57 父と娘

 根来と祐介が洞穴から出ると、目の前には朝日が一杯に差し込んでいた。その光によって、海が眩しく輝いていた。この島で起こった多くの不幸を忘れさせようするかのように、海は美しく輝いているのだった。

 それなのに、根来はやりきれない思いが込み上げてきて、無言のまま俯いた。

 もっと俺にできることが何かあったんじゃないか……。

 その問いかけに、海は何かを語ってくれているようで、それが何かは根来には分からなかった。


 その時、根来を呼ぶ声が聞こえてきた。根来は、その懐かしい声を聞いて、はっとして、その方向に振り向いた。

 見れば、岩の隅に所轄の刑事と一緒に、すみれが立っていた。

「お父さん……」

 すみれは瞳を潤ませていた。父のことを、ずっと心配していたのだろう。

 根来はそれを見て、思わず泣きそうになったが、祐介や粉河の前でもあるから、ここは頑張ってこらえようと思った。そうして、無理に笑顔を作ると、

「俺は見ての通り元気だ。安心しろよ」

 と言った。すみれは手で涙を拭うと、父を鋭く突き刺すように叫んだ。

「そんなこと言って、ずっと心配してたんだよ……お父さん……!」

 根来は、その言葉が胸に突き刺さり、しばらく俯いていた。すると、根来はすみれの方を向いて、

「いつもごめんな。お前に心配ばかりかけてさ。俺は向こう見ずな男だし、刑事だからさ、お前に心配ばかりかけちまうんだ……だけどさ、俺が、この洞穴の中で死にかけた時、お前の顔が浮かんできてな。お前と過ごした日々が浮かんできてな。こんなところで死んじゃいけねえよなって思えたんだよ……すみれは俺のたった一人の娘なんだからさ……すみれがちゃんと幸せになるまでは、俺は死んじゃいけねえよなって思ったんだ……」

 根来は、泣いていない振りをしながらそう言うと、腕で涙を拭った。

「いつもありがとうな……」

 すみれは自分の涙を拭いながら、

「うんっ……」

 と小さく返事をして、微笑んだ……。


 祐介と根来は、一先ず、漁船に乗って帰ることになった。青月島に残って、現場検証をする体力は二人にはもうないので、一旦、新潟県の病院に行くことになったのである。

 朝日に包まれて光り輝く海原を眺めながら、祐介は思った。これからの尾上家は大変だろう。残された時子、幸児、沙百合がどのように生きていくのか、祐介には想像もつかなかった。これからが本当に頑張らなければならない時なのかもしれないのだ……。

 根来は、すみれと再会できて心の底からほっとしたようだった。あの娘さんが誰かと結婚するとしたら、結婚相手は大変だろう。根来の、あの可愛がり方だと、下手なことをしたら、婚約者は海に沈められかねない。それを想像した祐介は、他人事と思って、つい笑いそうになった。

 しかし、そんなことよりも……。祐介は根来に向き直るとずっと思っていたことを告げた。

「根来さん……」

「どうした?」

「この四日間……根来さんには、何度も命を救われました……ありがとうございます……」

「なんだ、そんなことか。お前だって、俺の命を救ってくれたじゃねえか。お前は命の恩人だよ」

 そう言って、根来は笑った。

「しかしなぁ、旅行気分だなんて悠長なことを言って、結果的にこんなことになっちまうなんて、刑事失格だなぁ。お前がいなかったら俺は本当に死んでいたよ……」

「そうですか? 僕は記憶にありませんが……」

「照れてんなら、海に突き落とすぞ」

 根来はそんなブラックジョークを嬉しそうに言った。

 そうして、根来はしばし真顔に戻って、少しばかり物思いにふけった様子になってから、口を開いた。

「俺は、この島での四日間を一生忘れないよ。お前も忘れんなよ……」

 そう言って、少し目を細めて、遠去かってゆく青月島を眺めているのだった。祐介も、それに釣られて島を眺める。

 青月島は、どんどん小さくなっていった。あの四日間の出来事が嘘のように思えるほど、本当に小さくなって、海の輝きの中に消えてゆくのだった。

 そして、それはいつしか、視界から完全に消えてしまうことだろう。そうだとしても、この青月島で根来と過ごした四日間のことは、一生忘れることはないだろう。祐介はそう思ったのだった……。






   青月島の惨劇 埋蔵金をめぐる血塗られた一族の物語 完

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青月島の惨劇 ―埋蔵金をめぐる血塗られた一族の物語― Kan @kan02

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