29 疑心暗鬼

 青月島は闇の中に沈んでいた。黒い雲が時々、月を覆い隠してしまう。私はそれを見上げて、この島に訪れたことの後悔を募らせていた。

 夫の元也は、父が死んだことにショックを抱いていた。そして、人が変わったようになって、弟の幸児さんを犯人と決めつけて「殺してやる」と叫んでいた。

 幸児さんは埋蔵金を探していたと言って、先ほど戻ってきた。夫の剣幕を見て、危険を感じると、部屋に閉じ籠ってしまった。

 二人とも、無理からぬことだと思った……。

 それよりも私が恐れているのは、犯人は私の知っている人の中にいるということだった。

 まさか夫が犯人だとは思えない。夫は正直な人だ。

 だけど、東三さんと双葉さんが殺されたと聞いた時、私はてっきり夫が殺したのかと思い、背筋が冷たくなったものだ。

 だけど、そんなことはないと考え直した。

 暗号が持ち去られたことから、犯人は尾上家の人間だと思う。

 すると、幸児さんか沙由里さんが殺したのだろうか。

 誰だとしても、人殺しはこの中にいるのだ。私は人殺しと同じ屋根の下で寝ているのだ。


 このままでは、私も殺されるのではないか。そんな薄気味悪さが私を襲うのだ。

 一体誰が殺人鬼なのだろう。幸児さんだろうか。沙由里さんだろうか。時子さんが犯人だなんてこともあり得るのだろうか。未鈴さんが幸児さんを庇っているなんてことは。

 そもそも、英信さんは本当に死んでいるのだろうか。

 死体は見つかっていないのだと言う。もしかしたら、犯人は……。

 その時ドアが開いた。

 私は弾かれたように、そのドアを見つめた。そこには夫が呆然として立っていた。夫は私の目を見て、

「俺を疑っているのか、その目は……」

 とだけ言うと、ふらふらと歩いてきて、ベッドに倒れ込んだ。

「俺を信じてくれ……」

「信じているわ」

 元也はその言葉を聞いて、少し微笑みかけたが、すぐに表情を消し、しばらく凍りついたように私の顔を見つめているのだった……。

「どうしたの……」

 元也は気持ちが悪そうに、

「いや、大したことじゃないんだ。なんだか、変だな、俺……」

 と言って、曖昧に微笑んだ。


「ねえ……」

 私が話し掛けようと思って、一歩近付くと、元也は弾かれたように身を引いた。そして、怯えた目で私をじっと見ているのだった……。

「そ、そんな目で私を見ないで……!」

 私は恐ろしくなって叫んだ。

 元也は私から距離を置くと、

「だ、駄目だ……今日の俺は人間が恐ろしくて仕方がない……お、お前が殺人鬼なんじゃないかって……」

 私は信じられなくなって、夫、元也の怯えた顔を見つめている。夫も疑心暗鬼に陥っているのだ。

「ね、ねえ……」

「ち、近付かないでくれっ!」

 夫はたまらなくなって叫んだのだった。私は恐ろしくなって、

「わ、私が人殺しな訳ないじゃない……もう少し冷静になってよ……」

「駄目だ……今夜の俺は駄目だ……お前まで疑わしく思えてくる……誰も彼も人殺しに見えるんだ……こんなところじゃ寝られない……俺は空き部屋を探してくる……」

 夫は、震えながら立ち上がった。そして部屋を出て行こうとしたので、私はショックと恐ろしさが一気に込み上げてきて、

「ひ、ひどいっ……! 私を一人にしないで……」

 と悲痛な声で叫んだ。


 夫は、その言葉に無性に心を痛めたようであった。しばらく黙っていると、ベッドに戻ってきた。

「俺が悪かった……お前を疑うなんて……」

 それだけ言うと、息も絶え絶えな様子で、恐ろしそうに俯いていた。

「……この島は……おかしくなってしまいそうだよ……一体、誰が父さんを殺したんだ……幸児なのか……沙由里なのか……もうみんな人殺しに見えてくるんだ……」

「分かるわ……でも、私だけは信じて……」

 夫は恐怖に震えながら、掛け布団をかぶった。

「分からない……分からない……俺も殺されるのかな……俺も殺されるのかな……俺はまだ死にたくないよ……俺はまだ死にたくないよ……」

 夫の悲痛な呪文を聞いていると、私までおかしくなりそうだった。恐ろしくなって、窓の外を見ると、月が美しく輝いていた。

 誰が犯人なのかな。そして、次は誰が殺されるのだろう……?

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