えていないらしいが。


「ふぅん。そういう事なら、改めてよろしく頼むよ、焔。」

『承知。ですが、花守として最前線にて活躍したくない理由をまだ聞いてないのですが?』

「あぁ、それねぇ…。」


焔に向かって鴒黎が語りだす。

自宅兼仕事場までもう少し。


「以前にも、刀霊と契約して花守として戦ってほしい、もっと沢山の人間と触れ合うことも必要だって言われた事があったんだが、俺の霊力のせいで他の花守からは霊魔じゃないかと疑われるわ、周辺にいた霊魔が全部俺の方へ向かってくるわで散々だった…。」


ガキの頃の話だよ、と当時の事を思い出してか、はぁとため息。

それ以来、霊力を抑えるための耳飾りを着用し、溢れる霊力は抑えることに成功した。が、やはり者達からすると鴒黎は恐怖の対象にもなりえるのだ。


「...それに、今の最前線には”英雄達”がいるからなぁ…」

『”英雄達”、とは?』

「〈鬼神〉の二人。歳は俺とそう変わらないと思う。百鬼なきり 椿つばき朝霞あさか 神鷹じんよう。この二人が戦地に行けば、必ず勝てると言われるほどのつわものだよ。」


〈鬼神〉、二人の名字と名前の一部を取って尊敬と畏怖いふを込めて付けられた異名いみょう

二人とも、代々続く由緒正しい花守家系の当主。その手腕は、他の花守達が一目置くほどのもの。

〈霊境崩落〉の際、鴒黎は瀕死だった為、目覚めてから聞いた情報だ。


「その二人が最前線に出ている限りは、俺が出る幕じゃあないと思う。作戦指揮する羽瀬参謀はせさんぼうとその下で動く霧原きりはら 灯花とうかの邪魔にもなるし。」


霧原 灯花、十七歳の元女学生にして現霧原家の当主。その能力は霊魔を探知し、地図上に位置を浮かび上がらせるものだ。


『...なるほど。そのでは、確かに主人の強大な霊力は邪魔になりそうです。』

「だろ?だから、別に出る必要もねぇと思ってんだけど…」


しかし、花守の数が圧倒的に足りていない今。花守達を率いるかこい 麗華れいかと羽瀬参謀の二人は、鴒黎が花守として働く事を望んでいる。



そんな事を話していると、自宅兼仕事場へ到着。

喫茶店の扉を開けてそのまま奥へ向かう。


「今、帰った。」


突然帰ってきた主人に驚く店員達を横目に、鴒黎はよろず屋へ入っていった。


「なっ!?」

『これはこれは…』


扉を開け、驚く鴒黎と面白そうに笑う焔。

目の前の机の上には外套インバネスが丁寧に畳んで置いてある。

外套インバネスの上には手紙が一通。


”靭 鴒黎殿。そなたが花守として働けるよう、ここに外套を置いておく。好きに使って良い。ただし、その傷が癒えてから戦う事!

追記:たまには顔を出しに来るように。 囲 麗華。”


「……戦サ場に呼ばれるのは時間の問題...」

『一枚以上、上手でございましたね。』


手紙を震える両手で握りしめ、青ざめる鴒黎に対して、愉しそうに笑う焔。


囲 麗華、恐るべし。


こうして、鴒黎と焔は正式な手順を踏んではいないものの、花守の一員となったのであった…

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