28 遺言のカラクリ
さて、すみれは土井から目ぼしい話を聞いてしまうと、もう日が暮れていたので、一旦、予約した民宿にゆくことにした。汚い民宿であったが、木造建築であるおかげか、風情があるように思えて良かった。
すみれは浴衣に着替えると、畳の部屋に寝転んだ。しばらく訳もなく転がっていたが、無造作にはだけた胸元をささっと直すと、座り直して、一体全体、この事件は何なのか、ということを考え始めたのである。
もしも、尾上家の人間が和潤を殺害したのだとしたら、犯人は誰なのだろう。すみれの関心はこのことにいつの間にやら移っていた。
父が島に呼ばれたのは、尾上家の埋蔵金関係の依頼である。なんでも話によれば、尾上家の埋蔵金はあの青月島のどこかに隠されているということだった……。
その埋蔵金は発見した者が全額手に入れられる、という。ただしその権利があるのは血縁者だけだ。
この埋蔵金を隠したのは、尾上明安だ。和潤の父なのだ。
そして、その明安が戦前に、持っていた埋蔵金を島のどこかに隠してしまった。
なぜだろう……?
それは単に酔狂じみたものだと思っていた……。しかし、日本軍の目から逃れて、危険を侵して、そんなことをわざわざするだろうか。
明安おじいさんの考えは何だったんだろう。
先ほどの、土井刑事はこう言っていた。
(養子である和潤さんのことを愛してなかったんでしょうねえ。もしも、愛していたら、直接相続させますもんねえ……)
そうだろうか……?
時は、日本がこれからアメリカと戦争をしようという時だ。もちろん、一般人は日本が勝つと思っていたかもしれない。しかし、明安はそれなりに地位のある人間で、学もあった。
明安は日本の敗戦を予期していたのではないか。
だから自分の資産が没収されることになるのではないか、という疑いを持っていた。
だから、あの島に埋蔵金を隠し、暗号にして、子孫に残そうとしたのではないか……?
……和潤を愛していなかったからではなく、和潤や子孫を愛していたからこそ。
(絶対にそうだ。きっとそうだ……)
そして、和潤は巴さんと結婚した。それは形式的な結婚だったという。
英信は和潤の子供ではなかった。
それは本当だろうか……?
すみれは本当だと考える。なぜならば、和潤は英信に暗号文を渡さなかったからだ。
実の子なら、英信にも暗号を伝えているはずだ。ところが、暗号文は愛人の子供である潤一が持っていた。
(そうだ……これがカラクリなんだわ……)
和潤は、明安の暗号を利用しようと思った。
和潤は自分の実の子である、愛人との間に出来た三子に埋蔵金が相続されるように仕向けたのではないか……?
だから暗号を、愛人との間に出来た三子の方にだけ渡したのだ。
埋蔵金を、英信やその子孫の手に渡らせない為に。
すると、本当に潤一だけなのだろうか。暗号文を渡されたのは。
残りの双葉と東三という二人の子供にも、暗号を渡していたのではないか。
(だけど、どちらにしても……手に入れるのは一人だけになる……)
そうだ。同じ暗号を三人に渡したとしても、手に入れられるのは一人だけだ。
実子の三人の内、二人は不幸になる計算だ。
争いが起こることも考えられる。
もしも、すみれが和潤ならどうするか。
しかし、思いつかなかった。
すみれは気分転換にテレビをつけた。
『皆さん。今日の戦国武将は毛利元就さまです。毛利元就さまは三本の矢で有名です。それに……』
すみれはなんとなく引っかかるものがあった。三本の矢……。
一本の矢なら簡単に折れるが、三本の矢なら折れない。そう言って三人の子供に力を合わせることを教えた。
三本の……矢……?
「あっ……」
すみれは思わず声を上げた。
そうだ三本の矢だ!
こうすれば良いのだ。暗号を三等分にしてしまえば。そして、一枚ずつ子供に渡しておくのだ。この三人が揃って、互いに協力しない限りは埋蔵金にたどり着くことができない。
もしも、私が和潤ならそうするだろう……。
すみれは、そのまま、ぼんやりと夜空を見上げた。
……ああ、星が綺麗だった。
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