20 殺意
……私は、自分の計画通りに事が進んでゆくのが面白かった。
勿論、こんな惨劇の最中にあって、面白いというような心境でいることが、不自然極まりないことも、私はちゃんと承知している。それでも、私は一種の面白さを感じていた。もしも、私が本当に悲観にくれているだけの弱者ならば、このような行動力を発揮することはなかっただろう。なぜ私は面白いと思っているのか。それは、ある種の使命感があったからだろう。
人間が苦しみながら死んでゆく、その姿を見ることが堪らなく嬉しかった。それは、悪魔が死んでゆく姿に違いなかった。私は、それを人間とは思わずに、悪魔と信じていたのだから。それを悪魔と信じる心こそが、私の生命の全てを突き動かしていたのだ。
私は、人見知りな人間が怒りという感情に苛まれた途端、ひどく饒舌になったように、この殺意という感情が沸き起こって以来、神経が鋭く煮えたぎって、思考がどこかにとどまることがなく、そのくせ、馬鹿みたいに冷静沈着であり続けたのだった。
これは私にとって、一つの宗教闘争の如きものであった。そうでなくして、これほどまでに異様な高揚感に包まれるはずもなかった。そして、信じる道が誤っているのではないかという恐ろしい危惧が生じた時には、あの失われていった人間の苦しみを思い出したのである。
確かに、私の心を覆い尽くしている黒い雲は、ある種の悲惨さをたたえていた。しばしば、傍若無人な悲しみが私の心をかき乱してゆくのだった。その悲しみが、周囲の人間の幸福と不幸とを反転させて、私に見せてくる時があった。その目で見れば、喜びに包まれている人間が、ひどく哀れなものに思えてくる。その哀れ姿こそ、ある意味では地獄に堕ちてゆく人間の真の姿なのかもしれなかった。
この世が悲しみに覆われてゆくことが、私には、よっぽど明るい世界を映し出しているように思えていた。そんな私という人間には、個人のエゴイズムがひどく滑稽なものに見えた。その代わりに、残酷なる死骸もまたひどく滑稽なのだった。それはひどい皮肉だった。もっと深い深い悲しみの淵から、そうした人間の生命を見つめれば、ひどく滑稽なものに違いなかった。
私にとっては昼間は夜で、夜は昼間だった。そんな私には、惨劇が似合っているのだった。本音よりも嘘が似合っていた。喜びよりも悲しみが似合っていた。そんな皮肉の世界に、次から次へと死体が増えてゆく。全てがねじ曲がっているこの世界で、私はねじ曲がって生きようと思った。その方がよっぽどまっすぐなのだった。
さあ、死体はすでに二体。しかし、まだ足りない。それに、我が生命をかけたのにしては、全てが呆気なく終わってゆくようだ。
あれは昨日のことだ。日本刀から滴り落ちる真っ赤な血を見た時、あれほどまでに期待して、そして恐れていたことが、もう既に終わっているのだとは、にわかに信じられなかった。
それは考えてもみれば、ねじ曲がった心を持った人間を、ねじ曲がった心を持った人間が殺しただけの出来事に過ぎなかった。
日本刀を見せられた東三は、恐怖が沸き起こるよりも前に、喉を突かれ、腹を切り裂かれた。彼は、私が期待していた悲しみや苦しみを感じるよりも前に死んでいったのだ。それは彼にとって幸せだったことだろう。私は、彼にもっと深い絶望を与えるべきだったのだろうか……。
しかし、私は必死だったのだ。その時、彼に死を与えることしか頭になかった。だから、気がついたら、せっかちにも、すでに手を下していた。それに、次に殺そうとしている人間のことまで考えてしまっていた。実際、私には殺さなくてはいけない人間が多すぎたのだった。
東三には死を与えた。しかし、それは惨劇の序章にすぎないのだ。私は、確かに殺人を成功させた。
こうして、私は孤高に生きることとなった。誰にも近寄れないところに生きていて、誰からも理解されることがない。その孤独感こそが、私を支えている何よりの誇りなのだった。誰にも理解できない私の心こそ、何よりも愛されるべきものなのだ。
さあ、醜い者どもには無残なる死を与えるのだ。それが済むまでの間は、私はある時は、ピエロのように道化を続けていれば良いのだ。
私にとって、問題なのは、あの根来という渋めの警部と、羽黒祐介という爽やかな美青年だ。あの二人をいかにして欺くべきだろうか。勿論、あの二人を殺してでも、私は目的を達成するつもりでいる。しかし、私はそのようなリスクをあえて冒したいとは思っていないのだ。
私はひとつ、あの二人を欺いてみようと思う。なに大丈夫だ。第一の殺人と第二の殺人と、私の運命は今、乗りに乗っている。やってみれば、殺人なんて実に簡単だ。呆気ないとすら感じられるものだ。このまま何もかもが上手くゆく。
また上手くいかなかったとしても、私はこの惨劇に全てを賭けてきているのだから、諦めがつく。生きるとか、死ぬとか、警察に逮捕されるとか、そういう下らないことの為に行動をしているのではない。
死に値する人間を坦々と殺してゆく。ただ、それだけのこと、死刑執行が私の生き甲斐だ。
青月島にいる人間よ。愚か者たちよ。この悲しみに包まれた我が手で、お前たちを血祭りにあげてやる。
……明日も生きられると思い込んでいる、哀れな人間たちにあの日の悲しみを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます