48 アリバイトリック
根来はあまりのことに叫んだ。
「葉月未鈴が双葉だって! だって、未鈴は女性だし、他の二人よりも若いじゃないか。なんであいつは双葉だって言うんだ」
「根来さん、だから我々は双葉のことを何も知らなかったんです。英信さんだって会ったこともなかったのですからね。まず英信さんも勘違いしていたのですが、潤一、双葉、東三という順番で考えていましたね。しかし、暗号を並べる順番は、東三、潤一、双葉だったではないですか。この時に、なぜ兄弟の順番ではないのか、と思いました。ところが、これこそが真の三兄弟の順番だったのです!」
「馬鹿な……だとしたら、なぜ英信は双葉を男性だと思ってしまったんだ……」
「まず、これをフタバではなく、ソウヨウも読んでいるところからです。これは完全に読み違いで、女性の名前としてフタバと読むと思うのですが、女性の名前を音読みで読むことによって、男性と勘違いしてしまったのでしょう。この読み違いは、英信さんよりも以前に、その母親の巴さんが読み違えたのかもしれません。これは推測に過ぎませんがね」
「なるほど、本当はフタバと読むのか……」
根来は頷く。
「そして、勘違いをした原因は、英信さんの話にもありました。『双葉さんは剣道に熱心らしい』という情報です。これだけでは、男性なのか女性なのか分かりませんが、英信さんは、剣道家というものに、非常に男性的な印象を持っていたのでしょう。その為に、この言葉から双葉さんを勝手に男性と刷り込んでしまったのです。
問題は、尾上家の人間や我々が、英信さんからの情報を元にしていたということです。これによって、双葉さんの人物像が大きく歪んでしまったのです。そして、東三もそれを利用して男性のアドバイザーを連れてきましたし、双葉本人も誰にも気付かれることがなく過ごせたのです!」
「恐ろしい錯誤だ。この島という情報の限られた空間だからこそ実現した、奇々怪々なトリックだと言えるだろう。それで、未鈴はどうやってこの殺人をやってのけたんだ」
根来の関心は、第一の殺人と、第二の殺人のトリックに移っていた。
「まず、第二の殺人のトリックからご説明しましょう。これは非常に簡単な方法ではあります。これも、この島という閉鎖空間を利用したトリックです。つまり検死官がいないので、死因が何かということが分かりづらいのです。
僕たちは、顔を石で潰された死体を見た時に、てっきり撲殺かと思ってしまったのです。それが正確な検死に基づくものではないのに、です。実際、死体は波にうたれていて、とても正確な検死が行える状況ではありませんでしたし、繰り返すようですが、この場には検死官がいないわけです。ところが、被害者の鞄からカプセル錠が出てきた段階で、これは大きく揺らぎ始めました。
これは単純ですが、極めて難しいトリックです。根来さん。良いですか。犯人はあの探偵が飲んでいるカプセル錠と同じような外見のカプセル錠を用意します。その中には何らかの毒物が入っているのです。後は、これを被害者の薬袋の錠剤が入っている入れ物を、気にならない程度に開いて、中の錠剤を取り替えておいたのです。
被害者は食後、あの薬を飲むことになります。そして、そのまま、彼は散歩に行くと言って……その実は埋蔵金を探しに行ったのだと思いますが……浜辺を歩いてゆく。そして、その途中で死亡したのです。
未鈴さんは、ただ食後にアリバイを作っておけばよかった。ところが、これだけでは被害者の死因は不明のままです。当然、毒殺も疑われることでしょう。未鈴さんが計画していたことはこの程度でしょうが、できることなら、もっと目に見えるあからさまな死因が欲しかったのです。ところが、それを得るチャンスが舞い込んできた。根来と僕が帰ってこないというので、探しに行くことになったのです」
根来は驚きの声を上げる。
「偶然を利用したのか、頭のキレる犯人だな…….」
「ええ。未鈴さんは僕たちを探す振りをして、実は死体を探していました。そして、実際に誰よりも早く、浜辺で探偵の死体を見つけたのです。未鈴さんはすぐさま、浜に落ちていた石を持ち上げて、死体の顔に振り下ろした。顔が半分潰れる。このようにして、撲殺という偽りの死因が演出されることとなったのです」
すると根来は首を傾げる。
「しかし、そのトリックだと警察が到着すれば、結局、司法解剖が行われて、分かっちまうんじゃねえかな……」
「その通りです。しかし、警察が到着するまで四日間もあるのです。その間に、死体は海に流してしまえば良いのです」
その言葉に、根来は頷いた。
「未鈴さんが配慮したことは、この日本刀による殺人もそうですが、毒殺ということをまったく想像させないことでした。確かに毒物を所持していたのなら、英信さん、元也さん、富美子さんを殺害するのはもっと容易に行えたでしょう。しかし、それを行った途端に、第二の殺人のアリバイは無くなります。未鈴さんは、この第二の殺人のアリバイを、自身の潔白を証明する根拠として持っておこうとしていたのでしょう。だから、毒物はたったの一回しか使っていないのです」
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