24 元也の暴走

 祐介と根来は、昼食を食べ終えると、二階の自室に戻った。容疑者たちは皆、自室にこもっているらしい。少なくとも、根来と祐介はそう思っていた。

 殺人鬼は、一体誰なのだろうか。二人は黙ったまま考えていたが、一向に真実が見えてこなかった。

 しばらくすると、部屋のドアがノックされた。根来がドアを開けてみると、そこには元也が立っていた。

「刑事さん。ちょっとお話があるのですが」

「何ですか」

「東三の鞄の中に、どのような暗号があったのですか」

「そのことですか」

 根来は、冷たい口調で返事をした。

「私には、その内容を知る権利があるはずです。あれは元々、尾上家のものだ」

「そうかもしれせんが、状況が状況です。この島には殺人犯がいるのです。もし、暗号の内容を知ったら、あなたは犯人に先を越されまいと勝手な行動を取るでしょうな」

「ふん。何が勝手な行動ですか。犯人は暗号の内容を知っているんだ。うかうかしていたら、埋蔵金を取られてしまいますよ。そんなことになれば、犯人の思う壺ですよ。それに、よく考えて下さい。埋蔵金を見つけたというだけでは、そいつを殺人罪で逮捕することもできないでしょう?」

 確かにこのままでは、犯人が埋蔵金を手に入れたとしても、それを根拠に、犯人を逮捕することはできない。

「それはそうですね。しかし、ここは一つ、我々に任せてくれませんか」

「何を任せろ、と言うのですか」

「私たちには、犯人を逮捕する考えがあります」

 それは、根来と祐介がずっと考えていたことだった。暗号の内容を知っている犯人は、いつか必ず、埋蔵金が隠されている場所に現れるだろう。二人は、暗号を先に解読して、先まわりして、犯人を捕まえようと考えていたのだ。


「どんな考えがあるにせよ、犯人を逮捕するだけでは駄目ですよ。何よりも、埋蔵金を先に手に入れないといけない」

「あなたの仰ることは分かりますが、そういう考えですと、皆さん、自分勝手な行動を取られてしまいます」

 すると、何も知らないんだな、と言わんばかりに元也は鼻で笑った。

「自分勝手な行動と言うのなら、幸児とその恋人が、さっき、埋蔵金を先に見つけると言って、二人して出て行きましたよ」

「なんですって、あの二人は、洋館から出たのですか」

「ふん。出た方がいいでしょう。犯人はこの洋館の中にいるかもしれないんだから。それに、あいつらが犯人なのかもしれない。とにかく、向こうが動くのなら、こっちも動かないといけない。さあ、暗号の内容を教えて頂きましょうか」

「それは駄目です。犯人が暗号の内容を知っているからこそ、犯人以外の人間には、暗号の内容を教えられないのです」

「どういう訳ですか。殺人犯が、埋蔵金を持って行って良いと言うんですか」

 信じられないというような、呆れた口調で元也は叫んだ。

「犯人に悪戯に危機感を与えれば、第三、第四の死人が出ないとも限らないですからな。埋蔵金よりも、人命が大事です。今は辛抱してください」

「命をかけても良いような巨万の富なんだぞ!」

 元也は、少し興奮したようだった。

「無理ですな。お引き取り願おう」

「ふん。あなたは刑事だが非番だ。そっちにいるのは私立探偵だし。何の権限があって、暗号を取り上げるんだ」

「あなたの持ち物を奪った訳ではない。死んだ東三の持ち物を管理しているだけです。それに、東三の所有物なのだから、警察が到着して、捜査をしてからじゃないと容疑者である君たちには触らせられん」

「ふん」


 面白くなさそうに、元也は呟いた。そして、腹立たしそうに二人を睨むと、

「刑事だか、探偵だか知らないが、あんたらがいながら、何で殺人が起きたんだ」

「むう……」

「こういうことが起こらないように、呼ばれたんじゃないのか!」

 根来は返す言葉がなかった。

「あんたたちにはもう任せておけない。俺は俺で、埋蔵金も犯人も見つけてやる。幸児を捕まえて、問い詰めれば、あいつも吐くだろう!」

 元也はそう言うと、二人に背中を向けて、廊下に飛び出して、走って行った。

「いかん……!」

 このままでは、幸児と元也との間に争いが起こってしまう。根来と祐介は、元也を止めようと駆け出したが、元也は意外に足が速かった。瞬く間の内に、玄関から飛び出すと、林を駆け抜けて、海岸の方に消えていった。

「とても追いつかんな。あいつめ、どこへ行くつもりだ。幸児たちの居場所を知っているのかな」

「こうしてはいられませんね。天狗岩に先まわりしますか」

 祐介は、根来にそう言った。

「なに、天狗岩?」

「彼らには、天狗岩しか手がかりがないはずです。埋蔵金を探すと行ったら、まずそこにゆくはずです」

「そうだな。羽黒。走るぞ!」

 二人はそのまま駆け出した。


 二人がやっとの事で、天狗岩まで辿り着くと、そこには、誰の姿もなかった。風が吹いている。波音ばかりが耳に残った。

「誰もいねえじゃねえか。どうするんだ。羽黒」

「いないですね。一体、彼らがどこに向かったのかも分かりませんし……」

「こうしちゃいられねえ。とりあえず、戻るぞ」

 二人は息を切らしながら走って青月館に戻った。なんで、こんな無意味なマラソンをしなければならないんだ。二人はどうにか三階に向かうと、幸児の部屋をノックする。

「はい?」

 ドアが開く。中には未鈴がいた。

「幸児君はどこですか」

「先ほど、どこかへ行ってしまいました」

「あなたはずっとここにいたのですか」

「ええ」

「元也さんは?」

「元也さんは知りませんけど……どうかされたんですか」

 根来と祐介は、どうも話が違うな、と思いながら、そのまま三階の元也の部屋をノックした。誰の反応もなかった。一体、何が起きているのか。

 二人は狐につままれたような気分で、一旦、自室に戻ろうとした。そのドアの前に立った途端。

「おい。羽黒……」

「どうしたんですか……」

 祐介も、根来の睨みつけているものを一目見て、言葉を失う。ドアは、鍵の部分が打ち壊されていた。

 慌てて、二人は室内に入る。見れば、二人の鞄は引っ掻き回されていた。床に物が散乱している。

「なんだこりゃあ」

 二人はすぐさま持ち物を確認する。すぐに、根来が叫んだ。

「おい! 暗号がねえぞ!」

「なんですって……」

 二人はめまいがするようだった。

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