第三話

 お父さんへ

 返信ありがとう。なかなかポストに私宛ての封筒が入っていないから、もう諦めようと思っていたところでした。

 また友達と離れてしまうとか、勉強について行けるかとか、心配や不安でいっぱいでしたが、無事に新しい友達もできました。成績もそれなりに良く保てています。想像していたよりも高校は楽しいです。

 夏休みは早々に宿題を終わらせて、友達と遊んでいました。隣町にあるショッピングモールまで電車で行ったり、近場の喫茶店を巡ったりしました。学校ではいつも一緒の三人です。

 海水浴やキャンプの話も持ち上がりましたが、日焼けと虫刺されが気になるので、話し合って行かないことにしました。あまり夏らしくない日々でしたが、中学校の時に仲良しだった友達とは違うタイプの子でとても新鮮で楽しかったです。

 ショッピングモールにある雑貨屋さんで、コスモスのレターセットを見つけました。以前に送った手紙と同じデザインなので、他のものと迷ったのですが、私はこれが気に入ったので少し秋には早いですが、これに決めました。お父さんのバラも綺麗でいいですね。私の選ぶものは少し子供っぽいでしょうか。

 話は変わりますが、母からの入学祝いでスマートフォンをプレゼントされました。私のアカウントを書いておくので、メッセージを送ってもらえると嬉しいです。

                               愛美より 


 私は密かに文通を楽しみにしていたのだが、返事を待つ時間はもどかしいものだった。愛美が頻繁なやりとりを求めているというのであれば、それは嬉しいことだった。

 私も時代の流れに沿ってスマートフォンに乗り換えていたが、その利用方法は従来の携帯電話の域を超えるものではなかった。通話とメールと目覚まし時計、少しばかりのウェブ検索。持て余しているように感じていたものだから、これも良い機会だと思った。

「お父さんです。手紙が届いたので、早速メッセージを送っています。愛美のアカウントで間違いないですか?」

 画面を滑らせて文字を入力する独特な方式に少しの時間をかけて、打ち間違いのないように気をつけて、後から何度も文章がおかしくないかを確認して、震えた指で送信のボタンを押した。紙飛行機のマークに触れると、緑の吹き出しが青の背景に浮上した。しばらくして、その吹き出しの外に既読という文字が現れて、それから同じようにして吹き出しが画面の左端に現れた。

「やほやほ、まなみだよ」

 どうやらうまく送られたようだった。私は大学時代にアルバイトで得た最初の給料で、携帯電話の契約をした時のことを思い出した。ちょうどあの時、勢いで元妻にメールを送ったのだ。青春時代に戻ったような錯覚。違うのは、今は残暑と緊張でシャツが汗で湿っていること。

「手紙ありがとう。コスモスの便箋とてもかわいかったよ。それから手紙の返信が遅れてごめん」

「気にしてないよー」「ていうか、ちょっとかたすぎ笑」

 明確な違和感、それから若干の嫌悪感が渦巻いた。私の想像していた大和撫子は一体どこへ行ったという感じで、知性の見えない文章だった。確かに手紙のように長い文章を綴るツールではないが、とはいえ一言ごとに分けて、漢字の変換は手間だからかひらがなばかり。声のない、顔の見えない会話のようだった。

 それどころかあまりに無邪気な話し口調だった。良く言えば陽気で柔らか、それこそ私の記憶にある幼い愛美そのままだった。

 気軽にコミュニケーションをとれるようになった私たちはそれ以降は手紙を書くことはなかった。SNSでのやりとりは二年続いたが、その中で彼女の知性がその文章に現れることはなかった。

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