30 富美子の閃き


 私が恐れていたようなことは何も起こらないまま、三日目の朝が訪れた。私はまったく眠れなかった。夫も、夜通し私の隣で震えていたのだった。窓から朝の日差しが射し込んでいるのを見ると、眠気のせいもあってか、昨夜の不安感はいくらか薄らいでいた。しばらくして、夫は鞄の中からおもむろに何かを取り出すと、私に差し出して、こう言った。

「富美子、これを見ろ……これが何か分かるか……」

 それは一枚の暗号文だった。その内容に目を通す。


  水無月の七つ半

  十二の穴を

  左の手に

  入るべからず


「これって……」

「ああ、そうだ。二枚目の暗号だよ。昨日、あの刑事たちから奪ってきたんだよ……」

「でも、そんなことしたら……」

「大丈夫だよ。本来なら俺たちのものなんだ……」

「でも、こんな時に埋蔵金探しなんて……」

「今だからこそ、探すんだ。犯人の思い通りにしてはいけない……。きっと埋蔵金を先に見つけてやる……」

 夫は、それが犯人への報復になるとでも言うような口調だった。

 私は、その暗号をじっと見つめていたが、しばらくして、あることに気づいた。もし和潤さんがこの暗号を二等分にして、潤一さんと東三さんの二人に渡したのだとしたら、残された双葉さんはどうなってしまうのだろう。

 和潤さんが、英信さんに暗号を渡さなかったのは、おそらく、本当の子供ではなかったからだろう。

 だとしたら、本当の子供である双葉さんも暗号文を渡されていたのではないか……?


 そのことは夫には黙っておいた。もし、そんなことを言ったら、夫は飛び出して行って、双葉さんの部屋を引っ掻きまわすことだろう。

 でも、どうしても気になる。もしも、私が第三の暗号文を見つけ出して、夫が誰よりも早く埋蔵金を見つけたら、埋蔵金は私たちのものになる。

 それが正しいことかと言われたら、正直、私には分からない。

 だけれど、まわりの人間が、殺人鬼に萎縮している今こそ、またと無いチャンスでもあるんだ。

 それは正しいことじゃないかもしれない。でも、私は少しでも夫の力になりたいと思った。


 それにしても、空腹感がひどい。昨日から何も食べていないんだ。それは夫も同じことだった。

「飯を食いに行こう……このままじゃ……活力を失ってしまう……」

 私はその言葉に頷きながら、本当は双葉さんの部屋を確認しようと思っていた。

「ごめん。気分が悪いから、先に行ってて……」

 私は気分が悪そうな声を出した。確かに気分は悪かった。夫はしばらく心配そうにしていたが、私が先に行っててと繰り返していたので、ついに諦めたのか、

「すぐに降りて来いよ」

 と言うと、先に部屋を出て行った。

 私は、夫の姿が見えなくなってから、ダイニングルームに向かうよりも前に、双葉さんの部屋に向かったのだった。


 鍵はかかっていなかった。室内へ入る。見れば、鞄が置かれている。私は早速、その鞄の中身を確認した。

 ところが残念ながら、そこには暗号らしきものは何一つ入っていなかった。その代わりに、私は一枚の葉書を見つけ出した。



  初めまして、双葉です。東三さんからもお聞きしているとは思いますが、私もこの度の青月島の集いに参加することに決めました。どうぞよろしくお願い致します。


                  長


 なんだろう、これは……?

 書き損じの葉書か……。何もおかしな点はないように思える。でも、この「長」という文字はなんだろう……?

 まてよ「長」……。

 何か引っかかる。

 あっ……。


 その時、私の頭に衝撃が走った。別に殴られた訳ではない。そうではなくて、私はある事実に気付いてしまったのだ。もしかしたら、私なんてとんでもない勘違いをしていたのではないだろうか……。

 しかし、だとすると、一体どういうことになるのだろう……。

 私は恐ろしい予感がした。しかし、すぐにそんなはずはないと思い直した。

 それでも私は、この時、頭に浮かんだことが忘れられなかった。

 階段を降りてゆく。そして、ダイニングルームに出る。尾上家の人間が揃っている。みんな、今日はさすがに食事ぐらいはしようという考えらしい。

「大丈夫か、富美子……?」

 夫の声を聞くと、私はそれまでのこわばった表情を崩して、少しだけ微笑んだのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る