47 犯人

 根来は鍾乳洞の中で、しばらく無言であった。

口を開いたかと思うと、

「あの男が偽物だったとしたら、あれは一体、誰なんだ?」

「僕は、あの男が語っていたことを思い出しました。あれは話し合いがあると言って、階段を降りていた時のことです。彼は我々にこう言いました。『なんでも、私どもの間でトラブルが起きないように見守って頂けるということですね。群馬県の方ですか』根来さんが「そうですな」と、答えると『ふん。それなら私と似たようなものですな』と男は答えたのです。僕たちはてっきりこの言葉が「群馬県の方」というところにかかっているのだと思って、あなたも群馬出身ですか、と尋ねましたね。しかし、同じ出身の人のことを『私と似たようなもの』と表現するのは少し不自然です。あの言葉は本当は『私どもの間でトラブルが起きないように見守って頂ける』にかかっていたのではないでしょうか。つまり、彼も探偵のような人間だったのではないでしょうか?」

 この時、根来と祐介は知ることもできなかったが、すみれが双葉の母の実家ということで訪れたのは群馬県ではなく、東京都の王子だった。ところが、あの男は「母は高崎の人間だ」と語ったのである。それは、この会話の不自然さを無くすための出まかせであったのである。


「そう考えることはできるな。なるほど、英信が俺たちを呼んだということは、東三もアドバイザーが欲しいところだ。そいつを双葉の振りをさせて、連れて来たってわけだ。しかしなぁ」

 根来には、まだ納得がいかない点があった。

「すると、東三は本物の双葉を呼ばなかったのか?」

「それはありえません。東三はおそらく、自分と潤一さん以外の残りの暗号を手に入れる為に、関係者をこの島に集めたのです。双葉が来ないということは、東三にとっては大きな痛手となります。そうではなくて、東三は、尾上家の人間として、双葉が紛れ込んでいることをちゃんと知っていたのです。だから、双葉の代わりに探偵を呼んだということなのです」


 根来が眉を吊りあげる。

「双葉が尾上家の人間の中にいる……?」

「ダイイングメッセージの点から言っても、犯人は双葉であり、この島に潜んでいることになります。そして、その人物はこの洋館を出入りしている。被害者の警戒も緩めさせるような人物です。そのようなことができるのは、尾上家の人間しかありえません。したがって、東三はそれを承知で、否、かえって、好都合だと思っていたのでしょう。英信がもし暗号を待っているのなら、尾上家の内部に味方がいることは好都合だということになりますからね」

 根来はなるほど、と頷く。

「すると、東三は双葉を仲間だと思っていたのか」

「共に尾上家の人間に、対抗心を抱いているという点で、確かに仲間意識はあったと思います」

 祐介は説明を続ける。


「このように考えてゆくと、東三と双葉を名乗っていた男が殺された動機は、一次的な動機は分かりませんが、二次的な動機は、自分の正体を知っている人間を殺害して、先に口を封じようとしたものだと推測されます。この後に、英信さんを殺害し、元也さんを殺害するのが、すでに決まっていたことだとしたら、自分が双葉だと気付かれてはまずいのです」

「確かにそうだな。その男を双葉として、殺害しておいた方が、自分に容疑がかかることは少なくなるからな。だけど、そろそろ教えてもらおうか。一体、誰が双葉さんだ?」

 根来のその言葉に、祐介は頷いた。

「分かりました。勿体ぶっても仕方がありませんので、この辺で、犯人の名前を言いましょう。さて、今まで述べたような点をふまえて考えてゆくと、一体、支倉双葉とは誰なのか、自ずと分かります。結婚をしている人物は、身元は欺けないでしょう。したがって、尾上家の人間で、身元がはっきりしない人間は一人しかいません」

 根来は叫んだ。

「その名は!」

 そして、ついに祐介はその名前を告げた。

「犯人の名は、葉月未鈴です!」

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