50 すみれの心配
すみれと粉河が青月島に上陸した時、異常な静けさが、二人を襲った。この島には何か良からぬことが起きている。そんな気がしてならなかった。
すみれと粉河が、そして同行を依頼された所轄の刑事が洋館へ歩いてゆく。洋館のチャイムを鳴らす。それだけなのに、そのドアを開いた時子の瞳は恐怖にまみれていた。
粉河は自分が警察官であること、そして、すみれは根来の娘であることを伝えてから、
「何かあったのですか?」
と粉河が尋ねた。
「恐ろしいことです。人が次々と殺されていきました」
その言葉に粉河とすみれは顔を見合わせた。すみれは身を乗り出すと、
「父は! 父は今、どこにいるんですか!」
「どこに行ったのか、私も分かりません……うちの元也が犯人だと決めつけて、日本刀を持って、追いかけてゆきました……」
「そんな……」
すみれは心配そうに粉河の顔を見た。
「大丈夫ですよ。根来さんはそんな柔な男じゃない。それで、誰が亡くなったのです……?」
「東三さんと……双葉さんと……主人……それに元也の妻の富美子さんです……」
粉河は頷いてから、
「そうですか。分かりました。ところで、二番目のソーヨーさんというのは誰のことですか?」
「東三さんのお兄さんです」
そうか、
「ところで葉月未鈴さんはいらっしゃいますか?」
と質問した。
「それがどこにもいないんです……」
「何ですって……分かりました。すぐに探し出しましょう。今、行方が分からないのは誰と誰ですか?」
「根来警部さんと羽黒探偵さん、それと元也と葉月未鈴さんです……」
「分かりました。すみれさん、こちらへ……」
粉河は、すみれを洋館の影に連れて行き、話しかけた。
「この一連の事件は、双葉が起こしたものだと思います。そして、先ほども確認を取れた通り、葉月未鈴という人物は実在しません。葉月未鈴こそが支倉双葉であるとすると、葉月未鈴は今、この島のどこかにいると思います。すぐに見つけ出します」
「一刻も早くお願いします」
すみれは、父のことが心配だった。またどこかで無理をしているのではないか、とか。しきりに不安が込み上げてくるのだった。
頼もしい父ではある。だけれども、どこか頼りないところもあるのだ。今までも、すみれは父に心配ばかりかけてきた。だけど、父の方がよっぽど、すみれに心配をかけてきたのだ……。
すみれは不安になる。
父がもし死んだら……そんな心配がすみれの胸をかけめぐってゆくのだった。
すみれはその丘の上から、海を眺めた。黒い海だった。暗闇の中で、波音ばかりが響いていた。悲しみに満ち溢れた海、誰も帰ってこない冷たい海がそこに拡がっていた。
すみれはこんな海を見ていると悲しくなる。この大きなうねりの中に、自分が一人取り残されたようで、うそぶきたかった。だけど、すみれは間違いなく、この悲しみのうねりの中にいた。人が死んでゆくこの島に叫びが聞こえているようだった。
「すみれさん……心配ですか」
粉河は尋ねた。
「心配です……」
「大丈夫ですよ。根来さんは、あなたを悲しませるようなことはしません。根来さんはそういう刑事です」
粉河の言葉には、強い力が込められていた。
「そうですね。父は必ず帰ってきます!」
すみれも、瞳に浮かんだ少しの涙を拭うと、希望に満ちた声で、そう答えたのだった。
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