第3話

その顔のまま千石が言った。


「決まっているだろう。見に行くんだよ」


「おい!」


「そうと決まれば、今すぐにでも見に行くか。お互い、今日は午後の授業はないんだし」


俺の抗議は、完全になかったことになっていた。



それでも最初のうちは、あれやこれやと抵抗はしていた。


しかし千石は驚くほどに押しが強いたちで、この俺は、どちらかと言えば押しには弱いほうだ。


つまり勝負にはならない。


千石が「見に行く」と口にした時点で、二人で見に行くことは決定事項となっていたのだ。


車は俺の車。


運転しているのは車の持ち主である俺。


知らない人から見れば、俺が千石をどこかに連れて行っているように見えるだろうが、実際はその逆だ。


ハンドルもアクセルもブレーキも、助手席で腕を組んで前を睨みつけている千石が思うがままにコントロールしている。


行き先は大学からさほど離れていない場所にある、小ぶりなキャンプ場。


そしてここからが重要なことであるのだが、キャンプ場の奥にある断崖の縁に、その姿を現すというのだ。


小久保という名の男が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る