第12話

俺はなにかを言おうとしたが、なにも口から発することが出来なかった。


口の中がからからだった。


その異常な表情は、あの千石にもなにかを伝えたようだ。


少しばかりの動揺の色を見せ、無言で小久保を見つめている。


恐怖を感じ取る能力が退化しているような千石が、怖がっているのだ。


「おい、おまえ……」と千石がようやく言った。


すると小久保が千石を強く指差すと、一瞬でその姿を消した。


少しの間の後、千石が「えっ?」と小さく言ったかと思うと、ゆっくりと歩き出した。


ギクシャクとした、歩くこと自体に慣れていないかのような妙な歩き方で。


「えええええっ?」


千石は断崖に向かって歩き、やがてその縁に立った。


俺はなにもしなかった。


というよりも、一体なにがどうなっているのかわからなかったのだ。


「おい、よせ、やめろ!」


千石はそのまま崖下に身を投じた。


「うわわわわわーーっ!」という叫び声が聞こえ、それが下降しながら少し小さくなったと思ったら、ぐべちゃ、という音で止まった。

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