55 復讐の終焉
祐介の首元には、日本刀の切っ先があった。しかし、その日本刀はあからさまに、その場で、ただ小刻みに震えているだけなのだった。
未鈴は、祐介を殺さなかった。否、殺せなかったのだ。復讐という行為を完了した今でさえも、満たされない心が未鈴を苦しめ続けていた。それこそが、闘争に身を委ねていた未鈴にとって、もっとも許しがたい事実であった。
未鈴は、それが自分でよく分かっていたから、祐介を斬り殺すことができなかったのである。
祐介は、未鈴の苦しそうな顔を見て、もう彼女が人を殺すことはないだろうと確信した。
未鈴は、祐介に言った。
「私はあなたに、この復讐が正しかったかと尋ねました。あなたは正しくなかったと答えた。そんなこと……本当は私が一番よく分かっていることでした。この復讐を終えた今でも、私の心には大きな穴が空いたままです……。でも、私はあえて、あなたにその言葉を言わせて、その考えを、あなたごとこの世から葬り去ってしまえば、どんなに気が楽になるだろうと思ったのです。でも、そんなことをしても、私はやっぱり苦しみの中から逃げられずに、一人でもがいていることでしょう……」
未鈴は、構えていた日本刀を下ろした。そして、祐介と根来を見まわすと、
「探偵さん。刑事さん。死体を何人並べても、私の悲しみが癒えることはありませんでした。私は今まで、目的を達成すれば……つまりあの三人を殺害してしまえば、私の心が癒されるものと信じて疑わなかったのです。それは私がずっと抱いていた希望でした。その希望があったからこそ、これほどのことをしてこれたのです。でも、今、私の内側には、得体の知れない悲しみと空っぽになってしまった心があるだけです……」
未鈴は、そう言うと悲しげな笑みを浮かべて、祐介を見つめた。
「そうです。あなたの言う通りです。私が追い求めていたものは、幻だったのです。私が復讐をすれば、父や母が報われるとか……でも、今の私には全てが間違っていたのではないかという……耐えられない疑いが込み上げてくるんです……!」
未鈴は、日本刀を構えると、祐介から後ずさりした。
「それに、あの男たちが死んでも、私の中ではまだ生きているように思えます。本当に、私にはどうすることもできない記憶となって、彼らは永久に生き続けるのだと思います。顔が浮かんでくるんです。言葉が浮かんでくるんです。死んだなんて思えないんです……! そして、私にはそれが耐えられない……」
未鈴の握りしめられた日本刀は大きく震えていた。
「未鈴さん、あの三人は確かに死にました……」
「そうです。でも、それは、ただ肉体が死んだだけのことです……。彼らの心はどこかで生きていて、その欲望は、今もどこかで私の不幸を嘲笑っているんです……!」
祐介は少し考えてから、静かに語った。
「未鈴さん、終わったんです。何もかも……」
未鈴は、その言葉に頷いた。
「探偵さん。ただ一つ、終わっていないことがあります。それは私の記憶の中の三人を消し去ることです。それを行えば、私の復讐は終焉を迎えるのです……」
そう言うと未鈴は、ポケットから何かを取り出して、自分の口に当てた。それから間もなく、未鈴は膝から崩れ落ちていったのである。
「未鈴さんっ!」
祐介と根来が慌てて、未鈴の元に駆け寄る。未鈴は自ら毒を飲んだのだ。
祐介に抱き抱えられた未鈴は震えた声で、
「探偵さん……私を可哀想だとか……そんなこと思わないでくださいね……私は殺人鬼という呼び方をされる方が……よっぽど気が楽なんです……よっぽど気が晴れるんです……! だから……探偵さん……そんな憐れみで……私を……見ないで……」
そう言って、未鈴は少しばかり微笑むと、ぷっつりと糸が切れたように、そのまま静かになったのだった……。
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