49 密室のトリック

 祐介は、ついに第一の殺人のトリックを語り始めた。

「以前、根来さんにも言いましたが、現場の電気が消されてなかったことや、床の血を拭き取らなかったことから言って、犯人には、その時、時間的な余裕や、精神的な余裕はなかったのだと考えられます。したがってこのトリックもまた、行き当たりばったり的な、偶然を利用したトリックなのです。

 そもそも、日本刀で斬り殺された死体を見て、誰が自殺や事故だと思いますか。犯人の狙いは、自殺や事故だと思わせることではない。そもそも、この密室自体が、非常に偶発的に出来上がったものだと言えるのです」

「偶発的に密室が出来上がるというのが、ちょっと信じられん話だが……」

 祐介はゆっくり頷く。

「確かにその通りです。これは極めて驚くべきトリックです。ここで一旦、状況を整理しましょう。殺害現場には出入り口が二つと、ベッドの枕元の机の上には鍵が置いてありました。出入り口のドアには、どちらにも鍵がかかっていました。正確に言えば、廊下側のドアにはシリンダー錠、裏庭側のドアは閂がかかっていました。

 死体発見時、僕たちは、東三のことが気になって、廊下側のドアを開けようと試みましたが、鍵がかかっていた為に開きませんでした。そこで、未鈴さん一人をその場に残して、裏庭側に回り込んで、そこの窓からはじめて死体を見ました。その後、すぐに未鈴さんも僕たちを追って裏庭側にきましたね。それから、裏庭側のドアを壊して室内に入ったんです。その時、すぐに机の上に鍵が置かれていたのは目撃しています」

「完全な密室だな……」

 ところが、その言葉に祐介は首を横に振った。


「そうでしょうか? 我々が、廊下側のドアの前に立っていた時、ドアに鍵がかかっていたのは間違いありませんが、その時、机の上に鍵が置かれていたかどうかは分かりません。それと同じように、我々が裏庭側に回り込んだ時、机の上に鍵が置かれていることは見ていますが、今度は、廊下側のドアに鍵がかかっていたかどうかは見ていないのです」

「なんだって、廊下側のドアに鍵がかかっていたか……?」

 根来は少し、考えてはっと顔を上げた。

「そうだ。確かにあの時、廊下側のドアノブには石鹸の入ったビニール袋がかけられていて、シリンダー錠のつまみはその裏側に隠れていた! 鍵がかかっていたかどうかは見ていない!」

 祐介は、その言葉に頷く。

「そうです。このトリックは恐ろしい心理トリックです。廊下側のドアに、鍵がかかっている時には、机の上には、鍵はまだ置かれていなかったのです! そして反対に、机の上に鍵が置かれている時には、廊下側のドアのシリンダー錠はかかっていなかったのです!」

 根来はその説明にめまいがするようだった。しかし、考えてみれば、そうか、そんな単純な方法だったのか。

「前提として、未鈴さんは決して密室殺人などを犯そうなどと思っていなかったのです。未鈴さんは単純に、東三を刺殺してから、死体がすぐに発見されないように部屋に鍵をかけて出て行っただけなのです。そして、その後、未鈴さんは鍵をポケットに入れたままでいたのです。

 さて、東三の部屋に四人で訪れようとして、血の痕跡を見つけて、ドアを壊そうなどという話になります。未鈴さんは心の底から「まずい」と思ったことでしょう。今、自分のポケットの中には殺害現場の鍵が入っているのです。これが見つかったら、自分の犯行であることがたちどころにばれてしまいます。

 しかし、ここでもチャンスが訪れました。その場を未鈴さんに任せて、三人は裏庭側に回り込むことになったのです。三人が玄関から出てゆくのをみると、未鈴さんはすぐさまその鍵を使って、ドアを開けて、室内に入り、机の上に鍵を置きました。それは本来、あるべき場所に証拠品を戻したという程度の感覚だったのでしょう。

 そして、その時にシリンダー錠のつまみが縦、つまり、かかっていない状態になっていると、不自然な状況になってしまいます。これは当然、ドアの前に残っていた未鈴さんが疑われることになります。未鈴さんは「それはまずい」と思って、東三の部屋に置いてあった石鹸入りのビニール袋を、ドアノブにかけて、それによってシリンダー錠のつまみを隠したのです。ドアノブにビニール袋をかけたのは、それだけのことでした。

 そして、未鈴さんは洋館の外側から回り込んで、我々と合流しました。我々は、すぐに裏庭側のドアを壊して、室内へと侵入しました。この時、当然ながら机の上には、殺害現場の鍵が置かれていることになるのです。

 未鈴さんは、その鍵に注目する根来さんを尻目に、後ろ向きに、ビニール袋に隠されたシリンダー錠のつまみを縦から横に戻したのです。つまりこの時、再度、ドアに鍵をかけたのです。

 あの時、根来さんが机の上の鍵を手に取って、廊下側のドアに向かった時、そのドアの前に立っていたのは誰ですか?」

 根来は思い出して、ゆっくりと頷いて言った。

「葉月未鈴だ……」

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