54 問い

 根来は、黙って聞いていたが、なんと言って良いのか分からなくなった。すみれのことが、ふと頭をかすめたからだった。

 代わりに祐介がある疑問を尋ねる。

「英信さんをあの岸壁の上に、呼び出したのは、どういう話を持ち出したのですか?」

「それは、暗号に関する重要な秘密を私が知っていると伝えたのです。そうしたら英信は、私の分まで、二つも懐中電灯を入れた鞄を持ってきました。その鞄は、いずれどこかで使うことになるかもしれないと思って、そこの洞穴の中に隠しておいたのです……」

 その懐中電灯がこれです、と言うのも何なので、根来と祐介は黙っていた。

「こんなに正直に胸の内を話したのははじめてです。全てが終わった開放感でしょうね……さあ、探偵さん、刑事さん、先ほども言いましたが、こんなことを知って、あなた方はどうするつもりですか?」

 未鈴はそのように言って、にっこりと笑った。

「どうしようというつもりもありません」


「そうですか。それでは、あなたにお尋ねしたいことがあります。私のしたことを正しかったと思いますか……?」

 その問いは、未鈴にとって最も重要なものだった。

 祐介は直感した。この問いこそ、未鈴の生命をかけた闘争の締めくくりなのだと……。そして、おそらくは、未鈴の行為を肯定しなれば、自分たちはたちまちこの場で殺されてしまうのだろうということも想像ができた。

 未鈴は、本当は生命をかけた復讐を終えた今だからこそ、これまでにない激しい葛藤に苦しんでいるのだ。その問いを、正々堂々と目の前の祐介にぶつけてきたのだ。

 未鈴のプライドの全てを、肯定するのか、否定するのか……?

 どう言えばいいのだろう。

「正直に言ってやればいいさ……」

 根来はぼそりと言った。根来も、この場で未鈴に命乞いをすることも考えた。しかし、それが未鈴にとって、本当に良いこととは思えなかったのだ。

 ……ただし、未鈴の刀の腕前は、おそらく、元也の比ではないだろう。根来をもってしても、防ぐことはできないだろう。

 祐介は、根来の言葉に静かに頷いた。そして、祐介は未鈴に言った。

「未鈴さん、あなたのしたことは、やはり正しくなかった……」

 ……その時、未鈴の表情が苦しみに歪んだ。


 未鈴は、日本刀を構えると、たちまち祐介に飛び込んで、顔面を斬りつけようとした。祐介は、反射的に手に持っていた懐中電灯をかざした。その瞬間、その懐中電灯が二つに割れて、すっ飛んでいった。

 途端に、目の前が一気に暗くなる。

「まずいっ!」

 根来は慌てて、自分の懐中電灯を消す。こうして、二人はすぐさま闇の中に逃げ込んだ。

 未鈴は、自分だけが見えていることに気づき、すぐに懐中電灯の明かりを消した。その途端、あたり一面は完全なる暗闇に包まれたのである。

 誰がどこにいるのか、まったく分からない。そんな暗闇の中で、静寂ばかりが果てしない恐ろしさとなって、三人を襲ったのだった。


 どれほどの時が流れたか、祐介は耳をそばだてる。祐介は、物音を立てたり、懐中電灯をつけた瞬間が、自分の死ぬ時だと思った。

 それなのに、暗闇の中で、ごつい手が祐介の頭をしきりに触ってくる。どうも、根来の手に違いないのだが、これは本当に何がしたいのか分からない。おそらく、俺はここにいるから安心しろ、という意味だろう。

 せっかく物音を立てないでいるのに、と無性に腹が立って、祐介は根来を軽く蹴飛ばした。

「うぐっ……」

 根来が苦しげな声を上げた。まずい。これでは未鈴に、根来の居場所がばれてしまう。

 焦った根来の大きな足音が響く。その瞬間、刀を振るう鋭い音が洞内に響いた。

 その途端に、根来が落とした懐中電灯の明かりが点き、鍾乳洞の中が一気に照らし出された。

 これによって、ようやく三人の位置関係が分かった。いつの間にか、根来は遠くに飛び退いていた。ところが、祐介の目の前に未鈴が立っていたのである。

 その途端、未鈴は日本刀を構えると、祐介めがけて日本刀を振り下ろした。

 次の瞬間、祐介の首元には、未鈴の日本刀の切っ先があった。

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