22 和潤の死の謎

 粉河刑事は、仕事の合間に、すみれの言っていたことをふと思い出した。粉河は、狐につままれたような気持ちで、他の人の目を盗んで、山梨県警の小野寺刑事に電話をかけた。

「もしもし、小野寺さんですか?」

『その声は、粉河さん!』

 何年かぶりに電話をしたのだが、声だけで粉河のものだと分かるとは、相当、粉河のことを慕っていたのだろう。

「お久しぶりです」

『本当にお久しぶりですよね。今度、一緒に飲みにいきましょう』

「ええ、喜んで。しかし、それは一旦置いておきまして、ちょっと、お尋ねしたいことがあるんですよ」

『何ですか? また、事件ですか』

「いえ、まあ……事件というほどのことはないのですけど」

『はあ』

 何か困惑したような声の響きである。

「根来さんが、昨日から休みを取って、新潟県の青月島という島に行っているんですよ」

『セイゲツトウ?』

 青月島と言われても、分からないらしい。

「ええ、青月島という島です。根来さん、山梨県の武家の末裔だとか言う、尾上家からの依頼でその島に行くことになったらしいんですよ」

『えっ、尾上家って言うと、あの、尾上明安さんの……』

 素っ頓狂な声を出す。


「そうです。ご存知ですか」

『ええ、こっちでは有名ですからね』

「そうですか。それで、その明安さんが島に隠したとかいう埋蔵金を見つける為に、根来さんは、その青月島に呼ばれたらしいんですよ」

『尾上明安の埋蔵金……。それは本当ですか』

「本当なんです。おかしな話だと思うでしょう。それで、そのことが、どうしても気がかりだと、根来さんの娘さんが心配していらっしゃるんですよ」

『そうですか。いや、お話を伺っていると、どうもその依頼には裏があるんじゃないかという気が致しますが……』

「裏が……? 何か、ご存知ですか」

『いえね、その尾上明安さんの息子さんの和潤さんって方が亡くなられた時のことで、少し……ね』

「それを教えて頂けますか」

『まあ、私もよくは知らないのですが……私の知り合いの所轄の刑事に、土井正どいただしという、男がいましてね。いや、そいつ……なかなか面白いんですよ。学生時代、落語研究会だったとかで。ちょっと、喋っていると……べらんめえ口調になるんですよ。山梨の出身なのに、べらんめえ口調になるなんて変わっているでしょう。あはは……。いえ、そんなことはどうでも良くて、その土井が言うには、和潤さんの死は、どうも殺人なのではないか、なんて言うんですよ』

「何ですって、殺人?」


『まあ、それについては、土井に直接聞いて頂いた方が良いですよ。電話番号を教えますから』

「分かりました」

『しかし、何ですか。根来さんも休みの日までお仕事されてるみたいですなあ。あはは……』

「そういう性分なのでしょう」

 粉河は、電話を切ると、訳が分からなそうに首を傾げた。

(尾上和潤の死に殺人の疑いがあった……? 一体、根来さんは何に巻き込まれているんだ)

 粉河は、すっきりしない気持ちを抑えて、今、担当している事件の捜査に専念することにした。また、時間に余裕ができたら、土井という刑事に電話をかけてみることにしよう。と言っても、根来が殺されたわけでもないし、本格的に捜査を開始する理由も思い当たらなかった。

 粉河はしばらくして、すみれに電話をかけた。すみれは自宅にいた。

「まだ、土井という刑事に確認していないのですが、その刑事が、尾上和潤の死には殺人の疑いがあったと言っているそうなんです」

『尾上和潤、と言うと、依頼人の英信さんのお父さんですよね?』

「ええ、しかし、それはあくまでも、その刑事が一人で言っていることですので、何とも言えません。それに、仮にそのような事実があったとしても、根来さんとどのような関係があるのか、まだはっきりしません」

『そうですよね。それにまだ何が起きた訳でもないし』


「ええ。しかし、和潤さんの死が他殺だとしたら、今度の集まりも、意味合いが変わってくる可能性があります。とにかく、その刑事から話を聞いてみようと思います」

『お仕事中、すみませんね』

「いえ、何てことはありませんよ」

『あの、私がその刑事さんからお話を直接お聞きしましょうか?』

「いえ、警察でないと、その刑事も話してくれないと思うんですよね」

『大丈夫ですよ。私、根来拾三の娘ですから。それに電話で話すのでは、あまり話の本質が見えてきませんからね』

「それは、そうでしょうが……」

『私、実は『サスペンス百景』という旅行雑誌の記事を書いているルポライターなんです。ええ、取材能力は優れています。その刑事さんだって、私にかかればイチコロです』

 粉河は、思わず受話器を耳から離して、しばし見つめた。

「すると、すみれさん、今から山梨県に飛ぶのですか」

『準備はできています』

 その声があまりにも頼もしかったので、粉河は少し安心した。

「それじゃあ、私からは鬼根来の娘さんが向かうから、心して待っていろ、とでも言っておきますね」

『相手を怖がらせるようなことを言ってはいけませんよ』

 すみれは、そう言って笑った。

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