25 第三の事件
「たぶん元也だ。あいつめ。幸児と未鈴が出て行ったなんて言って、全部、嘘だったんだ。俺たちがいなくなるのを見計らって、ドアを壊して、暗号を持って行きやがったんだ」
根来は悔しそうに叫んだ。
確かにそれも一理あるだろう。しかし、そうだとすると元也は、見た目よりも頭の回転が早い人間らしい。
そうだとすると、元也は暗号を元に推理を開始したところだろう。早々に解ける謎ではないから安心だが、何にしても、容疑者たちがいよいよ勝手な行動を始めたということだ。
「根来さん。もう一度、あの暗号について考えてみましょう」
祐介は手帳を取り出すと、目にも止まらぬ速さでページをめくった。それはまあ、非常にどうでもいいことだが。
まずは潤一が所持していたという暗号。
天狗の鼻が突き出すところ
極楽へ向かえ
右の手に
青月の夜
そして、東三の鞄に入っていた暗号。
水無月の七つ半
十二の穴を
左の手に
入るべからず
しばらく、祐介はその文面を見比べていた。
「問題となるのは、この十二の穴というところですね。根来さん。この島のことが書かれている地図は今、どこにありますか」
「地下室だと思うが、そんなもん、わざわざ取りに行かなくても、写真に撮っておいたぞ」.
根来はポケットからデジカメを出して、いじり始めた。まず港町の写真が画面に映る。どんどんボタンを押して、送ってゆく。海の景色、浜の景色、建物……。
祐介は呆れたような声を出した。
「何で、こんなものばかり撮っているんですか」
「しょうがねえだろ。旅行気分だったんだから」
根来は、そうぼやきながら、ついに島の地図が映っている写真を見つけた。それをじっと見つめてから、
「しっかし、穴ぼこだらけだな」
と呟いた。
「しかし、この地図によれば、東側と西側の洞穴は、それぞれ十二個ずつ。それに北側にも洞穴が一つあるようですね」
祐介は写真を見ながら、そう述べた。
「十二の穴って言うのは、つまりこのことなんだな。どうやら埋蔵金は、洞穴の中に隠されているものと見えるな」
根来は満足げに言った。
「根来さん。元也さんは間違いなく、洞穴へ向かったのでしょう。そして、犯人もまた洞穴を目指したはずです。もしも、二人が出くわしたら……」
「元也の命はそこまでだな」
根来はそう呟くと、また地図を睨んだ。
「しかし元也は、どの洞穴を目指したんだ。しらみ潰しにと言っても、洞穴は二十五もあるんだぜ」
「それが分かりません。ただ、元也さんは洞穴がそれほど深いものとは思っていないのでしょう」
根来は、腹立たしそうに、
「世話の焼ける奴だ。だが、放っておくわけにもいかない。よし、羽黒。洞穴へ向かうぞ!」
こうして、二人はまたも走って、まず東側の洞穴群へと向かったのであった……。
ところが、二人は洞穴群にたどり着くことはなかった。洞穴へ向かう途中の岩場で、あるものを目撃したからである。それは、小高い岸壁の上に英信の上着が落ちているという、何とも不可解な眺めだった。
「なんだありゃあ。おい、羽黒。あれを見ろよ」
根来が素っ頓狂な声を上げる。祐介も、それを見て思わず言葉を失う。
二人は憑かれたように、その小高い岸壁を登って行った。島側の岩を足場にして駆け登れば、難なく上にたどり着くことができる。
上まで登ると、根来と祐介は驚きのあまり、しばし呆然とした。
そこには、英信の上着と靴が岩に引っかかるようにして落ちていた。そして、その付近の岩には、真っ赤な鮮血がべっとりと飛び散り、大きく拡がっていたのである……。
「チクショウ。何てことだ……。英信もやられちまったのか!」
根来はそう叫ぶと鮮血に駆け寄った。確かに本物の血だ。すぐさま上着や靴も確認する。しかし、当の英信の死体はどこにもないのだった。
根来は、岸壁を見下ろす。真下は波が強く打ち寄せている。ここに落ちたら、すぐに流されてしまうだろう。
「落ちたか……」
祐介は落ちている上着を確認する。そこには血がべっとりと付着していて、腹部にあたるところが裂けていた。
「根来さん。何故、英信さんの上着がここにあるのでしょう」
「何でって……」
「英信さんは、この上着をいつ脱いだのでしょうか」
「そりゃあ、斬られる前だろう。斬られてから、わざわざ上着を脱ぐ男はいない」
根来は、何を分かりきったことを、と言わんばかりの口調である。
「しかし、上着にはこうして血がついています」
「ううん。どういうことだ。英信は犯人に斬られてから、上着を脱いだというのか」
「それに、こんなところに靴が脱げているのも気になります」
祐介がそう言うと、根来も首を傾げた。今度のことはどうもおかしい。犯人が英信を殺害したというのなら、何故、上着や靴なんてものを殺害現場に残していったのだろう。
「根来さん」
祐介は真剣な表情で、根来の顔を見つめた。
「英信さんは本当に死んだのでしょうか」
根来はそれに答えられなかった。そして、しばらく考えた後に、
「謎が増えちまったな。とにかく、このことを他の人間にも伝えなくちゃいけない。洋館に戻ろう……」
とだけ言ったのであった……。
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