46 和尚の語ったこと

 すみれと粉河は、ついに港町に着いた。漁船に乗せてもらって、青月島へと向かうところである。日は沈み、海が静かなのがかえって不気味であった。

 粉河は、しばらく携帯電話で話していたが、ついに確認が取れたということで、すみれの方に向き直った。

「すみれさん、あなたの言う通りでした。しかし、この状況をどう考えますか」

 すみれは答えた。

「島に行ってみないと何とも言えませんが、何か、恐ろしいことが起きている気がしてなりません」

 粉河は頷いた。今、二つの事実の確認が取れたところである。まず東京の江本という探偵が、東三に依頼されて、アドバイザーとしてこの島に呼ばれたということ。

 そして、もう一つの事実……。


 海が悲しみに満ちているように思える。この先で何が待っているのか、すみれには分からない。

 粉河はじっと海を見つめていた。

「準備できましたよー」

 髭の頼もしい漁師がそう言ったので、二人は漁船に乗り込んだ。そして、そのまま、沖へと走らせたのである。

 ああ、今夜の月は大きかった。なんだか青みがかって見える不思議な夜だった。このような静かな夜に、殺戮が繰り広げられていようとは、とても思えなかった。

 しかし一度、海を眺めれば、そこには果てしない悲しみが込められているように思って、何か恐ろしかった。

「双葉さんは、確かに父と母と兄を亡くしている。そして、父の和潤さんはどうやら英信さんによって……場合によっては、元也さんという方も関係しているのかもしれませんが……殺人の可能性があるという。そのような精神的なショックが、どのような結果を引き起こすと思いますか」

 粉河が海を見ながら尋ねる。

「この海を見て、考えていると、やはり強い憎しみが生まれるのではないか、と思います」

 すみれの答えに、粉河は静かに頷いた。


 すみれは、永眼寺の和尚に言われたことを思い出していた。

「あの、双葉さんってどんな男性ですか?」

 その言葉に和尚は答えた。

「ふふふ。お嬢さんは何か勘違いしているようじゃがね、双葉は女性だよ。今年は二十五になるかというところじゃ」

 その言葉に、すみれは思い切り目を丸くした。そんなはずはない。確かに父、根来拾三は、双葉は男性だと残していったメモの中に書いてあるのだ。それも三十代だと……。双葉は東三の兄ではなかったのか。

「お前さんは、昨日の内に、その誤解に気づかんかったのかな。わしもお前さんの話を聞いている時に、ちょいと勘違いしておるな、とは思っておったのじゃ。どうも話を聞いていると、男だと思っておる。そして、東三の兄だと思っている。潤一、双葉、東三というから、一、二、三と考えて、そういう兄弟だと思ってしまったのかもしれん。しかしな、東三は母方の兄弟で三番目だから東三と名付けられたのじゃ。東三は潤一、双葉よりも年長じゃぞ。その次に潤一が年長じゃ。双葉は一番若い。それに女子じゃ」

 先入観だったのだ。確かに、そう思い込んでしまった。しかし、そうだとすると、父がメモに残していた双葉という男性は誰なのだろう。それに、もしもそうだとしたら、とんでもないことになるのではないか。

 すみれは、その直後、とんでもないことを閃いた。そして、粉河に頼んで、その確認をしてもらっていたのである。

 まず、双葉と名乗っていた人間は、東三にアドバイザーとして雇われた探偵ということが分かった。

 だとしたら、本物の双葉は、今どこにいるのだろう。島に訪れてはいないのだろうか。もし、島に紛れ込んでいたとしたらどうだろう。すみれは父が書き残していったメモを見つめた。双葉である可能性がある人物は……。

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